結
ボクは最後の真実を暴く――1
真実を知らない限り、ボクの悩みが解決することはない、とカウンセラーは告げた。
真実を求めることでのみ、ボクの心は晴れるのだと、カウンセラーは述べた。
ならば、それを実践するまでだ。
ボクを導いてくれた、彼ならではの荒療治を。
「おい沁、こんな所で何する気だ?」
重治は、屋上のビル風に煽られる髪を手で撫で付けたり、バサバサとはためく制服のすそを押さえたりしている。
かく言うボクもまた、同じように翻る制服のすそを押さえるのに躍起だった。この荒れた天気は、今のボクらを象徴しているかのようだ。
見た目は綺麗な黄昏なのに、とにかく風が煽り立てる。
胸騒ぎ。
心の不安。
ざわめき。
どよめき。
動揺。
ない交ぜにされたグチャグチャな感情の渦が、ボクらをなぶる。逆撫でする。
見栄えだけ整えても、それは所詮、臭いものに
その内実を、ボクは暴く――。
「重治が洸ちゃんを殺したのか?」
――ボクは単刀直入に質問した。
そう、これは質問だ。
決して追求でも糾弾でもない、単なる問いかけだった。
とにかく真実を聞きたかったから。決して重治を
ボクは重治を慕っている。敵視はしない。責める気もないし、仮に彼が自分の罪を認めたとしても、警察に行くかどうかは重治次第だ。
「ははっ。沁、何寝言ほざいてんだよ」
一笑に付された。
ちょっといつもと違う、引きつった表情だったけど、重治は一笑に付した。
こめかみに青筋が浮かんでいたけれど――。
「本当に違うと言い切れるのかい?」
ボクはさらに詰問する。
重治、もっと普段通りの笑顔を見せなきゃ安心できないよ。
そりゃあ君だって、あの晩のことを思い出すのは酷かも知れないけどさ。洸ちゃんの素姓や死亡があって、君自身も辛かったに違いない。
ただ。
だからこそ。
君がそんな、後ろめたさをごまかすような薄ら笑いを
隠し事をしているようにしか見えないじゃないか。
ボクと重治が何年付き合っていると思っているんだ? 君の心情や仕草、癖、態度、物腰、一挙手一投足がありのまま、君の感情をボクに伝えて来るんだよ。
ボクの心に、
「違うに決まってんだろ沁。なんで俺を疑ってんだよ。何度も聞くな、しつこいぞ?」
重治はちょっと苛立たしげに、ボクを睨み返した。
ああ……。
ボクは小さくかぶりを横に振る。
(これは駄目だ)
それは重治が嘘をついて虚勢を張るときの身振りじゃないか。
威勢の良い性格を利用して声を荒げ、眼光をたぎらせて威嚇する。そうやって相手の言論を封じ込める。
君の悪い癖だよ。
確定――か。
「重治。あの晩の出来事は、些細な事故だったとボクは思うよ。警察も一顧だにせず、事故として処理したからね。世間的には何でもない些事なんだろう……けど」
「ならそれでいいじゃねぇか、掘り起こすなよ」
「けど、ボクたちや洸ちゃんのご両親にとっては、人生を変える一大事だった。それでいい、なんて到底言えないよ。今のは重治の台詞とは思えない。ボクの知っている幼馴染の台詞じゃない。何かを隠している、言い逃れの台詞だ」
「何だとこの――」
「だからボクはこの一ヶ月、ずっと心を痛めたし、心理相談もして来たんだ」
「心……理? よく判んねぇな、何が言いてぇんだよ沁」
いよいよ重治が不快感をあらわにした。
違う違う違う。
怒らないでくれよ重治。
図星を指されて逆上する君ではなく、事実無根だと明朗にいさめる君が見たいのに。
風が一段と強さを増した。
ボクの肩まで伸びた髪の毛が乱れる。
制服のすそが翻る。
もう手で押さえるのも面倒臭かった。
一歩ずつ、ボクは重治に歩み寄って行く。話を終わらせるために。
「重治は翌朝、指先に血の跡が付いていたよね? あれは洸ちゃんを窓から突き落とした際に、洸ちゃんの皮膚を引っ掻いたんじゃないか?」
「何ぃ?」
「恐らく君の爪には、洸ちゃんの皮膚片もこびり付いただろうね。ボクに指摘されてすぐ洗い落としてしまったから、今となっては確認しようもないけど」
「ハッ。誰の入れ知恵なんだか」肩をすくめる重治。「あれは夜中に俺がドアへ指先を挟んで出た血だって説明しただろうが! 朝になるまで気付かなかったんだよ!」
「君の指に、挟んだ傷跡はなかった気がするけど」
「お前が見逃してただけだろ!」
「おかしいよ。重治は夜中、ぐっすり熟睡していたんだよね?」
「!」
「熟睡しつつドアに指を挟んだのかい? 不思議な寝相だな」
「それは……っ」
重治の
痛い所を突かれて罰が悪いときの顔をしている。
「重治の証言には矛盾があるんだよ。つまり、君の証言は嘘なんだ。ドアに指を挟んだのも嘘、夜中ずっと熟睡していたのも嘘。自分の罪をごまかすために取り繕ったら、こんな些末な矛盾点があぶり出されてしまった」
「そ、そんなもん言葉の綾だろ! 熟睡してたっつっても、トイレに起きるくれぇはするだろうが! そんときは窓の外にゃ気配なんてなかったし、事故死だって知る由もなかっただけで――」
「何とでも言えるよね。証拠はほとんどないんだから。でも、君の指先と、洸ちゃんの死体の引っ掻き傷を照らし合わせたらどうだろう?」
「は?」
「警察に行けば、洸ちゃんの死体写真が残されているはずだよ。死体そのものはもう火葬に出されてしまったけど、画像ならまだ保存されているだろう。重治の爪が、洸ちゃんの死体写真にある傷跡の一つと合致すれば、それが動かぬ証拠になるよね」
「おいおい。警察に出頭しろって言うのかよ? いよいよ笑えねぇ冗談になって来たぞ」
重治の目が据わっている。
ああ、ますます駄目だ。
重治、それは的を射ていたときの反応じゃないか。
君はどんなに侮辱されても、それが虚実なら歯牙にもかけない大物だっただろう?
真に受けて怒り出すのは、事実を言い当てられた対応なんだよ……。
「沁、誰の差し金だ? 誰にそそのかされた?」
「差し金だなんて、とんでもない。さっき言った通り、ボクはスクール・カウンセラーに相談しただけだよ」
「カウンセラーだと? ふざけやがって、何吹きこまれたか知らねぇが、俺たちの長年の絆よりも、仕事で耳を貸すだけの大人を信用するのかよ!」
「残念だけど、長年の絆があるからこそ、重治の態度が嘘だと判るんだよ、皮肉にもね」
「…………!」
重治は何も言わなくなった。その代わり、今までボクに向けたことのない、鬼のような形相でこっちを見ている。
「翌朝、窓から転落死した洸ちゃんが発見されたけど、あの子は普段から体中を手で掻く癖があったから、重治の引っ掻き傷もその一つだと思われて、ろくに調べられず事故死だと断定された、というあらましだ」
「ざっけんなよ沁。お前まで俺を裏切るのかよ」
「裏切る? 違う、そうじゃない。ボクは真実を知りたいだけだ。ボクは自分の心さえ安定すれば満足なんだよ」
「黙れよ畜生。俺がどれだけ、お前らに目ぇかけてたと思ってんだ? どいつもこいつも俺の興を削ぎやがって。人をたばかって
「待ちなよ重治。洸ちゃんは決して欺こうとなんか――」
「欺いてただろうが! 実は男でしたぁ? ふざけんなっつーの! あいつの外見は俺好みな妹キャラだったんだよ! だから優しく接してやったんだよ! 幼馴染三人で両手に花、それが俺のステータスだったんだよ!」
両手に……?
「そうか、重治……そんな目で、君は見ていたのか。それが君の
強風が吹き抜けた。
制服のすそがはためく。
友情じゃなかった。
絆じゃなかった。
最初から、重治は『異性像』として見ていたんだ。
「俺は、沁のことも好きだったぜ? 洸はオカマ野郎だったが、沁は違うもんな」
「…………」
ボクの制服のすそが翻る。
――
「沁はボーイッシュだけど、れっきとした『女』だもんな?」
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