第3話

 扉の先はどうやら服屋のような何かであるようだ。それこそ大手の服屋ではなく……。どちらかというと仕立屋に近いのかもしれない。

 あたりを見回す。ひとまず探索をすることからはじめなければならない。ゲームでのお約束は案外、現実でも役に立つものである。特に今は靴なんていう高尚なものを身につけていない。足元に棘や針が一つあるだけで致命傷なのだ。今まで以上に慎重に探索をする必要がある。

 反時計回りに探索を始めると、最初に目についたのは大きなミシン台だ。ここを登れば上からの景色が見えるので遠くまで見渡せそうではあるが、残念ながら上に登る手段はなさそうだ。上に登るための足場がない。台を支える足はあるが、作業台まで一直線に伸びている。登り棒にするにも今の身長では流石に高さがありすぎる。別のところを探したほうがいいだろう。

 次に目がついたのは大きな収納ケースである。上の方は布がしまってあり、下は引き出しのついた収納ケースとなっている。引き出しを一つずつ開け、上まで登る階段にできないだろうか。試しにお手頃な高さにある一番下の引き出しを引っ張ってみる。しかし自分の力が足りないのか、はたまた先ほど見た数多もの扉と同じなのか、全く開くことはなかった。つまり扉を階段にすることはできない。取手を梯子代わりに上まで登ってみようか。しかしそれはまだ見てない東側を探索してからでも遅くはないだろう。ひとまず探索を再開することにした。

 中央の台は接客用の台だろうか。東側を西側を繋ぐ通路の近くには完成したと思われる服をたくさんかけるハンガーがある。ハンガーと中央の台が近く、中央の台に登れればミシン台と同じ理由で高台からこの部屋全体を見渡せるはずである。しかしハンガーの上に登るためにはポールを登り棒するか、ドレスクライミングをしなければならない。どちらにせよ、収納ケースを登るよりはるかにリスクの高い行動である。あまり得策ではないだろう。中央の台を挟んで東側のエリアへ向かうことにする。

 中央の台を挟んで、東側は仕立屋の入口らしく、こちらは開けた作りになっている。入口の大きなドアはドアノブに手が届くわけもなく開くこともできないが、そもそもガラス張りの扉の向こうは漆黒でなにも見えないのでここから先へ進むことは諦めたほうがよさそうではある。

 さて、と中央の接客用の台を見る。右手に先ほどのハンガー、左手に最初に確認したミシン台、正面の台の向こうに収納ケース、という布陣だ。中央の台にはなぜか大量の裁断鋏が刺さっている。おぞましい光景であることには間違いないのだが、いかんせん、自分の服がなくなったこと以上のトラブルではないし、まだ現実味を帯びているので驚かないというか、いまいちインパクトに欠けるというか。

 しかしこの裁断鋏、よく見ると鋏が開いた状態で刺さっているものが多く、持ち手を足場に上の台まで上がることができそうだ。自分の体重で鋏が曲がってしまわないかとか、落ちてしまわないかとか懸案事項は多々あるが、この体である。案外軽かろう。一番低いところにある鋏に乗り、それを確信をする。相当鋏の上で暴れない限り鋏が曲がることもなければ抜けることもなさそうだ。問題は靴がないので上に上がるまで鋏になるべく足を触れることなく登るべきだという点のみで、おそらく慎重に登れば問題ないだろうと、思う。

 鋏を足場に上へ登る。相当な数が刺さっているので足場選択に困ることもなくすいすいと上へ登ることができている。しかしこの相当な数の鋏がどのような経緯でここに刺さることになったのだろうか。中にはよくわからない布を貫いた状態で刺さっている鋏もあったり、あまり想像したくない液体が付着した鋏もあったり、どう見ても刺さるほどの切れ味を持っていないデザインの鋏が刺さっていたりと十人十色の鋏が刺さっている。人の体が縮むような世界だ。あまり考えても仕方ないのかもしれない。

 もう少しで台の上というところの鋏に足をかけ、体重をかけたところで嫌な音がした。何事かと足元を見るとこの鋏、実はあまり深く刺さっていなかったようで、私が乗ったのを機に抜け始めてしまったようだ。しまった。このままでは鋏が抜けて落ちてしまう。どこかの鋏に着地できるかもしれないが、着地した鋏が勢いに耐えられる保証もない。さっさと最後の鋏に乗り移るのが吉だろう。そう思い、体重をかけ、鋏を飛び出した。つもりだった。

 思ったほど体は宙を飛ばなかった。当初の予定では持ち手あたりに腰が来て、ハンカチを整えつつ上に登り台に手をつける予定だった。しかし持ち手は胸元にあたり、強打した。変な声が出かけたが、なんとか持ち手に捕まることができた。

 何事かと両手で持ち手を持ちつつ後ろを振り返る。先ほどの鋏は轟音を立てつつ下に落ちている。どうやら飛ぶときの力に耐えられなかったようだ。

 なるほど、と納得している場合ではない。この鋏に乗らなければ落ちてしまう。慌てて力を入れて持ち手に足をかける。なんとか持ち手に両足をつけることができ、一息つけた。しばらく座っていて息も落ち着いた頃に立ち上がる。

 しかし今度は後ろに力がかかる。どうやらハンカチが持ち手の間に挟まってしまったらしい。思いの外勢いよく立ち上がったらしく、びりっという音と共にハンカチが宙を舞う。なんとかハンカチをつかむことには成功したが、今度は鋏の上でバランスを崩す。このまま落ちるよりかは裸のまま机の上にダイブしたほうがマシだと判断し、ハンカチを片手に台めがけ飛び出した。

 宙を舞う。情けない姿勢ではあったが、なんとかハンカチと共に台の上に着地することに成功した。ハンカチを巻き直し、一息つく。危なかった。普段身につけている衣類が如何に脱げにくいものなのかを噛み締め台の上の探索を開始することにする。

 ズタボロのハンカチと共に机の上の探索を開始する。せっかく高台に登ったので周りの景色を見てみることにする。高台に登って改めて周りを見回してみるが、ここから周りを見ても下から見た景色と大して変わらないことがわかった。それ以上にきになるのは机の上の方である。

 まず目に入ったのは意味もなく机の上に鎮座する扉だ。どこぞのたぬき型ロボットが出す扉のごとく、どこかと繋ぐわけでもなく扉が立っている。しかも片方にしかドアノブがなく、律儀に一方通行であることがわかりやすくなっている。試しにあけてみたが、扉の先はこの仕立屋とはまた別の世界につながっているようだ。

 次に目に入ったのが机の真ん中に鎮座するドレスだ。烏の羽のデザインがあちこちに施され、その色は烏の濡れ羽色とも言える漆黒のドレスである。それが、目の前のマネキンが着ている。ご丁寧に靴まで烏をモチーフにしたと思われるデザインで、素人の私でも美しいと感じた。ゴシック風のドレスを意識して作られたのだと思う。それでも、素材の色が、烏の濡れ羽色だけあって、とても美しいと思った。

 さて、片や美しいドレス。片やボロ雑巾の私。しかしこのドレスである。流石にこの年の私が着るのは気がひける。かと言って裸足のほぼ全裸の今の服装でこの先のドアをくぐる勇気は私にはない。周りに誰もいないのをいいことに、私はこのドレスをいただくことにした。

 不思議なことに、このドレスは私の体にぴったりであった。律儀についていた下着や靴も込みで私にぴったりだったのだ。胸元まで違和感がないので少々薄気味悪かったが、ボロ雑巾しかなかった私にはとてもありがたいものである。目の前に立てかけてある鏡に全身を写す。どこかの国のお姫様か何かかと勘違いしそうな風貌に仕上がったが、顔が私なのを確認して少しゲンナリした。顔以外を見て一人満足することにしよう。

 さて、満足も済んだところで探索を再開することに。とは言っても机の上は扉とドレス以外特にめぼしいものはなく、残すは扉の先へ進むことのみとなった。

 この扉である。私が服を失った例の廊下の中にも似たような扉があったような気もする。ダークオークの扉だ。ドアノブをねじり、勢いよく開く。そして扉の先へ進む。

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