第3話

 吹き抜けの見える廊下が終わり、もうすぐ倉庫というところまで来た。ここは右に折れる廊下があるが、曲がらず直進をすれば突き当たりに倉庫が見えるとアスカが教えてくれた。倉庫はそう普段から行くものではないので彼女がいなければこの脱出劇は進まなかっただろうと改めて感じた。

しかし、そうは簡単に行くものではないらしい。右に伸びる廊下を見つつ先に進もうとしたその時、警報音が響く。

「侵入者の魔力を検知。侵入者の魔力を検知。排除します」

 ゴーレムから声が発せられる。

「どうやら私たちを侵入者と勘違いしているようですね。ラナン様、構えてください。倉庫は狭いので、この巨体を相手にするのは分が悪いと言えます。ここで仕留めます。増援が来る前に仕留めて、さっさと裏庭に出ましょう!」

「わ、わかりました」

 慌てて斧と盾を構える。彼女もメイスを構える。しかしなぜゴーレムは私たちを侵入者と勘違いしたのだろうか。それなりに精度の良い警備システムと聞いていたのに。

 ゴーレムがこちらに走ってくる。アスカはというとゴーレムに突撃して、初撃を誘いつつ、そのままひらりと攻撃を避けてしまった。打撃を外して隙のできたゴーレムめがけて斧を振り下ろす。浅く入ったがこの武器では仕方のない話である。

「ラナン様、離れてください!」

 アスカから指示が入る。ゴーレムから少し距離をとる。アスカが何かの詠唱をすると、ゴーレムに氷の塊が襲いかかる。魔法を受けたゴーレムによく見るとヒビができている。どうやら彼女は氷属性の魔法が専門らしい。おそらくヒビを狙えば大ダメージが見込めるだろう。怯んだゴーレムめがけもう一度斧を振り下ろす。予想通りというかなんというか、ゴーレムが呻く。かなりダメージが入っただろう。

「これで終わりです!」

 アスカが大ジャンプをし、さらに大きくなったゴーレムのヒビめがけてメイスを振り下ろす。豪快な音と共にゴーレムの全身にヒビが伝わり、そして、砕けた。

「やりました! アスカ!」

「なんとかなりましたね。しかし、このゴーレムが破壊されたのを機に他のゴーレムが襲いかかってくる可能性もあります。早急に荷物を回収して北の小部屋まで戻りましょう」

 ゴーレムの残骸の端を抜け、そのまま倉庫へ向かう。倉庫の鍵はアスカがなんとか開けてくれた。倉庫に入る。縄の一つや二つ、ここらへんに転がっているだろう。ただ、それが一階に届く長さかと言われるとまた別問題なわけで。

「ふむ……。アスカ! ありました。これではないですか?」

 部屋の中を探索しているアスカに妙に長い縄を渡す。

「ラナン様、これです! これで脱出できます。行きましょう。その前に」

 こちらをどうぞ、とアスカが私に大きな荷物を渡してくる。

「ウエポンホルダーと大剣です。ラナン様に今足りないのは一発の大きな火力だと私は判断いたします。小さな斧は確かに取り回しという面ではとても便利です。しかし火力が必要な場面でどうしてもジリ貧になる場面もあるかと思います。これでそれを補ってください。剣は背中の鞘に入れておけば問題ないかと思います。しかし斧と盾はウエポンホルダーがなければ地面に一度捨てなければなりません。倉庫に一つ予備がありましたのでお使いください。緊急時ですので細かいことはあまり言われないでしょう」

「ありがとうございます、アスカ。何から何まで」

「元冒険者としての勘、ですよ、ラナン様。さぁいきましょう。増援のゴーレムが来てからでは厄介です」

 アスカに続き倉庫を出る。まだ増援のゴーレムは来ていないようだ。元来た廊下を走る。私は一応この屋敷の中でかなり足は速い方だと思っていて、実際街に出ても足の速さで困ったことはなかった。基本的に私が一番だったからだ。それでも、アスカは私以上の速さで廊下をかける。

「随分と速いですね。さきほどは歩きだったので気付きませんでした」

「一応、冒険者時代は軽戦士でした。軽戦士に求められるのは敏捷さと器用さ、そして体力です。見ての通り、足の速さは自信があります。なので敏捷さに物を言わせて避けることを重視した軽戦士をして味方の支援を徹底して行っていた、というわけです。普段から敏捷性ばかり鍛えていたのです。恵まれたことに知力も人並み以上にあったので、こうして氷属性の魔法も学ばせていただいたのです。魔法はこの屋敷に来てからも継続して研究しているので、最近では軽戦士以上に力を発揮できているかもしれませんね」

「貴女、実は相当な化け物だったのではないのでしょうか」

「いえ、実はそうではありません。筋力が人並み以下なのでどうしても火力に困る場面が多くありました。そこは持久戦をして、ワンチャンスを味方が掴むまでひたすら耐える、という戦法でした。安定はしていましたが、どうしても魔法に弱い戦法なので、仲間の誰かが死ぬ前に、ギルドを解散しました」

 冒険者は案外殴りに殴ればなんとかなる、というわけではないらしい。

「しかし、貴女の話を聞けば聞くほど、冒険者に憧れるというか、そういう自由な人生を送りたかったな、と思います」

「この屋敷を脱出しても、ラナン様は嫁ぐわけですから、やはりどこかに縛られているということに変わりないわけですね。自由とはいえ、いいことばかりではありません。収入も安定しませんし。私のように少し強くなって元の生活に戻っていく人間も、一定数います。死と隣り合わせの生活は予想以上に疲れます。それでも、それが病みつきになると冒険者を続ける人間もいるわけですけれどね」

 私はどちらかというと、病みつきになりそうな気がする。やはり、自由に憧れ、昔のような生活に戻りたいと、心のどこかで思っていたわけだし。

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