第2話
もうすぐ、夜が明ける。ここで行う日光浴は最高の一言に尽きると思う。頭を空にして、これまで起こったこと、これから起こることをすべて忘れ、ただただ黄昏れる。
昔は別のところで朝日を見ていたのだが、そこは高層ビル群の影響であまりいい景色ではなくなってしまった。ここら辺一帯はここ十数年間で大きく様変わりをした。人は増え、建物は四角く高いものが増え、道もほぼすべて舗装されたコンクリートに変化した。様変わりをすればするほど我々烏を襲う天敵は数を減らし、駆除の人間を除き、襲われる回数も圧倒的に減った。そのため、ここら辺は烏にとってとても居心地のよい環境へ着実に変化していった。我々ハシボソガラスにとって、それはとても都合のよいことで、実際この条件だけ見るとただの楽園のように見える。我々もそう思っていた。しかし、この楽園は別の種を引き寄せてしまったわけで。
しばらく屋根の上で黄昏ているとよぉ、と上から声をかけられる。私がここで日光浴をしている時に声をかけてくるのは決まって彼である。
「やぁ、尾羽、調子はどうですか?」
私に声をかけてつつ着地するリーダーこと尾羽に挨拶をする。
「お前のおかげでなんとかな。ここ最近、ハシブトガラスの侵攻が激しいが、とりあえずまだこちらの集団には影響が出ていない。一部過激派が手を出したとかなんとかという報告は聞いているが、それくらいだな。ドクトル、お前の方はどうだ」
「私ですか? 何度か考えて、私のねぐらに蓄えてある本で調べて、この前図書館に侵入したりしていろいろ調べてはみましたが、やはり西の方、ここほど建物が多くない地域に移動するのが一番いいのではないかな、と私は思います」
ここ二、三日で調べ考えた、私なりの結論を彼に報告する。ここ最近のハシブトガラスの動き、過激派含め、を考えるとそろそろ犠牲が出てもおかしくはない。向こうの参謀が賢いならば、真っ先に私を始末しようとするだろう。最悪、私の犠牲だけで我々の群れがこの危機を乗り切れればよいが、その前にせめて私が結論を出しておかなければならない。私無しでもこの現状を打開できるように。
「そうか、俺もそう思うんだ。この街にこれ以上いても変に両種の争いが起こるだけだ。我々としても、穏便に事を済ませたいからな。向こうがそう思っているかどうかは別として」
「私もそう思いますよ。しかし、私としては生まれ故郷のこの街を、こうもあっさり彼らに渡すのもあれだな、という郷愁の念に駆られたりもするわけで」
「命あってこそだぞ、ドクトル。そう易々と危険に身を投げ出すものではない。それともあれか? お前の事だ、例の死神の噂が気になっている、とかか?」
「正直、少し、いえ、かなり気になっています」
本心を尾羽に告げる。ここ最近この街の烏達の間で噂になっている死神。ハシブトガラス、ハシボソガラス問わず、烏のねぐらに現れ、しばらくすると去っていくという噂だ。なぜ死神がそのような猟奇的な行動に出るのか、人の言葉を理解できる私ならば何かわかるのではないか。死神が何故烏のねぐらに近づくのか、その理由が知りたかった。ただの好奇心と言われればそこまででもある。それでも、私は知りたかったのだ。例え私の命が危険に晒されようとも、知的好奇心の方が勝りそうであった。
「まったく、昔からお前のその探究心には負けるよ。おかげさまで、我々は今日まで安全に確実に生きてこられたわけだから、文句を言うのも筋違いだなと俺は単純に思ったりするよ」
「私の我儘に付き合っていただいて、いつもありがとうございます。安心してください、この街を脱出するまでは私がなんとかしますから」
「これが最後の願いになるかもしれない、と思うと少し寂しくもあるな。お前がいなくなったとしても、これから先、うまくやるさ」
それじゃ、またあとでな、と一言言うと尾羽は飛び去っていった。このあと行われる会議の確認などを行うのだろう。私は考えをまとめるべく、自分のねぐらに戻ることにした。
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