第9話

 ポコがリリーちゃんの救出に向かった。私にできることは彼を信じつつ、目の前のプロトタイプリリーと教授を始末することだった。しかし私はポコを見送っている場合ではなかった。プロトタイプリリーの鞭に足が縛り付けられているのだ。この鞭を取らないと教授の攻撃すら避けられない。それはまずい。ハルナは少し遠くにいる。あそこで鎌を投げたのだろう。先ほどポコの緊急同調を防ごうとしていた教授はリリーちゃんが入った装置の近くまで来ていた。ハルナがフリーだが、それはすなわち私の近くに教授もプロトタイプリリーもいるというわけで。プロトタイプリリーが鞭を解くタイミングで教授がこちらに薬を投げてくる。避けられるわけもなく被弾する。しかしそこ薬は先ほど私に投げてきた薬とは違った。酸性の毒薬ではなく、スライム状の粘液だった。立てない。手足が全くと言っていいほど動かない。

「ニア!」

 ハルナが十メートルくらい離れたところでこちらに声をかける。

「待ってろ。それはただの粘液だ。凍らせれば取れるはずだ」

 そういいつつ彼女が何かを唱えている。魔法で凍らせてくれるのかもしれない。しかしこの魔法、傷を回復してくれたときから感じていたが、だいたい十秒くらい発動にかかる。そして今はその十秒が致命的だった。

「その首、刈り取ってあげましょう! ニア! ここで終わりだ!」

豪快に突き刺さった鎌を抜き、教授がこちらに乱暴に投げつけてくる。なんとか魔法は発動し、粘液は凍りつき、動けるようになった。しかし今から立ち上がって鎌を避けられそうにない。

「間に合わないか。くそっ」

 ハルナはこちらに弾丸の如く飛び込み、私を吹き飛ばす。手足に凍った粘液がこびりついていた私はそのまま少し滑る。豪快な切断音と共に私のお腹に飛び込んできたのはハルナの右腕だった。

「ひっ」

 人の切断された腕を生で見るのは流石に初めてだ。頭がくらっとする。

「ニア! そいつは投げ捨てておけ! あたしなら無事だ!」

 ハルナが先ほどまで私がいたところで叫ぶ。痛みに顔をしかめていたが、それでもハルナは立ち上がれるようだ。足についた氷を取り、ハルナの元に駆け寄る。

「ごめん、ハルナ、私のせいで」

「早くあいつを倒すぞ。それからあたしの腕は治せばいい。治るから心配するな」

 それに、無くしたのは右腕だ。ならまだなんとかなる、とハルナはいう。心配するなと言われても、腕の切断に見慣れない私にとってはショッキングな絵面だった。

「ニアは殺り損なったようですが、そこの死神の機動力は大きく損なったはずです。機動力がない貴女に脅威はない。先ほどニアを庇っていた貴女を見て確信しました。さぁこちらの方が優勢ですね」

「その言葉、あたしの本気を見てから言うんだな」

 腕をなくしても余裕のハルナだ。その余裕はどこから湧いてくるのだろうか。

 しかし彼女の言葉は本物だったようだ。ハルナの足元にドス黒い渦が巻き始め、そして黒い旋風に変わる。旋風は黒い羽を巻き上げつつ、ハルナを包む。そしてその渦はスカートの裏に隠れているだろう短剣に、ポコがその名は魂喰だと言っていた短剣に、集まる。教授もプロトタイプリリーもその異常性に何かを感じたのか粘液の壁を作ったようだ。

「砕け散れ!」

 ハルナが居合の構えから短剣を抜く。その時に発せられた衝撃波の強さは螺旋階段で見せたそれの比ではなく、とても大きく、強く、空間を引き裂いた。衝撃波は粘液を余裕で貫き、教授とプロトタイプリリーに襲いかかる。

「行くぞニア! 教授の頭に一発かましてこい!」

 ハルナが叫ぶ。先ほどと違って、ハルナに反動はほとんどないようだった。そして、短剣が短くなることもなく、大きな美しい刀の形を保っている。ハルナはそのまま動けないプロトタイプリリーに斬りかかる。私もぼんやりしてられない。

「これで終わりだ、教授!」

 絶叫しつつ私は教授の頭にフルスイングをぶちかます。教授は壁まで吹き飛び、そのまま動かなくなった。

 ハルナの方もプロトタイプリリーを粉々に切り刻んだようで、私が見た頃にはプロトタイプリリーの残骸と刀を片手で構えたハルナしかいなかった。そのままハルナは教授が死亡したことを確認すると、刀をしまい、右腕を修復する。ほらな、と何事もなかったかのように動かすハルナだが、常識人枠の私からすると正直気味が悪かった。

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