ボクは黒ずくめの闇に呑まれる――1




 幸い――というか何というか――暴漢どもの動きは、お世辞にも連携が取れているとは言えなかった。


 単に徒党を組んでいるだけだ。


 専門の戦闘訓練を受けた精鋭部隊というわけではないらしい。そんなスパイ小説モドキな本格バトルアクションだとしたら、ボクの命なんていくつあっても足りやしないよ。助かった。


 ナミダ先生もそれは承知の上だったらしく、この数に囲まれても落ち着き払った冷笑を顔面に貼り付かせている。


「ま、多勢に無勢の僕が、唯一付け入る隙があるとすれば――」


 殴りかかって来た一番槍をステッキで払いのけ、すれ違いざまに相手の腰を打ち据えて横薙ぎに倒した。


 杖術じょうじゅつ、炸裂だ。


 横から力を加えられた暴漢はぐるんと天地を引っくり返り、そばに居たもう一人の暴漢も巻き込んだ。どちらも路上にしこたま頭を打ち付けて動かなくなる。


「――君たちが明らかに烏合の衆で、僕には護身術の心得があるっていう点かな、あるある。君たち、受け身もろくに取れないようだね」


「なめるなぁっ!」


 まだまだ暴漢どもはたくさん居る。


 ざっと見積もっても十名を下回らない。こんな数の暴力、普通ならナミダ先生が集団リンチに遭っちゃうんだろうけど、ステッキで敵陣を牽制する勇姿は凛々しく、とても負ける気がしなかった。


 背後から飛びかかる暴漢の喉笛に、ステッキの尖端を打突して黙らせる。


 うわぁ、あれは痛そうだ……。


 その一撃で暴漢は泡を吹いて昏倒した。その体を踏み越えて、新たな暴漢が掴みかかろうとする。


 ナミダ先生はくるりとステッキを手先で反転させると、暴漢の脇下へステッキを滑り込ませ、てこの原理で軽々と持ち上げた。暴漢が接近する勢いを利用して、ステッキで浮き上がらせたんだ。


 あとはステッキを振り下ろし、路面へ叩き落とせば処理完了。


 あおむけに倒れた暴漢のみぞおちをステッキで突き、呼吸困難で気絶させる。


 うわ、しっかりトドメ刺すのも怠らない入念っぷりだ。


(ナミダ先生、本気で強いぞ)


 瞬く間に暴漢の戦力を削いで行く辣腕は、奴らをたじろがせるには充分すぎた。


 ナミダ先生は敵の足が止まったのを見届けるや、フンと鼻で笑ってみせる。


「どうしたんだい? もうおしまいかな。あるある、人海戦術に頼り過ぎて、一人一人の練度がおざなりな編成、よくある」


「き、貴様、言わせておけば――うぎゃあ!」


 反駁した暴漢が間合いを詰めた瞬間、踏み出した奴の右足をすかさずナミダ先生がステッキでつまずかせた。


 あわれ暴漢は、顔面から突っ伏してしまう。


 思いきり鼻っ柱をアスファルトに打ち付けたそいつは、覆面を鼻血で赤黒く染めながら立ち上がろうとしたけど、間髪入れずナミダ先生の追い打ち――義足で顔面を踏み付ける――によって呆気なく白目を剥いた。


 容赦ないな、ナミダ先生。


 まぁ正当防衛だろうから問題ないと思うけど……この人数差だし。


「君たちのボスに伝えてくれないかい? 僕を闇討ちしても意味ないって。僕も人に恨まれる覚えはない……と言いたいけど、こうも立て続けに生活の邪魔をされると、さすがに傷付くなぁ」


 な、何度もこんな目に遭っているのか……。


 ナミダ先生、修羅場多すぎだろ。


 どんな人生を歩んだら、こんな状況にしょっちゅう出くわすんだ? ボクにはそっちの方が不思議だよ。世紀末のスラム街じゃあるまいし。


「大方、僕の本業である大学の対立派閥が、僕を失脚させたがってるんだろうけどね。准教授の推薦でさらに拍車がかかったかな? 権力争いの果てに暴力で脅すなんて、ありがちな悪党だ。呆れて物が言えないよ」


 いや、めちゃくちゃ言っていますよ。喋りまくりじゃないですか。


 ナミダ先生は訳知り顔で、暴漢どもに警告した。どうやらナミダ先生には、こいつらの黒幕がおぼろげながら見えているようだ。


 彼は、ボクら凡人には及びも付かない敵の思惑が、心の動きが、読めるんだ。


 全てを見透かす慧眼。


 いや、分析力?


 心理分析――精神の伝心?


「くそっ……撤収だ!」


 暴漢どもは、周辺に倒れ伏す同胞を肩で担いだり抱き上げたりして、校門前から逃げ出した。


 見れば、向こうの車道にワゴン車が二台停められていて、そこに負傷者を運び込むなり急発進する。


(あれに乗って来たのか)


 今さらながらボクは合点が行った。


 そりゃそうだ。普通、あんな黒ずくめの覆面で、公道を歩けるわけがない。


 かくして再び静けさを取り戻した校門前は、夜の帳が降りたおかげもあて、人っ子一人見当たらなくなった。


 空は暗雲に覆われており、月明かりすら存在しない。


 目撃者なし、か。


 連中もそれを見計らっていたんだろう。


「やれやれ、逃げられちゃったね。ありがちな顛末だ、あるある」


「いや、わざと見逃しましたよね、先生?」


 くるくるとステッキをもてあそぶナミダ先生に、ボクは反論せざるを得ない。


 いや、これもまた、ボクがツッコミを入れやすいようわざと発言したんだろう。会話のきっかけを生むために。


 全く、この先生は抜け目ないね。何気ない言動ですら、人を心理操作するすべに長けているんだ。


「これに懲りて、連中も僕にちょっかいかけなくなれば良いんだけど……ちなみに今の荒事、防犯カメラには映らないようにしておいたよ」


「えっ、先生も!?」


 ナミダ先生がステッキで指し示した先には、防犯カメラが街灯を照り返していた。


 敵がカメラを避けているのは察したけど、ナミダ先生まで?


 いくら敵が素人集団だとしても、そこまで配慮する必要があるんだろうか?


 むしろ映り込んだ方が、いざというときの証拠にもなるのに――。


「僕が揉め事を抱えてると知られたら、せっかくのスクール・カウンセラーが解雇される恐れもあるからね。うん、ありそうだ」


「そ、そんなこと――」


「あるんだよ。公的機関は特に、そう言った不祥事にはうるさいからね。ルイの勧めで始めた仕事を反故にしたくないし、君という逸材も失いたくない」


「は? ボク?」


 やにわ買いかぶられて、ボクはドギマギしてしまった。




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