着物が好きすぎて

@hyupunos

第1話 人間国宝の技 日本の誇り

「その服なに?」

 戸野との はる周観しゅうみ 康徳やすとくにぶっきらぼうに尋ねた。今時、こんな服で現れる奴がいるのか。目の前の男は羽織袴姿はおりはかますがたに満面の笑みを浮かべている。そして、何故か少し誇らしげにしているのだ。

 こいつは今日が正月か何か勘違いしているのだろうか。いや、そう勘違いしていて欲しいと何度、思ったか。


「わかる?いつもの店で、昨日買ったんだ。それも新品。やっぱりお洒落だよね。あそこの商品!店長から、お茶席にもお勧めの装いでお薦めですよ、って言われたから、すぐ買っちゃった」

「そして、それはいくらしたの?」

「三十万」

「……はぁ。あんたのその性格どうにかならないの?というか。私、あんたからプレゼントを一つも貰ったことないの知ってる?」

「えっ。そうだっけ?んー。いや、毎月本あげてるよね」

「あんな本、プレゼントにカウントしないわっ!」


 私の彼氏、周観しゅうみ 康徳やすとくは大の着物好きなのである。そう。着物狂なのだ。そして私は、彼が定期購読している"着物ジャーナル"を毎月貰っている。

 彼氏が好きな着物をはじめは理解しようと、毎月読んでいた。恐らく日本どこ探しても二十代前半の女でこの雑誌を読んでるのは私だけだと思いながら。


 もともと、着物にそれほど興味がないはるであったが、その本のおかげで着物への興味は完全になくなった。毎月こうも飽きずに着物の記事が書けるものだと感心する内容であり、驚くべきは、そこに掲載される着物は何十万~何百万と考えられない値段なのだ。

 全く共感できない。

 極めつけは、年度末に発売される増刊号である。今年のテーマは"受け継がれる人間国宝の技 日本の誇り"という分厚いゴミであった。何度も捨てようと思ったが、忙しくてつい忘れてしまい、ついに少女漫画と別の少女漫画の"区切り"として使用されているのだ。人間国宝が。


 なんの役に立たないものが、少女漫画の境界線という役割を得た。それだけで、この雑誌は意味を持つのだと思っていた。

 ふと、実家にいる、おばあちゃんの顔が浮かんだ。

はる、物は大切にしなさい。物は大切にされたら、それがわかるからね」

 おばあちゃん、私、教えを守ってるよ。

 そう、思いながら、"区切り"にした。だが、その人間国宝は思わぬ形で私を裏切った。


 数日前に女友達が家に来て恋話こいばなで盛り上がり、当然、お気に入りの少女漫画を貸す流れになった。あれほど、盛り上がっていた場が急に静かになった。振り返り、親友の目線の先が着物ジャーナル特大号"受け継がれる人間国宝の技 日本の誇り"に向かっていた時に私は死にたくなった。いや、死んだ。

 やはり、それはゴミだった。

 そのゴミを見た、親友の顔は"無"だった。


 私が親友の立場なら引くわっ!

 だが、彼はそんな気持ちを知ってか知らずが、毎月忘れることなく"着物ジャーナル"をくれる。今知ったが、プレゼントとして。


「着物ジャーナルおもしろいのに。わがままだなぁ」

「女心がわからない、悲しい人なのね。あなたは。てか、今日の予定忘れてないよね?」

「忘れてないよ。お茶飲むんでしょ?抹茶」

「間違えてはいないわ。確かにあなたは抹茶しか飲まない。でもね。一つ間違えているわ。私はSTARBUCKS☆COFFEEに行きたいって言ったのよ。あのスタバよ!」

御意ぎょい

「死ね。今までスタバに羽織袴姿はおりはかますがたで抹茶フラペチーノのトール飲んでる男と楽しく会話してる女を見たことがある?ないでしょ!」

「グランデを希望」

「二度死ね。そもそも今日、私の誕生日だよ!映画見て、夜景見ながらうっとりして、とか。色々考えないの!?」

「昨日から抹茶フラペチーノ、ソイにしようか決めかねてた」


 神様。私は前世でとんでもない罪を犯したのでしょうか。今、私はサンリオショップの前で羽織袴姿はおりはかますがたの男と、かれこれ5分は話をしています。サンリオショップからは、ウサギかネコなのかわからないキャラクターが笑いながら見ています。かつて、このキャラクターを一度でも可愛いと思ってた時期が私にもありました。

 神様。私が何をしたのでしょう。


 いや、まだやれる!がんばれっ!私!!!

 涙は既に枯れただろうっ!!!


「とりあえず行きましょう」

 サンリオショップの中から、なんのジャンルかもわからないコスプレをした女から視線を感じ、その視線が哀れみのものになる前にはるは移動を開始した。



 そういえば、黒歴史の反対の白歴史って聞かないなぁと思いながら、はるの二十四歳の誕生日は幕を開けたのであった。

(あの外国人も着物着てる。あれなら一緒にスタバに行きたいかも、と思ったと死んでも言えないはるであった)


 今。AM10:14。

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