ボクは点と点を線で結ぶ――2




「なっ……」


 誰もがまぶたをしばたたかせた。


 交換殺人?


 ボクだけが言葉の意味を知らず、ほけらっと口を開けたまま途方に暮れてしまう。


 泪先生がボクの後ろに立って、そっと耳元で説明してくれる。あ、吐息が耳にかかってくすぐったいっ。気持ちいいっ。


「交換殺人っていうのは~、殺意を持つ二人の加害者が、互いの標的を交換して犯行に及ぶことよ。推理小説とかによくあるトリックよね」


「標的を、交換?」


 ボクはゾッとした。


 そうか、そんなことをしたら――。 ナミダ先生が沈着に言い放つ。


「標的を入れ替えれば、動機がないので疑われません。また、本来の標的から遠く離れた場所に居られるので、アリバイも成立するメリットがあるんです、あるある」


 そうか! どうせ人を殺すなら、足が付かないよう赤の他人を殺した方が良い。


 代わりに別の人が、本来の標的を殺してくれるから、目的も達成できる。


「滝村先生を亡き者にして、僕のせいにしようとしたんですよね、清田さん? しかしあなたはオレステス・コンプレックスで良心の呵責にさいなまれてました。渦海教授に従わなければならないが、滝村先生を殺すのも気が引ける……そこで、霜原さんにんです。よくある、よくある」


「じ、冗談じゃないですよ!」


 猛然と突っかかる清田だったけど、浜里警部に手で遮られた。


 この刑事さん、完全にナミダ先生のボディガードみたいな振る舞いだな。


 ノッポの霜原も渋面をかたどった。


「……滝村先生を殺して何の得があるというんだ……?」


「霜原さんには『滝村先生を殺す動機がない』ので疑われずに済みます。事実、あなたは滝村先生を自殺の線で結論付けようとしましたよね?」


「……それはたまたま……」


「いいえ、霜原さん。あなたはそれを実行する対価として、清田さんへ条件を出したんでしょう――『汐田教授を殺して欲しい』と」


 汐田教授をっ?


 一同が生唾を飲み込む中、ナミダ先生は切々と語る。


「霜原さんは、僕の恩師である汐田教授を恨んでました。交換条件として、父殺しを清田さんに依頼したんです。だから清田さんは、僕の学部まで偵察に来たんです」


「待ちたまえよ、刺されたのはポスドクだ。汐田教授じゃないぞ!」


 当の清田が指摘した。


 自らの潔白を示そうと必死なことだ。確かに、被害に遭ったのは心理学部のポスドクであって、汐田教授本人ではなかった。


「あなたは間違えたんですよ」指差すナミダ先生。「汐田教授はピンク色の目立つ傘をさしますが、今日は突然の豪雨で、ポスドクがんです」


 そうか!


 あのときナミダ先生が電話で話していたのを、ボクも傍受したから判る。


「ピンク色の派手な傘=汐田教授……そう早合点した清田さんは、人相もろくに確認せずポスドクを襲ったんです。土砂降りで視界が悪く、人物の見分けも付きませんしね。現場から早く立ち去りたいという犯罪心理もあいまって、標的の正誤など確認せず凶行に及んだんでしょう?」


 そうだったのか……。


 じゃあ「ポスドクが刺された」とナミダ先生が報告したとき、清田もたまげていた理由は「教授を刺したはずなのに人違いだった」と気付いたからだったのか。


(誤認で大怪我したポスドクさんが可哀相だな……)


 ボクは奇妙な同情を覚えてしまった。


「馬鹿も休み休み言いたまえよ!」


 清田がヒラメ顔を最大限に醜くひしゃげさせた。


 醜悪な強面こわもてだ。化けの皮が剥がれたとはこのことを言うんだろうね。その態度が、図星を指されて慌てているようにしか映らない。


「えー、話をまとめると」頭を掻く浜里警部。「そこの清田さん……でしたっけ? あなたは大学教授の命令で、滝村さんを自殺に偽装して湯島さんを失脚させようとしたが、大雨のせいで大学に居た。一方、霜原さんは湯島さんの恩師を恨んでいたが、高校に居た。――ならば、互いの標的を交換すれば、疑われずに目的を果たせると踏んだ!」


 しかし誤算だったのは、傘だった。


 清田はピンク色の傘が汐田教授だと聞きかじり、それを頼りに襲撃したつもりが、実は傘を借りただけのポスドクだったわけだ。


 おまけに致命傷には至っておらず、ポスドクは病院で治療を受けている。


「急ごしらえの交換殺人ですから、うまく行くはずがないんですよ、ないない」


 憐れむようにナミダ先生がのたまった。


 押し黙る霜原とは裏腹に、清田がさらに口角泡飛ばす。


「ふざけないでもらいたいね! 証拠がないじゃないか!」


「傘を借りたポスドクを狙ったことが、何よりの状況証拠にはなりませんか?」


「なってたまるか! あんなの単なる通り魔事件だろう! 自分には関係ないぞ――」


「……黙れ間抜け……」


 ノッポの霜原が愚痴をこぼした。


 長身を活かして清田を見下ろしている。何だ、仲間割れか?


「……貴様……汐田と間違えて赤の他人を刺した挙句、その人は一命を取り留めたそうじゃないか……どのみち汐田を刺しても殺しきれなかったということだ……!」


「おい霜原、何を喋っているんだ、静かにしろ――」


「……こっちは通り、滝村先生を自殺に偽装したんだぞ……! なのに貴様はしくじった……! これでは交換条件が成り立たないだろうが……!」


「馬鹿野郎! ここで喋るな――」


「今の話、署で聞かせてもらえますかね?」


 浜里警部が、清田と霜原の背中を後押しした。


 身から出た錆だね。証拠は出来た。


 霜原からの自供だ。


 その後、ポスドクを刺した凶器の出どころを辿って、清田の犯行だと再証明された。




   *




「ようこそ刑事さん。ワタシが精神医学部のうずです。はい、どうやらワタシの助手である清田が、犯罪をしでかしたそうですね。しかもワタシの命令でやったとか世迷言をぬかしているとのこと。大いなる誤解ですよ。ワタシは単に、うちの研究室からスクール・アドバイザーを派遣しただけです。殺人なんて命令するわけないでしょう? 全てですよ。清田は懲戒処分にしますので、煮るなり焼くなりお好きな罰を与えて下さい。はい、ではそういうことで。ご機嫌よう……ふう、やれやれ……」




   *




――第四幕へ続く






・使用したよくあるトリック/交換殺人


・心理学用語/燃え尽き症候群、カメリア・コンプレックス、オレステス・コンプレックス




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