第6話

 目が覚めた時、最初に感じたのは温かみだった。どうやら死神擬が私を膝に乗せていたらしい。先ほどまで頭につけていた青いヘッドホンは首にかけている。あたりを見回すと、場所は例の公園から少し離れたところのようだ。

「目が覚めたか、名もなき烏よ」

 とりあえず彼女の声に反応して顔を上げる。体の傷は完全になくなっている。どうやら本当にこの死神擬がなんとかしたらしい。

「とりあえず、あたしの声は聞こえているようだな。いいか、よく聞け。お前は死んだ。というか、あたしが殺した。そしてあたしの眷属として蘇らせた。だから今のお前は烏ではなく、ただの燃えカスともいえる存在になった。しかしその代わり、あたしが話せる言語をその口から話せるようになっているはずだ。さぁその口で何かを話せ」

 死んだ後になんとかしただけかもしれないと思っていたが、まぁあの傷を考えるとそうだろう。それよりも、だ。

「……。本当に、私は貴女と話せるのですね」

 私の口から、人の言葉が、出た。あれだけ欲していた、人の言葉が、今、私の手にある。

「あぁ、とりあえずあたしの眷属になっている間は話せるはずだ。さぁ名もなき烏よ、契約と行こうじゃないか。あたしはお前に人の言葉を話す力、死神の力の一部を分け与えた。これはこちらが用意した権利だ。その代わり、お前は死神の眷属として、永遠にも感じる長い時を輪廻転生に逆らい従う義務、数多もの友の死を見送る義務が生じる。お前がこの契約を飲むというのであれば、正式に眷属としてお前を受け入れよう。お前が拒むのならば、眷属としての契約を切り、輪廻転生へお前を返そう。さぁどうする」

 興味のあった死神側からまさかこのような契約を要求してくるとは、正に願ったり叶ったりだ。しかし、今の私には1つだけ、気になることがある。それだけなんとかしてからだろう。

「死神よ。貴女の契約を飲みましょう。ただし、一つだけ条件があります」

「ほう、生まれ変わって、人の言葉を手に入れてすぐに交渉とは、物覚えのいい烏だ。気に入った。聞こう」

「ありがとうございます。さきほど私を襲って、亡き者にしたあのハシブトガラス、明らかに普通のハシブトガラスとは思えませんでしたね?」

「あぁ、そうだったな。獰猛化したとしか思えない挙動だった。それがどうした」

「あのハシブトガラスが、どうして獰猛になったのか、その原因を突き止めたいのです。それを突き止め、原因を取り除くことができたら、貴女の下僕として、これから貴女に従うことを誓います」

「ふむ、その心を聞こうか」

「私の身の上話になってしまうのですが、明日の夜、私が所属していたハシボソガラスの群れが西に向かって旅立ちます。仮にハシブトガラスのみが謎の獰猛化を遂げたとしましょう。私の群れが旅立つ時に襲われては確実に被害が出ます。私は群れを離れる決意をしましたが、それでもやはり彼らは仲間です。襲われて全滅、というのは嫌なわけで。またハシブトガラスに限らず、烏全体がなにかしらの原因で獰猛化するならば、なおさら今夜のうちに原因を突き止めるべきだと私は思ったのです。私の群れのハシボソガラスも獰猛化しては根本的にダメですからね」

「つまり、お前の群れを、生前にいた仲間達を、助けたいと、そういうことだな?」

「概ね正解です。如何ですか?」

「いいだろう。お前の要望、受け入れよう」

「交渉成立ですね」

「そうだな。そうそう、お前の名前を決めてなかったな」

「私の名前ですか? 一応生前はドクトルと呼ばれていましたが」

「じゃぁお前の名前はポコで」

「いやいや、なんの脈略もないじゃないですか。意味がわかりませんよ」

「あたしが昔飼ってた鳥の名前がポコだったんだ。恨むならその鳥を恨むんだな」

 そんな理不尽な。ところで、

「死神、貴女の名は?」

 肝心の我が主人の名前を、まだ知らなかった。

「あぁ、あたしの名前は神城ハルナだ。これからよろしくな、ポコ」

「なんだか腑に落ちませんが、よろしくお願いします、ハルナ」

 ハルナの左肩に飛び乗る。そのままハルナが立ち上がる。

「とりあえず、高いところから獰猛化した烏達を探そう。実際に見つけないと話が進まないからな」

 そうですね、と返事を返す。幸い、この地域は近年、高いビルだらけになった。高いところを探すだけならば苦労しないだろう。

「しかし、街全体を見渡すとなると案外少ないですね。どこにしましょうか」

 ハルナは近くのビルのを指しつつ話す。

「そのビルの屋上なんかが見やすいんじゃないか? 周りがビルだらけだからなんとも言えないが」

「それでも、最低限何かはわかると思います。行きましょう」

ハルナが歩き出す。

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