第2回 中編
階段を駆け上がる。205号室、いつもの彼の部屋のドア。インターホンも鳴らさず、ドアノブに手をかける。いつも通り、鍵なんか掛けてない。私が何度も不用心だからと言っても治らない。
中に入ると彼の匂いで包まれた。
「おっ、びっくりした」
驚いた彼の顔。その姿に思わず抱きついてしまう。その時、ふわりとコロンの匂いがした。フローラル系の可愛らしい香り。
彼のじゃない。別の女の匂い。
彼への愛しさがプツリと切れた。
手にしてたバッグを彼の頭に向かって叩きつけた。中身が床に散らばる。落ちた物を全て彼に投げつける。それでも気が済まない。彼は何も言わず為すがまま受け入れている。
その態度が更に私を苛立たせる。これだけじゃ、私の何かが収まらない。
彼の部屋にあったごみ箱、加湿器も投げつけた。もう投げるものがない。
「あぁぁぁぁぁあぁぁぁ」
叫びながら、彼から離れる。ふと流し台が目に入る。彼の為に手料理を作ってあげたことを思い出す。いつも汚いのを綺麗にしてあげた。暫く来てないのに、ピカピカに磨かれている。清潔なまな板に包丁。とっくに一線は越えていた。
私に迷いはなかった。彼に向かって包丁を投げた。
刃は緩い放物線を描き、彼の太ももに突き刺さった。押し殺した短い悲鳴があげる。
驚きか痛みか、顔を歪めた彼の姿。我に返った頭が状況を理解しようとフル回転する。でも、分かりたくない。
「出て行け」
この場にそぐわない冷静な彼の声。怖い。
「今すぐ出て行け」
声を荒げてくれたらどんなに楽だろう。怒り狂ってくれたら、私を見てくれてる気がするのに。貴方にとって私は邪魔者なの?
もう嫌だ。
もう限界だ。
この部屋からこの世界から逃げたい。
裸足のまま私は飛び出した。
私の、
私と彼の全てが終わった。
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