→Re : 第二階
彼女は何も知らない。知らなくて構わない。これは俺の問題だ。
借金も窃盗も駄目だった。浮気なんて何度試したことか。それでも俺は諦めない。
もう一度、いや何度でも繰り返す。
彼女の誕生日まであと十日。もう時間はない。早く別れないといけない。
メールが届いた。あのキャバ嬢からだ。俺はそれに返信する。出来るだけ親しげに、気があるように。彼女からも何通か届いていたが、無視した。何日か前に仕事が忙しいとだけ簡単に伝えた。今後、彼女がこのスマホを見ることはないかもしらないが、念には念を入れないといけない。可能性は全て潰していく。
お金関係は彼女には通じない。彼女自身二人の将来の為にとある程度貯金をしている上、彼女の両親も一人娘の為にかなりの額を貯蓄していた。
万引きで捕まってみたり、闇金にも手を出した。彼女を意味もなく殴った。悩んだ挙句、職場にナイフを持ち込み上司を殺そうとして、逮捕もされた。だが、どれもダメだった。何をしても別れてくれない。
そして、そのままあの日を迎えてしまう。また、あの日に収束してしまう。
気持ちが焦る。どうすればいい。
猶予はあと一週間になってしまった。
彼女は三十歳の誕生日に事故死する。それは俺が何度となく体験した未来だった。
一番最初は何事もなく二人で交際を続けていた。そして、彼女の誕生日に俺はレストランでプロポーズをした。事前にお店にも強力して貰えるように依頼しておいた。彼女は涙をぼろぼろ流しながら頷いてくれた。
嬉しそうに早速渡したばかりの指輪をつけた彼女と二人並んで夜道を歩く。満月が印象的な明るい夜だった。
だが、気づいた時には全てが終わっていた。すぐ側の交差点で車とトラックがぶつかった。その衝撃で別の車が突き飛ばされ、それは俺を避けるかのように彼女だけをぐちゃりと踏み潰した。
ひと目で分かった。手の施しようがない事を。
おびただしい量の血に、辛うじて繋がっている頭蓋骨。絶望だ。
二度と彼女の笑顔は戻らない。
火葬場の煙、随分と小さくなった彼女。迷ったが、婚約指輪は彼女と一緒に燃やした。小さなダイヤは姿を消し、焼け焦げた台座とリングがひどく淋しかった。
周囲の声など耳に入らない。他人を気にする余裕なんて微塵もなかった。そして、気がつけば一人だった。皆、俺をそっとしてくれた。
吐き気がする。空っぽの胃から胃液がこみ上げた。口を覆うが、堪らず吐き出す。
「大丈夫?」
可愛らしい鈴のような声がした。目の前に女の子が居た。
「ぅあぁ」
うまく言葉が紡げない。言葉にならない。
「もしも、大切な人が自分を庇っていなくなっちゃったらどうする?」
何をこの子は聞いているんだろう。そんなの答えは決まっている。迷う筈などない。
「大切な人が、大切なことを忘れてしまっても?」
そんなの些細なことだ。彼女がいる、それ以上に何を望むと言うのか。
「これ以外の結末を」
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