第6話

 通路を抜け、ついに地下に到着した。

「ラナン様、ここからがこの屋敷の地下になります。薄暗くなりますので注意してください。まずは東へ向かいます。その後、北に伸びる通路を進み、非常口を目指します」

 北? それだと裏庭の方にさらに奥に抜けてしまうのではないだろうか。それともそんなに複雑な地形を、地下はしているのだろうか。私にはわからないことだらけであった。

 彼女の誘導に従い、通路を進む。たしかに地上の廊下と比べて圧倒的に薄暗い。こんなところを夜中に一人で歩けと言われたら嫌だと返しそうなものだ。

 通路を進み、突き当たりまで来た。最後の扉があるが、鍵がかかっていて、進むことができない。横に扉の鍵をかけていると思われる装置があり、アスカが操作をしているが、難航しているようだ。

「ラナン様、こちらの装置、どうにもこの屋敷の人間の手形が必要なようです。それにより魔法が解除され、先に進むことができるようです。新人の私の手形がまだ登録されていなかったようで、扉を開けることができませんでした。ここに手をかざしていただけますか」

「え? そのくらいならば」

 装置に手をかざす。あっさり鍵が解除され、扉が開いた。その時だった。

「動くな、二人とも」

 後ろからお義父様の声が聞こえる。

「お義父様もこの先の非常口に用が?」

 呑気に返事をする私。しかし彼の一言は私の想像を絶するものであった。

「なに馬鹿なことを抜かしているんだお前は。その先は非常口などではない。非常口ならば南の通路を東に進まなければならない。その先は我が一族の者しか入ることのできない、秘密の部屋だ」

「え……?」

 秘密の……。部屋? なにを言っているのだろう、お義父様は。

「お前はこの屋敷に忍び込んだらしいそのメイドに、もはやメイドですらないが、まんまと騙され、そいつの侵略行為を手伝っていただけだ。本当にお前は容姿以外は無能だな」

「お義父様、そんな、私は」

「貴様のような無能な小娘の言い訳を聞くつもりは毛頭ない。しかし慈悲深い私だ。最後に一つだけ提案をしてやろう。今その扉を閉め、武器を捨てこちらに戻って来てくれればこの罪を許し、結婚までこの屋敷での安全を保障しよう。それ以外の行動をとれば問答無用で勘当だ。無能なお前に選択肢はないと思うが」

「私は……」

 扉を閉めかけた時、今まで黙っていた私の前に立つアスカがニッと笑い、突如として口を開いた。

「さーて、その小娘を無能に仕立て上げたのは、どこのどいつだったかな?」

「なんだと、口を慎め、メイドよ。貴様なぞ」

「黙れよ、あたしの話はまだ終わってないぞ。それともなんだ? お前はガキの頃、人の話は最後まで聞けと教えてもらわなかったのか。哀れな男だな」

 優しい言葉で、物腰で話してくれたアスカが、まるで別人のような顔で、話し方でお義父様と話をしている。

「聞けラナン、お前はこの家に居ても未来はない。碌な教育を受けさせてもらえず、庶民ですら知っているような知識ですら、お前は持ち合わせて居ない。それはお前が無能だからじゃない。無能になるように教育をし続けたこの家の体系に問題があったからだ。それならば、少しでも未来のある冒険者になり、少しずつでいい、賢くなって、気高き戦士になって、自分の未来を見つけ出せ。そのためにはこの屋敷に居てはいけない。ここまできてしまったんだ。あたしを信じろ。出るためにはこちらに付いてきた方がいい」

 これまでの私の人生を考える。お義父様には確かにお世話になった。しかし、それはこの家にいなくても、他の貧しい家に居ても同じだっただろう。この家より金銭面は困るかもしれない。しかし、この家より確実に暖かい家庭であり、それこそ実の家族のように愛してくれる、そのような人間と過ごす未来だったのかもしれない。このまま私を人形としか考えていない、お義父様の元に戻ると、結局私は人形として、一生を終えることになるだろう。

 ここに至るまでにアスカが話してくれた冒険者としての、自由な生活を考える。仲間と共に戦い、自分の生活のために、時に命を賭けて戦う。先ほどのゴーレムとの戦いのように、大変なこともあるだろう。しかし、やはり、私は、実の両親と生活していた時のような、自由な生活が、欲しい。

 この家での安全で安定かもしれない生活よりも、自分の自由を求め、外の世界へ旅立つ決意を、私は決めた。

 ならば、あとは単純である。扉を開け、中にアスカを誘導する。

「貴様! 何処の馬の骨かもわからない女に惑われおって」

 お義父様がこちらに魔法を唱え用とした時だった。彼との間の天井が突然壊れ、上の大広間が見える。どうやら上の部屋にいるゴーレムが床を殴り、穴が空いたようだ。空いた穴から瓦礫とともに使い魔と見られる烏が降り来、こちらに飛んで来た。

「ハルナ! 時間は稼ぎました! 急いで扉の中へ」

 アスカと共に扉の中に入ってくる。そのまま使い魔はアスカの肩に止まる。ハルナ……?

「すまない。ラナン、こんなことに巻き込んで。ポコが時間を稼いでくれたから今のうちに本当のことを話そう」

「よくわかりませんが、お願いします」

「時間を稼いではくれたが、時間がないから手短に話そう。あたしの本名はアスカではない。本当はハルナという名なんだ。この先に用事があって、お前に近づいた。お前が一番簡単に近づけ、さらに簡単に騙せてそこの扉を開いてくれると思ったからだ」

 とんでもないことを告白された。アスカに……。いや、ハルナに。

「つまり、私を利用してここに来たかったわけですね」

「あぁ、そういうことになる。身勝手なことをしている自覚は勿論あったし、お前の人生を歪めかねないことをしているとも思っていた。しかしここに安全に入り込むにはこれが一番だったんだ」

「本当に身勝手なことをしてくれましたね。お陰様で私の結婚計画は無くなってしまいました」

「そのことについては本当に申し訳ないと思っている」

 ハルナが頭を下げる。

「ただ、」

 一呼吸置いて、続ける。

「貴女との交流が、偽りの関係の間でしか成し得なかった、幻想の物だったとしても、私は貴女のおかげで、自分のやりたかったこと、なりたかった者を思い出すことができました。それについては感謝します。貴女はメイドとして私と沢山話してくれた。それが、ここ最近の私の楽しみでもありました。それから、二階で貴女と話した時の微笑み、あれが偽りの貴女の顔とはとても思えませんでした。私が無能ではないと宣言してくれた、揺るがぬ決意を与えてくれた貴女を、私は信じます。そして、これから貴女を師として、生きて行きたいと、私は思いました。行きましょう。この先にハルナ、貴女の用事があるのでしょう? この屋敷を出るまではお手伝いしましょう」

 決意を胸に、ハルナの後ろをついていく。

「いろいろあって紹介が遅れましたが、私、ハルナの眷属のポコと言います。どうかお見知り置きを」

 ハルナの肩の上にいる烏がこちらに話しかけてくる。ハットをかぶってとてもお洒落な烏である。

「すでにハルナから聞いたと思いますが、私、ラナンと言います。これからよろしくお願いしますね。おしゃれなハットが似合っていますね」

「先日出会った男性の影響を受けましてね。自分で作ってみたのですよ。似合っていたようならば光栄です」

 オシャレなのは良いことだと、私個人は思う。ところで、

「ポコとやら、この屋敷に侵入したのは貴方ですか」

 ハルナの眷属と名乗る烏に話しかける。

「はい。私です。そこのハルナがこの屋敷に就職してからだいたい二、三週間くらいでこの屋敷に突入するように言われていました。そのため、今日を選び、この屋敷の境界線を超えたわけです」

「ハルナにも警備装置のゴーレムが反応していましたが、それは貴方がハルナの使い魔だからですか」

「多分そうなんじゃないかな、と私は思います。ハルナと私は現在は、ほぼ二人で一人の存在です。この世界で言う使い魔のような存在ですからね。だから体から発する魔力もほぼ一緒なのではないかと」

「ポコ、それだとあたしがこの二週間ゴーレムに襲われなかった理由がわからないじゃないか」

「これから話しますよ。この屋敷の警備装置、実は屋敷の庭の外と中の境界面でしか侵入者の検知を行なっていないのですよ。就職してから一度も屋敷を出ていないハルナは警報装置に引っかかることなくずっと内部で生活していたので、今日の今日まで襲われなかったわけです。私が境界線を超えたことで、私と同じ魔力を発するものを襲うようにゴーレム全体に指示が飛ばされました。そのためハルナも襲われるようになったのかと」

 なるほど、よくわからない。とりあえずこのポコという烏がなにか悪さをしたからハルナも襲われるようになった、と。

「屋敷のゴーレムに追われつつ、一階の施錠された扉を開けて回るのには苦労しましたよ」

「え、貴方が開けたのですか」

「はい。私です。さらにタイミングを見計らってゴーレムを使って床に穴を開けさせて貴女達の退路を作りました。さっきのあれですね」

 何から何まで、裏方をこの烏一人でやっていたのか。なんていうか。

「ありがとうございます」

 それしか言えなかった。

「いえいえ、普段からこう、裏方に徹しているので。慣れてますよ」

 とんでもない相棒を持つ女だったようだ、このハルナは。

「そろそろ後ろの瓦礫処理も終わっただろう、行こう。この通路の先だ」

 雑談も終え、通路を進む。この通路の先に、ハルナの求めていたもの、そして私の最初の試練がある。

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