第4話

 中に入ると機械だらけの部屋だった。前にもこんな部屋を見たことがあるなとハルナが呟く。

 私が遅れて入ると勝手に入口のドアが閉まる。そしてカチッと音がする。さらにドアの周りに謎の粘液が集まり、そして固形化した。

 なにこれ。

「流石に私もこのような仕掛けは見たことありませんね。ハルナ、見たことありますか」

「いや、この次元ではないな。この前行ったところではウーズだかスライムだかなんだか忘れたけどそんなやつならいたがな。流石にこんな金属みたいに変形するのは見たことがない。ニアが……。見たことあるとは思えないな。この三人の中では一番常識人だしな」

「褒め言葉のつもり?」

「一応な」

 駄べりつつ三人で制御室の奥に向かう。おそらくそこにある機械たちが制御装置だろう。

 中央に到着したあたりで奥の機械のコアと思われる物が飛び出してくる。着地したかと思うと、コアは大量の粘液を吐き出し、形を作る。触手ができたかと思うとそのまま体が出来て……。蛸になった。

「まったく、いい趣味ですね」

 ポコが呟く。ごもっともなつぶやきだと思う。

「コアです! おそらく頭にあるコアを破壊すればこの機械は止まるはず」

 ポコの声に合わせて金属バットを構える。ハルナはすでに鎌を回して戦闘態勢に入っている。

「とりあえずあたしが様子見で突撃する。支援を頼む」

 棍の如く鎌を振り回しつつ、弾丸の如く突撃する。触手を三本ほど薙ぎ払い、彼女が戻ってくる。彼女が戻ってきた頃には触手が復活していた。

「どうにも厄介そうだな」

 涼しげな顔でハルナが呟く。

「ニア、数十秒でいい。時間を稼いでくれないか」

 何かいい案が浮かんだらしい。首肯し、金属バットを構え直す。ハルナは自分の影に鎌を戻すと、私の影めがけて飛び込んだ。そう、飛び込んだのである。どうやら影に物をしまう能力ではなく、影に本人が入る能力だったようだ。

 さて、ハルナにしばらく時間を稼げと言われた。おそらくこの機械仕掛けの蛸のヘイトを集めるのも私の仕事なのだろう。構えた金属バットと共に一歩前に出る。ハルナを見失った蛸は私の方に向き直す。蛸と正面から対峙する。触手が四本こちらに襲いかかってくる。触手の間と間の絶妙な隙間を見つけそこに飛び込む。前転をし、立ち上がる。残りの触手がこちらにめがけて襲いかかってきたのでフルスイングで薙ぎはらう。攻撃を外して隙だらけの触手の一本をかかと落としで引き千切る。そろそろか。さきに薙ぎはらった四本が復活を始める。後ろに控える三本と同時に襲われると流石に対応できない。向こうもそれがわかっているようだ。全神経を集中して触手の攻撃に備える。一瞬の間が空く。ハルナ、そろそろ触手が来る。流石に持たない……。

 そのとき、蛸の影からハルナが鎌を構えて飛び出す。私の影から蛸の影に入り込み、隙ができるのを待っていたようだ。鎌で脳天を真っ二つにする。コアが露出する。

 この絶好のチャンスを逃すわけにいかない。コアめがけてフルスイングの金属バットを投げ飛ばす。芯はコアを捉え、そのままコアを引きずり出す。止めにハルナがローファーのかかとで踏み潰す。ハルナに声をかける。

「ひとまずは落ち着いたのかな」

「さぁな。ここで復活して第二形態、がお約束だろう。ほらな」

 まったく余計なことは言うもんじゃない。潰されたコアは形を取り戻し、再び粘液を吐き出し始める。

「つぎにコアが露出した時に大ダメージを与えられれば機能停止に追い込めるかもしれません」

「それはあたしが一番苦手な作業だな」

 ハルナとポコが軽口を叩き合う。たしかにここまで見てて、ハルナが一発大ダメージを叩きだす技を一度しか見ていない。あの短剣から出した衝撃波のみだ。しかしあの技は見る限りハルナへの負担が大きそうだ。つまりそう何度は出せないのだろう。

「平たく言うと、お前のバットのフルスイングが一番負担をかけられるはずだ。こちらからも援護する。次のコア露出まで粘るぞ」

 粘液だけにってか。投げ飛ばした金属バットを拾いつつぼやく。

 コアの粘液放出が止まり、形が作られていく。次の形は……。オオカミだろうか。大型のオオカミだ。しかし普通のオオカミとは違い、尻尾が大きく、刃物の形をしている。

「背後からの奇襲は対策済みというわけだ」

 そういうことなのだろう。正攻法で頭にあると思われるコアを叩きださなければならない。

 粘液が完全に形になり、オオカミが歯の音を鳴らす。金属を打ち鳴らす音が響き渡る。鋭利な尻尾を振り回し威嚇体制を整える。こちらも金属バットを構える。オオカミが一直線にこちらへ突撃してくる。ギリギリまで引き寄せて、避けつつフルスイングを顎へかます。が、相手の方が力が強かったらしい。さすがオオカミといったところか。関心をしつつ、壁際まで大きく吹き飛ばされる。ハルナが私の名前を叫ぶのが聞こえる。

「阿呆、無茶しやがって。体格差で不利な相手に無理なクロスカウンターは悪手だ」

 これでも結構鍛えてたからいけると思ったんだけどな……。ハルナが腕の痺れを治療してくれる。ありがとう。

「礼は後だ。立て。次が来るぞ」

 彼女の声に続き立ち上がる。オオカミはこちらまで間合いを詰めてきている。壁際にいる以上これ以上後ろはない。さてどうするか。

「埒があかないな。搦め手が通じないなら殴り合うしかないしな……。ふむ」

 ピンチの割にいたって冷静な彼女である。するとハルナ、何を思ったのか、鎌を握り直し、正面から突撃し始めた。え? 

「なに、こうなったらもうノーガードの殴り合いをするしかないなと」

 そういいつつ、ハルナ凄まじい勢いで鎌を振り回して攻撃している。鎌の軌道が見えないレベルである。迂闊に近づけない。オオカミの方はというと彼女の猛攻に対して口では止められないと判断したようで尻尾の刃を使って弾き続けている。器用なやつだ。つまり今は尻尾に気を取られているということで……。

 私はオオカミの正面に回り込み、顔と対峙する。表情のない顔がこちらを見る。こうなったらノーガードの殴り合いをするしかない、ねぇ。金属バットを握りなおす。そして私もオオカミの顔面めがけて走り出し、その顔面へ我武者羅に殴りかかった。それも何度も何度も。

 オオカミは器用に頭を振り避けているが、体力的な意味と集中力的な意味でたしかに消耗しているらしい。頭に直撃する回数が増えてきた。オオカミの限界が先か、私が先かの勝負だった。

 どうやら限界を先に迎えたのはオオカミの方らしい。ハルナの乱舞が尻尾の根元を捉え、尻尾を切り落としたのが見えた。今がチャンスだろう。金属バットを我武者羅に振り回すのを止め、脳天めがけて振り下ろす。金属バットの芯は脳天を捉え、そのままコアを引きずり出した。

「今だ! 殴りかかれ! 」

 ハルナは掛け声とともに影からベースを取り出し、音楽を奏でる。どこまでの器用なやつだ。その音楽を聴くと体の底から力が湧いてきた。その力に身を任せてフルスイングをコアにかます。

 けたましい轟音とともにコアは壁まで吹き飛ぶ。そのまま壁にめり込み、砕け散った。そして、この部屋の機能は停止した。

 コアの破壊と同時に入り口を塞いでいた金属も剥がれたようだ。外に出られるようになっていた。そのとき、ポコから声がかけられる。

「しかし、先ほどの機械はなんだったのでしょうか。機械というにはあまりに異質でした」

 ハルナが応える。

「あぁ、あたしも見たことがない。コアが形状を記憶して、それに合わせてまわりの粘液が形を作る。ふむ。聞いた記憶すらない」

 かと言って、私が何か知ってるわけでもない。残念ながら彼女たちの方が経験値も知識も上のはずだ。彼女たちが知らないならば私が知る由もない。つまり、上に進んで真相を確かめるしかない、と。

「そういうことになりそうだ。コアが取り込む情報が軟体生物と哺乳類。何が何だかさっぱりだ。ましてや人間なぞが取り込めてしまったら危険なことこの上ないだろう」

 ハルナが続けた。

 制御室を出て、さらに階段を登る。制御装置を破壊したおかげか道中で出会うロボットはすべて機能が停止していた。こちらのロボットはロボットのまま機能を停止しているので先ほど制御室で 出会った謎のゲル状機械ではなさそうだった。

 せっかく暇だったので思い切ってハルナに聞いてみた。

「ねぇハルナ、その服装なんだけど、動きにくくないの?」

「この制服か? 死神になった時以来基本的にこの服装だからな。慣れた」

「慣れるってあんた」

「それに、せっかくこの姿のまま変わらなくなったんだ。永遠に女子高生気分ってのも悪くなかろう? 仕事でスーツに変えることもあるがそれはそれだ。基本的にスカートで動き回ってるからもう慣れたよ」

「ある一件以来ちゃんとスパッツを履くようになりましたけどね」

 肩の上のポコが横から余計な一言を挟む。やっぱり余計だったのか、やかましいわの一言と共にハルナに殴られてた。

「お前はジャージにパーカーと、ちゃんと動きやすそうな服装だな。フードまでかぶってるのはこだわりか?」

 逆にハルナに聞かれる。

「パーカーとフードにはうるさいからね」

「パーカーだと胸の小ささは誤魔化せないけどな」

 この二人は余計な一言を言わないと気が済まない種族か何かなのだろうか。

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