ボクはカウンセラーに魅入られる――2
「ええっ……?」
ボクは、開いた口が塞がらなかった。
言うに事欠いて、とんでもない暴言だ。
人をからかうのも大概にして欲しい。警察が事故死と断定したものを、非常勤カウンセラーごときが偉そうに引っくり返して良いのか?
何より、重治に失礼じゃないか。人殺し呼ばわりなんて。
カウンセラーは悪びれず淡々と言い放つ。
「事故の可能性が高いから、警察も面倒臭がって深入りしなかったんだろう。あるある」
「そんな、失礼ですよ!」
「現実の警察なんて、そんなものだよ。警察は多忙だ。大きなヤマでもない限り、手短に済ませるのさ……僕も警察に知り合いが居るけれど、強行犯の捜査主任はそそっかしいし手抜きだし、話にならないね。あと、本庁勤めのキャリア組も居るけど、あっちも詰めが甘くて官僚としての出世コースが望み薄で苦労してると聞いたよ」
「いや、あなたの知人とかどうでも良いんですけど」
「とにかく、僕の考えはこうだ……と言ってもこれは僕の推測でしかないし、証拠も何もない個人の邪推だと前置きしておくよ」
「大言壮語した割に、急に予防線を敷くんですね」
「洸ちゃんは客間の窓から身を乗り出し、隣家の窓を叩いた……就寝中の重治くんを起こして窓を開けてもらうためにね」
「でも重治は寝ていて気付かなかったと――」
「いや、彼は起きたのさ」
「えぇ?」
「物音に気付いて、窓を開けたんだよ。そしたら、洸ちゃんが窓を飛び移ろうとして来たわけさ。重治くんはびっくりしただろうね」
そりゃ驚くだろう。
会いたくないと拒絶して自宅へとんぼ返りしたのに、その元凶である洸ちゃんが窓越しに肉迫しようとしたんだから。
「重治くんは、洸ちゃんが男だと知って顔も見たくなかった。しばらく洸ちゃんを忘れたかったはずだし、忌み嫌ったはずだ。そんな洸ちゃんが、窓から身を乗り出して来た……彼にとっては恐怖だね」
「重治は、洸ちゃんに抵抗した?」
「洸ちゃんを追い返したはずさ。窓に迫る洸ちゃんを払いのけ、押し戻し、突き飛ばしたりもしただろう――」
「! じゃあ、そのとき重治が、洸ちゃんを突き落とした……?」
「ご名答。それしかないよね。仮に事故ならば、いくら洸ちゃんが焦ってたからって、窓も開いてないのに重心を崩すほど身を乗り出すはずがない。重治くんは夜中に目を覚まして、窓を開けて、洸ちゃんと対峙したんだよ。そこで揉み合いになって、転落させた」
「証拠もないのに、よく断言できますね!」
「状況証拠なら、一つだけあるよ。あるある」
「あるんですか?」
「重治くんは翌朝、指先に血の跡が付着してたらしいね」
「それが何か?」
「洸ちゃんと揉み合った際、洸ちゃんの肌を引っ掻いたんじゃないかな」
「引っ掻き傷ってことですか? じゃああれは、重治自身の血ではなく、洸ちゃんの返り血だった?」
「しかし運悪く、洸ちゃん自身も体を手で掻きむしる癖があった。ゆえに、重治くんが引っ掻いた傷もその一つだと勘違いされ、見過ごされた。木を隠すなら森、これもまたトリックでよくあるパターンだね。あるある」
確かに洸ちゃんは、引っ越しのストレスで体がムズムズして、爪を立てていた。
そのせいで、重治が付けた引っ掻き傷が埋もれてしまった?
そうでなければ、被害者の死体に刻まれた傷を警察が無視するはずがない。
「じゃあ今からもう一度、重治の指先と死体の傷跡を一つ一つ照合すれば――」
「それは僕の仕事じゃない。僕は一介のカウンセラーであり、本職は大学の講師だ」
「警察に今の説、話さないんですかっ?」
「所詮、僕の想像だからね。スクール・カウンセラーを引き受けたのも、本業で准教授に昇格するまでの下積みになると思っただけだし」
あからさまにぶっちゃけ過ぎだろ、このカウンセラー。
ここまで話しておいて、自分の胸の内にとどめておけって言うのか?
そりゃあ一度解決した事件を蒸し返すのは、気が引けるけど――。
「この先は、君が考えるんだ」
「えっ」
カウンセラーは居住まいを正して、ボクの顔をじっと見据えた。
人の心を見えない糸で操るような、からみ付く視線だった。
この人は、ボクに何をさせたいんだ……?
「君の心は、君自身が納得させるしかない。カウンセラーは飽くまで、その背中を押すことしか出来ないよ。僕は今、心の道筋を整備した。あとは君が道を進めるかどうか、最初の一歩を踏み出せるかどうかさ。うん、ありがちな台詞だね我ながら」
「ボクは……ボクが進むべき道は……」
「警察より先に、話すべき相手が居るんじゃないか?」
「……重治!」
「彼は同じ高校なんだろう?」
ああ……誘導されている。
本人と話をして来いと、カウンセラーが推奨している。
ボクは歯を食いしばった。
躊躇できない。
尻込みしては居られない。
真実を確かめなければいけない。
ボクの心のわだかまりを治すために。
ボクの『春休み』を終わらせるために。
ボクは一礼して、相談室を飛び出した。目指すべきはただ一つ、あいつの元へ。
あいつと話を――。
*
「何だよ沁、俺をこんな所に呼び出して?」
高校の屋上。
フェンスに囲まれた、ビル風吹きすさぶ無人の空間に、ボクと重治はぽつんと立っていた。空はすでに暗い。夕暮れ時すら超過している。下校時刻だが、関係ない。
「重治……腹を割って話そう。最後の謎解きをしたいんだ」
*
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