第3章 前編
自分の頰が嫌いだった。ぷっくりしたその形。ピンポン玉にようにまん丸で、他の子と明らかに違う。横から見るとはみ出るその部分が恨めしかった。
思春期になってますます気になった。顔が整った同級生が自分を笑っているように感じた。
花粉症や風邪予防と言って外出の際はマスクが手放せなくなった。少しでも人目につかないようにしたかった。
高校を卒業後、専門学校へ進学した。そこから私は他県で一人暮らしを始めた。何もかも自由になった。服装も髪型も、そして食事も。
実家では食べないといけなかった。食事を残すと怒られた。でも、今は自分を縛るものは何もない。
この憎っくき頬っぺたを撃退する為に自然と食事制限を始めた。最初は三食食べていたものを徐々に減らしていく。まずは量、次に回数。
そして、朝、晚は何も食べなかった。昼は学校に行ってる手前、他人の目があった。なので、時々パンなんかを食べてみた。
だが、結局は気持ち悪くなり、トイレで吐いた。吐くと頰が凹む気がして、不思議と喜びを感じた。
半年で10キロほど痩せた。お腹はぺたんこ、腕に振袖もなく、脚には隙間が出来始めた。けれど、一番気にしている頰は全く変化がなかった。
どんどん躍起になっていく。街で自分より綺麗で小さな顔の子を見かけると死にたくなった。
もっと痩せなければいけない。あと5キロいや8キロ痩せれば、この頰がなくなる筈だ。自分の努力を嘲笑うかのように一向に丸みは消えてくれない。苛立ちが募る。
試験期間に入った。以前より頭の回転が遅くなった。何度も同じミスをしてしまう。それはきっとこの頰を気にする時間が増えたせいだ。頑張ってるのに結果が出ない。だから、イライラしてしまう。
ようやく試験が終わった。落第はしてない筈だ。疲れた体を引きずり、自宅へと帰る。ふと洗剤がもうすぐなくなることに気づいた。すぐ側にはコンビニがある。面倒くさいからここで買ってしまおうか。なぜかそう思った。
惹きつけられるかの様にコンビニのトビラをくぐる。いらっしゃいませと心にもない店員の声がする。一直線に洗剤を手にして、すぐにレジへと向かう。
だが、レジには先客がいた。カゴいっぱいの商品に公共料金の支払い。時間がかかる客だ。店員は一人しかいないらしい。待つしかないようだ。仕方なく、後ろに並ぶ。
レジ横のフライヤーが嫌でも目に入る。唐揚げにポテト、しばらく食べてないものばかりだ。口の中に唾液が自然と溢れてくる。何だ?この感覚は。
前の客が終わった。自分の番だ。洗剤を置いたレジ台には小さなチョコ菓子があった。自分が自分で分からない。
「あとこれも」
チョコ菓子を一つ追加した。一つだけ。この一つだけなら大丈夫。
家に帰り、すぐさまチョコをパクリと口に入れる。久しぶりに感じるカカオの風味と甘み。口の中で転がす。しっかりと味わう。
だけど、ハッと気づく。これを飲み込んでしまうとまた理想の顔から遠ざかる。唾液と合わさりどろどろになったそれをゴミ箱へ吐き出した。
鏡を確認する。大丈夫。ひどくはなってない。
けれど、あの幸福感。もう一度体験したい。でも、頰が気になる。
ぐるぐる回る思考の中、単純な結論が出た。
飲み込まなければいい。
ただそれだけのことだ。
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