第2話 茶道と着物

 周囲からの目線をはるは感じていた。

 サンリオにも魔物がいたが、私の目の前にも魔物がいるのだ。まぁ…彼氏だけど。

 無事に私達はSTARBUCKS☆COFFEEに到着した。そして、長い行列を無言のまま進み、康徳やすとくは今、鋭い視線でメニュー表を見ている。既に店員の「今、チョコラティ バナナ ココ フラペチーノをお薦めしております~」を二度無視し、「お客様お決まりですか~?」を三度も無視している。

 何を悩んでるのよ。どうせ抹茶フラペチーノを頼むんでしょ。頼むから早くしてー。さっきから、後ろのカップルの視線が怖いんだって。無言のカップルだが、言いたいことはわかる。

「なぜ、この男は着物なのか?」と。

 あ。ちなみに、私達も入店してから無言です。この入店時無言スキルを使い、他人の振りをして助かった場面が何度かある。ただし、店内がそれなりに広くないといけないという縛りがあるが…。


 目の前の彼氏がメニュー表への睨みを緩める気配は一向にない。はるは、ぼーっとすることにした。もういい。知らん。勝手に頼め。


 そういえば以前、康徳やすとくがあまりに目立つので、普通にしてよ!と街中で強く言ったことがあったなぁと思い出す。


 少女漫画であれば、「ごめんっ!!!」と謝り、周りを気にせず強引に接吻キスして、そこを同中おなちゅう(同じ中学)の男に見られて、私を争う喧嘩がはじまり。でも勝つのは、やっぱり彼氏で。最後に「俺の着物おんなに触るな」ってカッコいい台詞せりふ言ったり…とかね。あればいいのに。


 だが、現実はそうはいかなかった。


 私が声をあらげた後、康徳やすとくは無言で頷き、コンビニに入った。

 暫くして戻ってきた彼の手には、

 無料情報誌タウンワーク、

 ワンランク上のお茶として、発売されたばかりの綾鷹あやたか

 そして真っ黒いものがあった。


 康徳やすとくは視線をはるに向け言い放った。

「仕事は見つけた。喉も潤せた。あとは着物だけだ」

 着物既に着てるやん。という突っ込みは入れずに私は質問した。

「その黒いの何?」

「このタウンワークって本に書いてたのよ。恥ずかしくないビジネスマンの必須アイテムって。見てこれ、コンビニで売ってた」

 それは、ネクタイだった。


 コンビニでネクタイ買う奴なんていねぇよ!馬鹿っ!!!とコンビニに行くたびに思ってた私はその日、いや、その時。時が止まった。


 死ぬ時に走馬灯そうまとうというものを見る人がいるって聞いたことがあるけど、その場面は確実に刻まれた。

 マイナスな思い出として。

 神様。死ぬときに私はこの着物を来た男がコンビニからネクタイを買ってきた場面を見るんですね。

 私が何をしたのでしょうか。

 ねぇ。神様、答えてよ。


 それから私は彼に期待はしなくなった。康徳カレは想像の斜め上を行く。

 それも神様も黙る程に。

 もはや私に救いはない。


 はるは、現実に戻り。そろそろ何飲むか決めてくれないかなぁと彼氏を見た。まだ睨みを緩めない。もういい。知らん。勝手に頼め。


 ふと、横を見ると前に並んでいた子供が目を輝かせ、康徳やすとくを見ていた。

「おかあさん!見て。見て。おさむらいさん!」

 少し目の前が真っ暗になった。

 うん。僕、違うんだよ。こいつは武士ほののふではないんだよ。

 だが、目の前の子供に、そう思われても仕方ない。

 着物=さむらいという思考は子供と日本に来たことのない外国人アホが共通に抱くようだ。そう思うと外国人ってアホだなと思った。

 そんなこと思ってると小声で、その子の母親が「見ないのっ!」と言ってるのが聞こえた。

 私は決めた。早く帰ろうと。

 私の心は既に折れかけていた。そして、次の出来事で完全に折れた。



 店内に声が響き渡った。

「茶をてていただこう!!!」


 へっ!?


 てか、なにしてんのっ!?


 私の彼氏は出来上がったコーヒーが置かれる丸い台のところで、両手をつき、頭を下げていた。

 そして、その時。

 私は着物ジャーナル9月号"茶道と着物"のある一文を思い出し声に出した。

「お茶が出たら手をついて軽く一礼」


 いや、ここですんなあぁ!!!!!


 そして、差し出されていたのは今軽く一礼している馬鹿をさむらいだと勘違いした子供のチョコラティ バナナ ココ フラペチーノだった。

 うん。もうね。全てが違う。



 暫くして、一番奥の洞穴ほらあなみたいな所で二人でコーヒーを飲んだ。

 私は一瞬、洞穴ほらあなで泥を飲んでいる風に錯覚した。だが、味はしっかりコーヒーだった。

「本来なら、あの丸い椅子に正座して礼をするのがベストだったが、あそこまで高いと着物では上がれないな」

「上がるな。あれはコーヒー置くところだって」

「加えて、あの店員。自然と俺の方にメデュウサの顔を向けた。奴はできる」

「はいはい」

 なんでも、おもてなしを受ける際、茶碗の正面を相手に向けるらしい。というか、あのカップに描いてる女ってメデュウサなの?てか、そもそも、これカップで茶碗じゃないし。

「よし。飲んだら次行くよ」

「待て。焦るな。上林春松本店かんばやししゅんしょうほんてんに来たばかりだ」

 それ綾鷹あやたかのCMじゃん。と私は心の中で突っ込みを入れた。


 ふー。昨日、遅くまで仕事して寝不足だったから眠い。そして誕生日なのに全然、心が休まらない。

 私はコーヒーで体が少し温まったのもあり、うとうとしていた。

 暫くして、遠くから二度目の

「茶をてていただこう!!!」が店内に響いたが、私は目を閉じていた。

 戻ってきた彼は隣の席の人に、

「お先にいかがですか」と一言伝えた。

 茶道の心を忘れない彼に私は、くすっと笑った。


 今。AM10:46。

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