第7話
ビルに近づく。このビルは駅やら近くのマンションやらと連絡通路があって、一部屋根まで付いている謎の豪華仕様だ。その連絡通路の屋根の一部で私はいつも日光浴をしていたわけで。
「さてポコ、このビル、どうやって上まで登るか。中のエレベーターを使うわけにもいかないだろう?」
「そうですね。深夜にビルに侵入してエレベーターで律儀に屋上まで登るのは褒められることではありませんね。どうしますか? 私なら飛べばたどり着けると思いますが」
「あたしが飛べないんじゃ話にならんだろう。そうか、ポコ、少し痛いが、許せ」
というとハルナは突然私の右羽に噛み付いてきた。というか甘噛みだった。突然のことに声を荒げて驚く。
「何するんですか、貴女! 突然人の羽に噛み付いてきて」
「いやな、あたしの力で、噛み付くか、鎌で切った相手の能力を自分のものにできるんだ。お前の羽に噛みついたということは、おそらく申し訳程度の飛行能力が使えるようになるはずだ」
そういうと、ハルナの背中から大きな烏のような羽が生えてきた。
な? といいながらこちらを見るハルナだが、何も伝えられていない私からしては心臓に悪い。心臓が今でもあるのかわからないが。しかしこれでまた1つハルナのことを知ったとも言える。ハルナが一人先に屋上めがけて飛んでしまったので、私も後に続く。
なんとか屋上についた。ハルナは先についていて、羽もしまったのか、もう出ていない。流石それなりに高さがあるビルだからか、風が強い。ハルナの左肩に着地し、なんとかしがみつく。
「しかしなんというか、ヘリポート以外室外機しかない面白みのない屋上だな。もう少し何かないのかと期待したのだが」
「これが普通だと思いますよ。普段人が訪れない屋上のデザインにこだわったところで無駄な努力になるでしょう?」
「人によってはこの屋上を見ることなく終わるわけだしな。それもそうか」
テンポよく会話が進む。元々お喋りな私ではあるが、ハルナも案外よく喋る。一緒にいて飽きなさそうだった。ところで、
「ハルナ、貴女の名前、かみじょうはるな、とは聞きましたが、漢字がわかりません。どういう漢字を書くのですか?」
「神の城にカタカナでハルナだ。人間の頃は春に奈落の奈とかいて春奈だったわけだが、いろいろあってカタカナのハルナに落ち着いたというわけだ。そこらへんはおいおい話すよ」
「貴女、元々は人間だったのですね」
「そうだ、所謂、元人間の死神というやつだな。十七歳の頃、襲われて瀕死の所に死神と行き遭ったんだ。お前には詳しく話す必要があるから、また時間をとって話すよ」
彼女の身の上話は、また今度、ゆっくり聞くことにしよう。今はこの屋上から異変が起こったハシブトガラスを見つけなければならない。
風にゆられつつ、屋上から二人で街を見下ろす。私が今まで生きてきた街を見下ろす。そして、おそらくここにはしばらく戻れないだろう。
私のねぐらの近くの公園、いつの間にか出来上がっていて、気づいたら水浴びができるような水道もできていた。毎朝日光浴を行うのが楽しかった連絡通路の屋根。街の発展の最初の頃に出来上がり、私に新たな憩いの場を与えてくれた。私が昔日光浴に使っていた電線。昔はそれなりに高い位置にあったのだが、いまでは街の中でもかなり低い方だ。ハシボソガラスの会議を行った小学校。昔は日光浴を行うついでにたまに寄ったりもしたものだ。餌をよく探しに向かった神社。木の実が多くなっているので、ここら辺にはとてもお世話になった。そして、最後の最後まで使った、旧ねぐら跡。駅近くの陸橋の下にある小さなスペースで、昔はここにねぐらを構えていた。いまでもたまにお世話になる。ここだけは今も昔も変わらなかった。そう、この街が大きく様変わりをしても、変わらないところは、やはりある。私が変わってしまっても、この街が変わっても、これからもそのままであり続けることもあるのだ。
ねぐらを懐かしんでいると、その近くの公園が妙だ。何か暴れているような。
「ハルナ! あそこの公園です! 何かありませんか?」
「ん? 公園? 妙に暴れている烏がいるように見えるな」
「行きましょう。何か手がかりがあるかもしれません」
ハルナはそのまま屋上から飛び降りると羽を生やして公園まで滑空しつつ接近する。わたしもその後を追う。
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