第2回 後編
彼が死んだ。
自ら包丁を握り心臓にそれを突き立てた状態で、職場の人に発見されたらしい。
私の投げつけたアイライナーで机に遺書が書かれていたそうだ。
かのじょにフラれたから死にます
すべておれのせきにんです
筆跡鑑定も行われ、間違いなく本人のとのことだった。
彼の死因は失血死。致命傷になったのは胸への傷だが、太ももからの出血量も決して少なくなかったらしい。
私が、彼を殺したのだ。
それなのに彼は私を庇った。
もしかして彼は私を愛してくれていたの?
私は仕事はもちろん、寝ることも食べることも出来なくなった。誰とも関わりたくない。
私は実家へと戻った。職場や借りていたマンション、後の処理は全て両親がやってくれた。
高校生まで過ごしたこの狭い部屋、それが今の私の全てだった。
眠れない何度目の夜だろう。
真っ暗な部屋に月明かりがカーテンの隙間から見える。外の方が圧倒的に明るい。ほんの少しずらしたカーテンから満月が覗いた。
両親だけでなく、草木も眠る丑三つ時。月に誘われ、私は外へと出た。
月を追いかけるように歩く。彼と一緒に見たのはいつのことだっただろう。遥か遠くの記憶。あの満月と同じ、いくら求めても手が届かない。
「夜道はあぶないよ」
背後から声が聞こえた。この静寂には似つかわしい鈴のような声。振り返ると女の子がいた。
「お姉ちゃん、苦しいの?」
「うるさい。うるさい、うるさい、うるさい。何も分からないくせに」
「分からないから本人に聞くんだよ。それに実はもう知ってるよ」
「知ってるなら聞かないで」
女の子が私に向かって手を振る。その仕草はひどく寂しげだった。
「それなら、いってらっしゃい。どうか幸運を」
テレビでは朝からずっと人気アイドルYと女優Mが結婚したとニュースで騒ぎ立てていた。できちゃった婚らしい。交際一年ほどでのゴールイン。さすがにもうその内容は聞き飽きた。
一応、私にも恋人がいる。
彼とは付き合ってもう四年になる。三十歳の誕生日まであと一週間。
コテで髪をアレンジしてみた。けれど、彼の反応は特に無し。変えたばかりのネイルもあっさりと無視された。
前はこうじゃなかったのに。些細な変化に気づいてくれ、容姿だけでなく内面も褒めてくれた。好きだと何度も言ってくれた。それなのに、今は何もない。
デートの時も会話はない。無言が果てしなく続く。それどころか、もうデートすら暫くしていない。彼はもう私と一緒に居たくないのだろう。ただ別れるタイミングが掴めないだけの存在。それはきっと私にとってもだ。
この関係を続けることに何の価値があると言うのか。ただ虚しいだけだ。
それなのに別れられない理由。
まだ、彼のことが好きなのだ。不器用だけどそんな彼を愛している。
この気持ちは何処までいっても私の独りよがり。
お願い
もう一度だけ私を愛して
ほんの一瞬でいいから
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