第5話

 ついに階段を登りきった。階段の先には一つの扉があった。この扉の先に何かがいるのだろうか。それともまだ何かが続いているのだろうか。

 残念ながら答えは後者だったようだ。扉の先は仕立屋の裏方のような、何かだった。なんだこれ。

「このタイミングで服屋か。全くもって意味がわからんな」

ごもっともすぎる。こんな高いところ、かつ、厳重な建物に仕立屋か。しかも街角にありそうな小さい仕立屋のような構造になっている。

 仕方がないので探索をする。裏方には本当に服しかなかった。表に回る。接客用の机があり、それを堺に客側と店側が分かれているようだ。店側には布の入っているタンスとミシン、客側は無駄にスペースがあったが、特に何もなく、外に出るための扉には鍵がかかっていた。その時ポコが何かを見つけたようでこちらに声をかけてくる。

「見てくださいこの人形。すごい美しいとは思いませんか。何故服を着せてもらえていないのかはわかりませんが」

「ふむ。たしかにあたしに匹敵するレベルかもしれんな」

 なにこの女子高生怖い。それよりもだ。

「その人形、私の知り合いにそっくりなんだよね。趣味が悪い」

 服を着てないのが尚更だった。

「ふむ。なら私がこの人形に合うように服を作りましょうか」

 ポコが名乗り出る。この烏、あろうことが裁縫ができるのか。

「えぇ、ハルナに出会う前から人間のやることには興味があったのでね。このハットも先日あった男性の帽子を真似て自分で作ったのです」

 妙に誇らしげに言う目の前の烏。

「あぁ、頼むよ。ポコ。その人形以外この部屋にはもう探索する場所がないんだ。もしかしたらそれが鍵かもしれないしな」

 ハルナも続く。まわりの監視をするからニアはポコのことを頼むというとハルナは少し離れて周りの監視を始めた。私もポコの近くに寄る。

 この烏、羽と足で器用に編んでやがる。しかもたまに自分の羽を使いつつだ。せっせこせっせこ服を作る烏を見てるとなんだか微笑ましくなってきた。

 しかし暇は暇だ。本人のイメージと服の形が一致し始めて余裕がではじめた頃、ポコに声をかける。

「ねぇ、ポコとやら。君、ハルナと結構長い付き合いなの?」

「えぇ、貴女が想像している以上に長い付き合いですよ。おそらく三百年とかそこらの付き合いです」

「流石に三桁いってるとは思わなかった」

「まぁそれが正しいリアクションだと思います。普通に生きている動物だと数百年生きる動物がすでに珍しいですからね。私もハルナの眷属になって長いですが、彼女に出会うまではこのような生活は想像もできませんでした」

「彼女に会うまで、ってことは元は普通の烏だったのか」

「えぇ。私は元々普通、ではありませんでしたが、一応普通の烏でした。普通ではない、とは、興味関心が普通ではなかった、ということですね。昔からひとに興味があったんですよ。だからせっせとゴミを漁っては辞書を探しては言葉を覚えて、人の行動を調べて、人の言葉を覚えて。そんなことをしていたんです」

「それだけ聞いてると本当にただの変人ね」

「その通り。しかしそれのおかげで私の群れはある問題を切り抜けた。その途中で私は命を落としましたがね」

「ん? てことはハルナと出会ったのは死後?」

「正確には死亡直前ですね。せっかく死ぬのだから、この女にかけてみようかと思ったのです。妙なことを言っているが、死ぬなら変わらないと、ね。その結果、このように人の言葉を話せるようになりました。感謝するべきなのかもしれませんね」

「君、意外と思い過去があるのな。今度聞かせてよ」

「今度の機会があれば、ですけどね」

 たしかに、また会える保証もないし、ね。

 その時ハルナが小走りでこちらにやってくる。

「ニア、かまえろ。裏方と入り口の二箇所で謎の機械が現れ起動を始めた。ポコの服作りの進行に合わせて出てきたからおそらく服が鍵だったのは間違いない。しかし機械に殺されては意味がない。ポコをかばうように机を二人で守るぞ」

 彼女の説明を受け、立ち上がり金属バットをかまえる。たしかに入り口にガトリング銃のような謎の装置が発生している。私は入り口側に構え、ハルナは裏方側にかまえる。ガトリング銃の銃口が回り始める。おそらく何かしらが発射されるのだろう。先のハルナのように金属バットを振り回して出てくる弾を跳ね返す準備をする。跳ね返しやすいものが射出するされるといいのだが。ハルナはベースを構えていたが、ふと思い出したように鎌に変える。

 ガトリング銃の銃口から出てきたのは大量の裁断鋏だった。予期せぬ凶器だが、それでも銃弾よりマシだろう。幾分か対象が大きい。金属バットで撃ち墜とし始める。

 しばらく撃ち墜としてそろそろ終わるかと、その時、油断した。撃ち漏らした裁断鋏がパーカーの両腕と両脇下に刺さった。そのままパーカーごと私が中央の台に磔られてしまう。

「しまった」

 動けない。腕が動かせない。鋏が抜けない。ガトリング銃は再び鋏を撃ち出す準備を始める。

「ちっ。ポコ、すまないが後は頼む」

 ハルナが叫ぶ。鎌を投げるような音がした後、台を飛び越えハルナがこちらに着地する。私の腕を拘束している鋏を引き抜く。その後私とポコを抱え込み、ガトリング銃に背を向ける。

「ちょ、ハルナ」

 思わず呟く。

「一発当たっても、怒るなよ?」

 ニヤッと笑う。違う、そうじゃない。ガトリング銃は無慈悲にも大量の裁断鋏を撃ち始める。一部はハルナに刺さり、一部は台に刺さる。そして、攻撃が終わると、ハルナは倒れこむ。

「ニア、いまです。ガトリング銃を金属バットで壊してください」

 ポコの叫びを聞き我に返る。そして金属バットをフルスイングで投げつける。ガトリング銃は銃口を大きく曲げ、機能を停止した。

「ハルナ! ハルナ!」

 ガトリング銃の機能停止を確認した後、ハルナに駆け寄る。そして肩を揺すって確認する。

「あぁ、一応、生きてるよ。激痛が背中に走ってるけどな」

 背中の鋏を抜きつつ、ハルナは返す。背中の鋏は大きく刺さっていた割に、抜いても彼女の体から血が出ることはなかった。そういう体なのだろう。抜くと同時に傷口がふさがり、ついでにブレザーも修復される。

「流石に修復に刀に霊力を使いすぎた。すまない。五分でいい。寝かせてくれ」

 そういうと、ハルナは鋏が刺さっていない台を壁に眠りだす。いままで見せたことがないような穏やかな寝顔だった。

「こいつ、こんな顔もできるんだね」

「えぇ。寝てる時にしか見せませんがね」

「寝ると霊力とやらが回復するのか」

「そうですね。彼女の力の源ですからね。霊力は」

「なるほど。しかしなんというか、クールなんだか、お人好しなんだか、わからないねこの人は」

「私もたまにわからなくなります。ただのお人好しだとは思いますよ」

「そうね、この馬鹿は」

 ポコと談笑をしていると、五分後、ハルナが目を覚ました。

「すまない。流石に無茶をした」

「流石に串刺しにされに行くとは思ってもみませんでした。しかしあの場面だとあれが正解ですかね」

 そうなのだろうか。ベースを一瞬だけ構えた理由が気になったので尋ねてみる。

「ベースの曲にバリアを張る曲があるんだ。でもバリアを張った場合、鋏の大きさの関係で弾いた鋏がどこに飛ぶかがわからなかった。壁ならいいがお前やポコに刺さると流石にまずいと思ってな」

 と答えてくれた。全くこのお人好しは。

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