星無き夜に最後の舞踏を

けねでぃ

第1話

 仕事を終え、帰宅した私を迎えたのは思わぬ客であった。本日も無事に定時退社を果たし、明日は休みなので今夜はぐーたらのんびりしようとしていた。エレベーターを出、廊下を歩くと私の部屋の近くの手すりに見覚えのある烏が何かを咥えつつ止まっていた。漆黒の羽、おしゃれなハット、見間違えるはずもない。ポコだった。ポコは咥えていたものをこちらに投げてよこすとお久しぶりですニア、と口を開いた。

「久しぶりだね。リリーちゃん救出戦以来だから、半年ぶりくらいかな?」

「おそらくそのはずです。私はこちらの次元に常にいたわけではないので正確な年月は把握していませんが。そうそう、その手紙に私がここにいる理由が書いてあるので、さっと読んでもらってもよろしいですか?」

 ポコがそういうので彼が投げてよこしたもの、それは手紙だった、を開く。びっくりするくらい綺麗な楷書体の文字で書かれた手紙はハルナからのものだった。



ニアへ


突然のポコを押し付けて、申し訳ない。あたしは一晩、この世界で用事があるのだが、そこにポコを連れて行くと少し不都合なんだ。だから一晩だけでいい。ポコを預かっていて欲しい。明日の朝くらいにはポコを迎えに行く。よろしく頼む。


神城ハルナ



「つまり、君は置いて行かれたというわけね?」

 ポコに聞く。

「平たく言うとそういうことになりますね。前に教授の殺害を依頼してきた男、残雪の娘とハルナの親睦会みたいですね。初回だから一人で行く、とは言っていましたが、私に気を遣ったのかもしれませんね」

 ……?

「気を使う?」

「えぇ、残雪が長を務める組織はそれなりに大きな組織でして。親睦会ともなると酒だらけになるのですよ。私自身、そこまで飲めないので一緒に行くとすぐ潰れてハルナに心配されてしまうので」

 ポコの可愛い一面を見てしまった気がする。

「せっかくきてくれたんだからうちにある酒でも飲ませようと思ってたんだけど、どのくらいなら飲めるんだ? とりあえず入ろう」

いつまでも烏相手に一人で喋るOLをしていては周りから白い目で見られてしまう。家に入ろう。

「この前、三十度の焼酎を飲んで頭が動かなくなったので多分そのくらいが限度なんじゃないですかね、私は」

 お邪魔します、とポコが私の部屋に入りつつ言う。私より十分強いんじゃないのか、君。

 さっとシャワーを浴びて、部屋着に着替える。ポコが先に桶で水浴びを済ませていたのでついでに風呂場の掃除も終わらせる。

 とりあえず冷蔵庫に残っていたビールと酎ハイを取り出し、机に並べる。さっきの話を聞いて個人的にポコには酎ハイを飲んで欲しかったので甘い酎ハイを渡す。

「ビールよりは酎ハイの方が好きなのですが、よくわかりましたね」

「単純に私がビールを飲みたかっただけだよ」

 適当に返す。風呂上がりのビールがうまいのは事実なのでまぁいいだろう。ポコは器用に嘴で缶を開け、あらかじめ渡してあったストローで酎ハイを飲み始めた。

「以前はあまりゆっくり話ができなかったから、今日はゆっくり話ができそうだね」

 そう切り出す。実際、以前は緊張感ある中での少しの雑談だったし、あまり彼やハルナのことは知ることができなかった。せっかくこのようにハルナの相棒を預けてもらえるような立ち位置にいるのだ。いろいろお話をしたいと思う。

「そうですね。ニアとリリーはあれ以降、特に問題もなく過ごせていますか?」

「あぁ、あの日以降、教授の残留思念に襲われた、とかは特にないよ。いたって平和な日々だ。君たちが取り戻してくれた日々でもあるね」

「何を言っているんですか。貴女が自ら引き寄せた日々ですよ。失われた物は自分で取り返してこそでしょう?」

 む……。なんかそう言われると照れるな。

「まぁ、充実した生活を送っているなら何よりです」

 ポコが酎ハイを飲みつつ言う。

「あのドレスもちゃんと綺麗にしてとってあるみたいだよ。結婚式で着るんだ! とか言い張ってたし」

「相手がいるかはまた別問題ですね。彼女ならば相手を見つけるだけならばすぐ終わりそうですが、自分のパートナーを選ぶとなると、大変そうですね」

 実際、私もそう思う。リリーちゃんとちゃんとうまく行く相手であって欲しいと、部屋に置いてある、いつも仕事場につけていく黒いシュシュを見ながら私は思うわけで。

 ポコと適当に談笑をしつつ、そういえば、と切り出す。

「ポコ、以前少しだけ話していた、ハルナとの出会いの話、教えてよ」

「そうですね。せっかく貴女とはここまで語り合う仲になった訳です。私とハルナの出遭いの物語を、語りましょう」

 そう、あれはいつのことだでしょうか、とポコが身の上話を語り始める。ポコとハルナの、はじまりの物語を。

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