に。



 翁市上空で、超常の激闘は続いていた。


「アップルミサイル!」


 コスプレ少女が身を翻すと同時、リンゴ型の誘導弾が放たれる。白煙の尾を引いて高速で飛来するそれを、しょうは残らず迎撃した。


「念珠よ!」


 突如虚空に現れた無数の光弾が、しょうの意志に従って縦横無尽に飛翔し、誘導弾を粉砕。しかしその隙にコスプレ少女はさらに上空へと移動していた。


「う~……」


 また逃げられた。攻撃しようと近づくと、あの子はビームや誘導弾といった飛び道具でこちらの足を止めながら距離を離してしまうのだ。


「アップルキャノン!」

「権現! 金剛力士!」


 コスプレ少女の左右に巨大な砲身が出現、爆煙と共にリンゴ砲弾を発射! 金剛力士を呼び出してそれを防ぐ。結界が砲弾を砕いた瞬間、身の竦むような轟音が響き渡った。


「またそれ~!? 卑怯だよ! ママの言った通り、やっぱり悪い魔法少女なんだ!」

「仏門を歩む者に向かってなんという言い草ですか。ひーちゃんの仇、覚悟しなさい!」


 光弾を放つ。しょうの意志に従い自在に軌道を変えるそれは、しかし飛び回るコスプレ少女を捉え切れない。結局振り切られ、向こうが再び攻撃に移る。


「う~……逃げても追っかけてくる! これ嫌い!」


 空中で素早く動き回る、という点については向こうが上だ。悔しいがそれを認める。

 なんとかあの子を地上まで追いこむ必要がある。そうなると上を取らなければ話にならない。だが飛び道具で蓋をされている以上、自分が上昇するのは難しい――ならば。


「権現! 毘盧遮那仏びるしゃなぶつ!」


 三鈷杵を掲げて叫ぶ。今度はなんだとコスプレ少女が身構え、突如として現れた月光をも遮る影に戦慄する。見上げた先に、夜空を覆い隠すように巨大な仏の姿があった。

 毘盧遮那仏びるしゃなぶつ。奈良の大仏で有名な、“宇宙の真理そのもの”を表すというとんでもないスケールの仏である。天を割り雲を掻き乱し振り下ろされたでっかい掌がコスプレ少女の頭を撫でると、彼女の体は砲弾のような勢いで真下にある翁駅へ落下していった。


 天井を粉砕し鉄筋を突き抜けて、改札口のタイルを砕いて地に埋まる。突然降ってきた女の子に居合わせた者たちが騒然とする中、寿たちを乗せたパトカーが駅に到着した。





 車を降り、人込みを掻き分け、改札口へと向かう(とりあえずジャージに着替えた)。人々が遠目に見守る中央で、コスプレ少女が自分の形に空いた穴に埋まっていた。


「……これ、死んでねえよな?」

「普通に考えれば生きてるとは思えないけど……普通じゃ考えられない状況なのよね」

「ひーちゃん!?」


 上から声が降る。見ればコスプレ少女が激突してできた天井の大穴から、しょうがふわりと降下してくるところだった。ほぼ自由落下に等しい勢いで、寿の胸に飛び込んでくる。


「ぐぉお……っ!?」

「ひーちゃん! 生きてる、良かった、死んじゃったかと思った、ひーちゃあん!」


 尻餅をついた寿にしがみつき、大声で泣きじゃくる。何このかわいい生き物超萌える、などと呟きながら夢が写真を撮りまくる中、コスプレ少女がムクリと起き上がった。


「あっ……! ひーちゃん、下がって!」


 三鈷杵を構え、寿を庇う位置へとしょうが進み出る。目を回しているのかしばらくぽんやりしていたコスプレ少女は、その眼前にしょうの姿を認めると、手足を振るって駄々を捏ね始めた。


「う~……なんで、なんでなんでなんで! アップルは正義の魔法少女なのに! 無敵で最強なのに、ママが言ってたのに! なんで悪い魔法少女に勝てないの!? ズルイ!」

「変身を解きなさい! 降参するなら許してあげます」

「降参する? それってアップルの負けってこと? ……ヤだ! ヤだヤだ! アップル負けてないもん、ママは嘘言わないもん! アップルは世界で一番の魔法少女なんだ!」


 ガシガシと踏みつけるたび、タイルに亀裂が走り砕け散る。不穏なものを感じて人々が離れていく中、コスプレ少女は懐から何かを取り出した。


「強化変身! ドラゴンモード!」


 コスプレ少女の全身が閃光に包まれ、一瞬でその姿を変貌させる。煌びやかなドレスはダメージ加工を施したが如くあちこち破け、背には翼竜のそれを思わせる翼、スカートの中からは長大な尻尾が、左右の耳の上には角が生え、口元には鋭い牙が覗いている。


「ママにも秘密のアップルドラゴンだよ♪ さっきまでの百人分も強くなるんだから!」

「リンゴとドラゴンにどんな関係があるんだよ! 本気になったら百倍とか、普段やる気無さすぎだろ!?」

寿ことぶきくん、言いたい気持ちは分かるけど相手子供だし、正直それどころじゃなくない?」

「がおーっ!」


 コスプレ少女が突撃する。百倍強いという言葉がどこまで本当なのかは分からないが、実際にパワーアップしているらしい。体格で勝るしょうを一撃で弾き飛ばす。


「うあっ!?」


 壁を突き破りホームを越えて、線路にまで吹き飛ばされる。空いた大穴から自らも外へ飛び出すと、コスプレ少女は起き上がろうとしているしょうに猛攻を加えた。


「がおー、ぐわおーっ!」

「く、う……っ!」


 殴る蹴る、尻尾を振り回す。先ほどまでとはまったく違う荒々しい攻撃である。対してしょうは防戦一方。体勢を崩していた上に相手がパワーアップしているため力負けし、さらに学習能力の高さが裏目に出て、距離を取った攻防に慣れてしまったのも影響している。


「がおっ!」

「きゃああっ!?」


 強烈な尻尾の薙ぎ払いをまともに食らい、しょうがホームの基礎に激突、貫通、隣の線路に転がり込む。コスプレ少女もそちらに移動し――己に迫る強烈な光に気づき、振り向く。


「んにゅ?」


 翁駅を通過する特急列車だった。緊急事態があれば停止信号が発せられるはずが、このあまりに馬鹿げていて、信じがたく、非常識な出来事のために遅れてしまったのだ。

 時速九十キロで走行する十二両編成の鉄塊が、その絶大な運動エネルギーを保ったまま幼稚園児くらいにしか見えないコスプレ少女に肉薄し……一瞬で停止した。


「マジかよ……」


 先ほど開通したばかりの大穴からホームに飛び出た寿は、呆れも関心も通り越して脳が理解することを拒絶するようなその光景に、そうとだけ呟いて絶句した。


 走行中の特急列車を、コスプレ少女は片手で受け止めていた。足下の位置すら微動だにしていない。あれだけの運動エネルギーを、体一つで完全に抑え込んだのだ。


「よいしょ!」


 コスプレ少女が飛翔する。進行方向の側に潰される形で半壊した十二両編成の特急列車を、フレイルかヌンチャクか、多節棍の如くに振り回す。


「え~い!」


 やがて思い切り勢いをつけたそれを、地上にいるしょうへと目掛けて振り下ろした。

 その光景を目撃していた人々たちが悲鳴を上げる。あれだけの質量が激突したら、いやそれ以前に列車の乗客は――迫る絶望、避けられぬ惨劇、だがしかし!


「権現! 七福神!」


 凜とした少女の声と共に現れる七の仏神。男たちが二両ずつをふわりと受け止め、弁財天がコスプレ少女を地面に叩き落とす。その奇跡の光景に、人々が自然と快哉を上げた。


「……七福神って仏じゃなくて神様じゃねえのか?」

「その辺は結構曖昧らしいわよ。まぁ、適当大好き日本人のやることだし」


 七福神が特急列車をそっと横たえる。それを見届け、しょうは地面に上半身をめり込ませてジタバタともがいているコスプレ少女に近づいていった。


「う~、う~……ぷはっ! やっと抜けれた……あ、悪い魔法少女!」

「……ドラゴンというのは、竜という意味の英語でしたよね」

「そうだよ、竜はすっごく強いんだから! 神様だってやっつけちゃう……」

「権現! 迦楼羅かるら天!」


 合掌して叫ぶしょうの背後に、怪獣映画に出演できそうなサイズの仏神が現れる。頭は鳥、背には町をも覆えそうな大きな翼。口からは金色の炎が零れていた。

 迦楼羅かるら天。天龍八部衆に座する護法善神、衆生の煩悩を食らう霊鳥。主食は竜蛇の眷属……重要なことなので再度繰り返すが、主食は竜蛇の眷属である。


 ポカンと見上げているコスプレ少女を捕まえると、迦楼羅天はそれを一気に頬張った。もっちゃもっちゃとしばらく口を動かして、やがてゴクンと飲み込む。

 プッ、と最後に吐き出したのは、コスプレ少女が使っていたロッドだった。


「成敗!」


 全身で達成感を表しながら腕を突き上げ、しょうが勝利を宣言する。同時にその法衣が光となって弾け、彼女がもともと着ていた服に早替わりした。

 迦楼羅天の姿も消え、代わりにその足下にはコスプレ少女……普通の服装になっているので適当な呼び名ではないが、とにかく彼女の姿があった。気を失っているらしい。


 湧き上がる拍手喝采、大歓声。半分ほどはしょうへの称賛というよりも理解不能な状況への困惑や混乱といったものだが、一件落着したのは確かなようだ。


「おい、しょう! 大丈夫か」


 駆け寄ろうとしてふと気付く。倒れている元コスプレ少女の側に、何か落ちている。


 その辺りの土産物屋で三百円も出せば買えそうな、小さな竜のストラップだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る