そのに。 さんじょう、むそうどうじ!
いち。
「親父か? 俺だ、寿だ。
スマホで報告を済ませて店に戻る。テーブル一つ挟んで、
これから戦に赴く武家の娘のような険しい表情で射るような眼差しを向ける
どうしてこうなった、と胸の内で嘆息して夢の隣の席へ――
「ひーちゃんはこっち!」
座ろうとしたところで、
「……とりあえず……せっかくだし食べようぜ。冷めるとマズくなっちまうしよ」
「そんなことどうでもいいです。この人は誰なんですか」
夢に勢いよく遠慮無く指を突きつけて
「初めまして、巻島夢です。
「……
「おい! 俺がいつそんな約束をした!?」
「幼稚園の時に“結婚して”って言ったら、“分かった”って言ってくれました!」
「あぁ? ……あれか!? あの時は冗談だと思ったんだよ、いっつもいっつもひっついてくるから! あんな口約束は無効だ! 取り消し! 無し無し! 本気にすんな!」
「絶対取り消しません! ひーちゃんも五戒を守ってください!
「だからそういう仏教用語を持ち出すなよ、難しいだろ!? なんとなく分かるけど!」
「いや~、
「何おもしろがって見てるんスか!?」
丸っきり他人事(実際他人事だが)の様子で見守る夢に、思わず身を乗り出してそう声を荒げる。それがまた癇に障ったか、
「とにかく、わたしとひーちゃんは結婚するんです。横取りしないでください」
「いやいや別に横取りする気は無いわよ? 今日会ったばっかりだし」
「……本当ですか?」
「“美人”とは言われたけどね! こりゃ私狙われちゃってるな~とは感じたけどね!」
「ひーちゃん! 不貞を働くと、地獄に落ちますよ!?」
「どこが不貞だ! 俺は誰とも結婚どころか付き合ってさえいねえぞ!?」
「あ~萌えるなぁ……幼女の焼きもちとか大好物だよ、生で拝めるとは眼福だね♪」
「先輩も! 煽ったり分からんこと言ってないで、場を収める努力をしてくださいよ!」
見たことないくらいに憤慨している
涎を垂らさんばかりに緩んだ顔をしていた夢が、そこで不意に真顔になった。
「じゃ、年下をあんまり困らせても悪いから真面目な話を始めようか。
「どこって……夜の間は山の中にいて、目が覚めたらもうお昼過ぎで、ひーちゃんに話をしようと思って、校門のところでひーちゃんが出てくるのを待っていました」
「山の中って、その格好でか? あの辺りはまだ相当冷えるだろ、大丈夫だったのか」
「それも気になるけれど、昼過ぎから校門のところで待ってた……って言ってたわよね。校門の前なんて目立つ場所に何時間もいて、どうして見つからなかったのかしら」
「えっと、それは……ひーちゃんにもらったこれのお陰で」
言って、腕につけたままの『参拾萬工房』の刻印が施された数珠型のなりきり玩具を見せてくる。正面の通りに面したガラスを突き破り、巨大な鉄塊が店内へと飛びこんできたのはその時だった。
「な、なんだぁ……!?」
悲鳴が上がる。恐慌が起こる。咄嗟に
「ママ、やったよ!」
「偉いわね~、アップルちゃん♪ じゃあ、ママちょっと車の中を漁ってくるからさっきみたいに邪魔な悪者が来ないよう見張っててね」
表の通りからそんな声が聞こえる。記憶にある人物のものだった。
「あの声、まさか……!?」
「ひーちゃん?」
「ちょっと
店の外へと飛び出す。果たしてそこには、あのクレーマー親子の姿があった。
母親の方は昨日と同様に上品な格好をしており、黙っていれば素敵なミセスにしか思えない。それに対して娘の方は、なんとも奇抜な衣装をまとっていた。
赤を基調にしたミニスカドレス……というのが寿の抱いた印象だった。布をたっぷりと使った、ふわふわひらひらしたワンピース。手足はごく淡い黄色の長手袋とニーソックスで覆われており、さらに赤の指抜きグローブとブーツを身につけていた。
頭にはキラキラ輝くカチューシャだかティアラのようなもの。そしてその手に握るは、昨日寿に押し付けてきたはずの先端にリンゴのついたロッド状のなりきり玩具だった。
まるでパーティー会場から抜け出して……というよりはアイドルのコンサート衣装……いや、アニメの変身ヒロインのような格好と表現するのが一番近い。呆気に取られていた寿は、しかしドア部分がもぎ取られた車の中を母親が物色しているのを見て我に返った。
「なっ……何やってんだ、アンタ!?」
「は? 誰よアンタ。邪魔しないで……って昨日の失礼な店員じゃないの!」
「うるせえこのクレーマー! もう店員じゃねえから遠慮はしねえぞ。どうやったんだか知らねえが、さっき店の中に車のドアを投げ込んできたのはお前らか!」
「は? バカ? 証拠でもあるの? 証拠も無しに人を犯罪者扱いする気?」
「誰がどう見たって明らかだろうが、状況的に! ついでに車上荒らしは現行犯だ!」
「これ私の車よ。鍵を無くしたから仕方なくドアを壊して中に入ったの」
「ンな無茶な話が通るか! とっとと盗んだモンを置いて出てこい、警察を――」
「ママをイジめるな!」
クレーマー女に近づくと、コスプレ少女がサッと立ち塞がってくる。健気で、純粋で、自分は悪いことなんか全然していないと本気で信じている目で睨まれる。一瞬、怯んだ。
と。
「アイツです、あの女です! 車上荒らしの犯人!」
サイレンの音と共に、通りの向こうにパトカーが停車する。一人の男がクレーマー女を指差してそう叫び、警官たちがこちらに駆け寄ってきた。
よくよく見れば、寿の前にあるような路上駐車されたものから店の駐車場に停められたものまで、ドアが外れている車があちこちに見える。すでに何件かやらかした後らしい。
「はい、ちょっと出てきてくれるかな」
「ずいぶん派手にやったねぇ」
「な、何よ!? なんで邪魔するのよ、こんなところに路上駐車するバカが悪いんでしょうが! 罰を与えてやっただけよ、なんで私が捕まらなきゃいけないのよーっ!?」
警官たちに車の中から引きずり出されて、クレーマー女が大騒ぎする。相変わらず理解できないし共感もしたくない自己弁護を繰り返しているが、これで一件落着だろう。
そう考えて安堵した寿は、それがまったく甘い了見であったことを思い知る。ハンバーガー屋に車のドアを投げ込んだのがこの親子だとして、それを実行したのは誰なのか?
その答えが、寿の目の前で暴れ始めた。
「ママ! ママを離せ、悪者め!」
クレーマー女に手錠を掛けようとしていた警官を、コスプレ少女が突き飛ばす。瞬間、警官の姿がその場から消え、通りの反対側の建物から派手な破壊音が響いてきた。
そちらを見る。壊れた壁の向こうに、警官がぐったりした様子で倒れている。
「なっ……な、な……!?」
一瞬で通りの向こうにまで吹き飛ばされた警官が、己の身を砲弾と化して壁を粉砕したのだ。我が目を疑う。自身の正気を危ぶむ。それだけの威力を、それほどの破壊を、この幼稚園児くらいにしか見えないコスプレ少女が、手で突き飛ばすだけで生み出したのだ!
「……な、なんだ? この子は!?」
もう一人の警官が警棒を構える。ロッドをぎゅっと握り締めて、コスプレ少女はそちらにも襲いかかっていった。
「ママをイジめるヤツは、アップルがやっつけてやる!」
ロッドから光の刃がほとばしる。横に薙ぎ払ったそれがやすやすと警棒を切り飛ばし、次いで縦に振り下ろされた光刃が驚愕に息を飲む警官を叩き切った。
声無く崩れ落ちる警官を呆然と見詰める。警官二人をあっさりと倒したコスプレ少女はといえば、母親の片手首にかけられた手錠を素手で引き千切っていた。
「ママ、大丈夫?」
「よくやったわアップルちゃん! さすがはママの娘ね☆」
「お……お、おい! なんだそれ、なんだ今のは!?」
焦燥、混乱、驚愕。様々な感情が胸に湧き上がり、ほとんど無意識にそう問いかける。コスプレ少女を褒めちぎっていたクレーマー女が、得意そうな笑みと共にそれに答えた。
「ふふん♪ 昨日アンタからもらってやった玩具ね、また中身が違っていたわ。でもアップルちゃんはね、神様から力をもらったの。その玩具でこうやって正義の魔法少女に変身できるようになったのよ。さすがはウチの姫よね~」
「えっへん。アップル、正義の魔法少女! ママをイジめる悪い人はやっつける!」
「ま、魔法少女? なりきり玩具で? ……アンタ、気は確かか?」
「失礼なことほざくガキねぇ。アンタも見たでしょ、アップルちゃんの魔法パワーを! 空だって自由に飛べるのよ? どっからどう見たって魔法少女じゃない」
などと言い張り胸を張る。否定したいが、実際に見させられた後では反論できない。
「は、犯人が抵抗して……とにかく手も足も出ない……至急応援を……っ!」
そんな言葉を耳にしてパトカーを見やる。最初に突き飛ばされた警官が、無線機で応援を呼ぼうとしているところだった。寿の視線に気づいて、クレーマー女が反応する。
「アップルちゃん! アイツ、まだ邪魔するつもりよ! トドメを刺してやりなさい!」
「うん、ママ! 必殺アップルビィーム!」
荒らしていた車の屋根に軽々と飛び乗り、ロッドをパトカーに突きつける。放たれた目も眩む光の奔流がパトカーを直撃、爆発! 跡形も無く消し飛ばした。
何事かと遠目に様子を見守っていた人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。近くのカフェテラスにいた客が荷物を残していったのに気づき、クレーマー女は意気揚々とそこに向かった。
「ひーちゃん!」
「
ハンバーガー屋の中から
「あ~らあらこんなに残していっちゃって、うふふ……アップルちゃんも手伝いなさい、お財布から金を全部抜き取るのよ!」
「うん! ママのお手伝いするね」
クレーマー女の指示に従ってコスプレ少女が荷物漁りを始めたのを見て、寿の中に何かゴリッとした違和感が生まれた。この光景を看過しては、自分は自分でいられなくなる。
ズカズカとクレーマー女に近づいて、遠慮無しに怒鳴りつけた。
「おい、やめさせろ! テメエのガキに悪事を手伝わせてんじゃねえ」
「あ? 何よアンタ、邪魔する気? 口止め料でも欲しいの?」
「ざけんな! そういうこと言ってるんじゃねえ! ガキに悪事を仕込んでどうすんだ、母親なんだろうが! 子供ってのは親の言葉はなんだって信じるんだ、だから――」
「あ~! うるさいうるさいうるさい! うるっさ~い! 親になったこともないガキが指図するな! 私は最強で無敵で正義なのよおおおおッ!」
顔を歪めて腕を振り回し、クレーマー女が絶叫する。これが本当に人の親かと泣きたくなるほど支離滅裂である。言葉を無くすほど呆れ果てて立ち尽くす寿を見て、“勝った”とでも判断したのかクレーマー女が見下したように鼻息を吹いた。
「ふん、分かればいいのよ分かれば。今イイとこなんだからあっち行ってなさい」
「待てよ! まだ話は終わって……」
「ママをイジめるな! 死んじゃえ!」
横合いから声。見ればロッドを構えたコスプレ少女がそこにいて、今まさにパトカーを一撃で大破させたビームが放たれようとしているところだった。
「あ……」
悲鳴さえ上げる暇も無く――世界の全てを焼き尽くすのではないかと思えるほどの光量が、寿の体を包み込み、押し流し、圧倒する……熱さも衝撃も感じなかった。
気がつくと、地に背を預け空を見ていた。
「ひーちゃん! ひーちゃんしっかりして、死なないで!」
「……!? これって……」
近くで誰かが快哉を上げている……クレーマー女とコスプレ少女だろう。まったく痛みを感じないのがかえって不気味で恐ろしい。自分はここで死ぬのだろうか。
「
夢に上体を抱き起こされる。気遣いは非常に嬉しいが、車一台を粉砕するような代物を食らったのだ。とても無事とは思えない……死ぬ前にこの巨乳に頬擦りできてよかった。
「いや、うん、それくらい元気なら大丈夫だとは思うけどセクハラはやめようね?」
「よくもっ……よくもひーちゃんを! 許さない!」
「変身!」
視界が純白一色で埋め尽くされる――脳も痺れるほどの、一瞬ながら圧倒的な閃光! 十秒ほど経ってようやく視力が回復した寿の目に飛びこんできたのは、まるで彼女が着るためだけに作られたようなサイズぴったりの豪奢な法衣をまとった
「な、なんだ……?」
「嘘!? 何あれ、あの子変身した!」
純白の衣に金糸の袈裟、額に金の髪飾り。手には一方の真ん中の刃だけが異様に大きく長く伸びた三鈷杵……というかもうほとんど剣と変わらないものを持っている。
「ママ、あの子も変身したよ!? 正義の魔法少女はアップルだけのはずなのに……」
「お、落ち着くのよアップルちゃん! あれは……あの子は悪の魔法少女なのよ!」
「勝手に決めつけないでください、わたしは悪ではないし魔法少女でもありません。戒を破り悪行に手を染める者は、御仏に代わって罰を与えます。ひーちゃんの仇です!」
「
夢の指摘を聞き流し、
「マ、ママ! どうすればいいの!?」
「大丈夫よアップルちゃん、あなたが負けるはずないわ! だってママの娘で正義の魔法少女だもの! 悪い魔法少女なんか徹底的に叩き潰してやんなさい!」
「やれるものならやってみなさい。わたしは怒っているのです!」
「うわっ!」
小学生と幼稚園児である。単純な腕力では体格で勝る
「頑丈ですね。昨日はこの三鈷杵の一振りで庫裏を吹き飛ばしてしまったのに」
「爆発事故の犯人お前かよ……」
「それで怖くなって逃げ隠れていたわけね」
「う、うう~……アップル負けないもん! 正義の魔法少女だもん! ママがそう言ったんだもん! ママが嘘つくはずない! 絶対にやっつけてやる!」
コスプレ少女が地を蹴り、飛翔する。本当に空が飛べるらしい。地上からは手の届かぬ高みから、
「アップルビーム! アップルミサイル! メガトンアップルクラーッシュ!」
何度か見たあの光線が、リンゴの形をした誘導弾が、家ほどもある巨大リンゴが、次々と空から降り注ぐ。それに対し、
「権現! 金剛力士!」
「仏敵退散!」
「何それ!? ズルイ! 反則だよぅ!」
「御仏の力を借りただけです。今度はわたしが攻める番!」
コスプレ少女が驚き、嘆き、喚き散らす。取り合わず、金剛力士の姿が消えると同時、今度は
「わっ……わわ、わああ……!?」
「待ちなさい!」
右に左に、コスプレ少女が逃げ惑う。ややあって駅の方へと向かって逃げ出した彼女を追って、
しばし、呆然と――先ほどまでの大騒動が嘘のような静寂に、我が身と心を委ねる。
「こういう時に適切な言葉って思いつかないけど、とりあえずスゴイ光景だったわね」
スマホを構えて写真を撮りまくっていた夢が、そんな感想を口にする。先ほど呼ばれていた応援だろうか、遠くからパトカーの音が聞こえてきた。
「いったいなんなんだ、ありゃ……夢でも、いや死ぬ前に見る幻覚なのか?」
「う~ん。まぁ、あんまり引っ張っても意味無いから教えとくとね、
「えっ」
言われて身を起こす。制服こそボロボロになってているが、夢の指摘する通りどこにもまったく怪我をしていなかった。そうしようと思っていなかっただけで、手足もまったく問題無く動く。
光刃で斬り伏せられた警官と、パトカーと一緒に吹き飛ばされた警官も、目を覚ましたのかフラフラしながらも起き上がろうとしているところだった。
「ど、どうなってんだ。車ブッ飛ばす威力の光線食らったんだぞ。無事なはずが……」
「当たり所が良かった……で、納得できる話でも無いわよね、さすがに。まぁ、助かったなら助かったでいいじゃない。大怪我したり死んじゃたりするよりはさ」
程無くして応援の警官たちが到着。最初に来た二人の警官を助け、チャンバラの余波をまともに浴びて引っ繰り返って気絶していたクレーマー女をあっさり捕まえると、寿と夢にも何が起きたのかと話を聞きに来た。口を開きかけた寿を夢がそれとなく遮る。
「主犯はその女性ですが、もう一人手伝った者がいます。駅の方へ逃げていきました。顔をはっきり目撃したのですが、面通しのためにも連れていってもらえませんか?」
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