第8話 ルチルと昼食

              レストラン



「一体どうやって到着したのかしら。それにオブシディアンはどこへ消えたの?」

 ルビーは目を大きく開けて辺りを見回し軽くため息をついた。それから腕時計へチラッと視線を向けた。まさに待ち合わせ時間だった。とは言うもののどうやって戦闘機に乗りここへ来たのか……。ルビーは地上を覗いた。

「まあ大変! ルチルさんが来たわ」

 ビルの入り口から出るルチルの姿にルビーは焦りつつ彼を眺めた。すると偶然か、ルチルはふっと上空を眺めた。

「どうすれば降りられるの?」

 ルビーが何気に呟くと一瞬で戦闘機が消えルビーは地上へ真っ逆さまに落下した。と言いたいのだけれど。いや、確かに戦闘機は消えた。しかしながらそこにハヤテとオブシディアンが現れ、マシーンはルビーを乗せて地上へ降りながらいつもの自転車に変わった。

「お待たせしました」ルビーは片手を振って笑顔で挨拶をした。

「へぇー。これどうなってんの?」

 ルチルは目新しいおもちゃを見つけたようにそれらをじっと見ながらこう呟いた。

「僕が外へ出ると頭の上で微かにルビーさんを感じたんだ。何となしに上を眺めると全く音のない、陰すらない戦闘機が浮いていた」

 ルチルは両手を広げ目を輝かせて話を続けた。

「ところがそれは跡形なく消えて、ルビーさんとマシーン。それにロボットが現れ僕は酷く度肝を抜かされた。それがまさか素晴らしい機能付きの自転車だったとは、まさに驚きだよ!」

 興奮した彼が可笑しくてルビーは、「クスッ」と、笑ったものの、ルチルの潜んだ能力に気付かないわけがなかった。気配を感じる能力が頗る磨かれていたと。

 ルチルの目は更にキラリと輝き自転車を眺めながら一周したのだけれど、ルビーの目はルチルを追って、「ねえ。ルチルさん。お食事しましょう!」と、呟いた。

「そうだった。つい興奮しちゃって……。この先に評判のいいレストランがあるんだ。指定農場と牧場から取り寄せた、拘りの素材しか使ってないお店なんだ。ルビーさんが良ければどうかな?」

「美味しいの?」

「ああ。すっごく美味しいよ!」

 ルチルは満面の笑みを浮かべると、両手を頭の後ろへ当て少し照れた顔で空を眺めた。ルビーも同じく空を眺め、「クスッ」と、笑い大きく息を吸って、「私。行きます」と、返事した。

「自転車を持ってくるから、その後についてきて!」

 ルチルは清々しい笑顔で片手を上げ嬉しそうに駐輪場へ駆けた。


 さて人気の店だけあって店内は真に混雑していた。

「万が一と思って、予約して良かった……。しかし何でこいつまで来るんだよ」

 ルチルは納得しない顔でオブシディアンをまじまじと見た。

 テーブル席は既に満席でルビーとルチルはカウンター席へ座った。たまたまもう一席、空席があり食事をしないロボットまで、「ご自由にお座り下さい」と、親切に接客された。それでどうなったか? 読者は察したであろうか……

 ロボットは融通が利かず、ルチルをいや、ルビーの命令すら全く聞き入れなかった。

「真ん中の席へ座る。ルチルはそっちだ」

「どういうことだ? なんでこうなるんだ?」

 二人はオブシディアンを挟んで食事をする羽目になった。そのせいでせっかく会話を楽しもうと思ったルチルなのだけれど、オブシディアンがいては叶わなかった。

「オブシディアン。どうして真ん中なんだよ。ルビーさんへ付き添うなら端の席でいいだろう?」

 ルチルは大きなため息をついた。

「ルビーさんへ大事な話をしたかったんだよ。でもこれじゃ少しも話せない」

 ルチルはがっかりした顔で頼んだメニューを順に食し、時にオブシディアンを覗き込んだ。しかしながらオブシディアンは置き物のように静かだ。その癖ルチルがルビーへ話し掛けようとすれば無意識に手を広げ妨げた。

 ルチルはフォークの先にデザートのメロンを刺すとぼそり呟いた。

「ああ。今日こそ真剣に話そうと思ったのに……。時間を返して欲しいよ」

 静かに座るオブシディアン。表面的にそう見えたものの、「自分が一体誰なのか。何をしていたのか」と、必死で人の記憶を取り戻そうと彼の頭はかなり混乱していた。

「ルチルさん。美味しいかったわ。どうもありがとう」

「それは嬉しいな。オブシディアンがいなければもっと良かったんだけどね」

 ルビーは彼を眺めると、「クスッ」と、笑い、呟いた。

「ですが、オブシディアンは何か悩んでいるように見えませんか?」

「はっ!? ロボットに悩みがあるのか?」

 ルチルは怪訝な顔をしてオブシディアンを眺めた。

「彼が悩んでいるように見えませんか?」

  ルビーはオブシディアンの顎の下から、ルチルを覗いた。ルチルは瞳をクリッと動かしオブシディアンの様子を窺ったが……。「全然見えないね」ボソリ呟いた。

「ただ……。強引なとこはまるで誰かにそっくりだ」

「まあ。誰にそっくりなんです?」ルビーは気軽に尋ねた。

 ルチルはふっと深刻な表情をした。

「えっ? あ、ああ。友達さ。不意に姿を消したんだ。まあ。いつものことなんだけどさ。だが必ず目的地を伝えていた彼だけに、消息が掴めないのは初めてなんだ」

 ルチルは、「ふっ」と、笑った。

「必ず見つける。見つけ出すまで僕は家に戻らないし、戻れない」

 ルチルは両腕を組みながら歩きだした。

 ルビーはカードを店員に見せた。

「どうぞ。お通り下さい。ご利用ありがとうございました」

 店員は妙に深々と頭を下げたものの、ルチルは全く気付かず店を出た。

「友達は案外傍にいるかもしれないわ。どこかであなたを見ているかもしれない」

「だといいんだけどね」

 ルチルは空を仰いだ。


 ルビーとルチルは会社の前で別れたのけれど、ルチルはふっとオブシディアンを思い浮かべ五階まで一気に駆け上がった。それからエレベーター前に立った。

「ルビーさんへピッタリくっつき、強引なところは王子そっくりだった。本当にどこへ隠れているんですか?」

 ルチルは心で呟いた。丁度いい具合にエレベーターのドアが開き、ルチルは俯きながら乗ったものの次の瞬間この上ない後悔をした。なぜなら鬱陶しい人物と遭遇したからである。鬱陶しい人物とは言うまでもない、月島のことだ。

「ほう。これはルチル君。丁度いい。お前に話がある」

「僕は全く以って話すことがありません」

「お前になくても俺にある」

 にやけた月島に嫌な予感がした。

「お前。ルビーさんと食事したらしいな」

 月島は唐突にルチルの鼻の前へ人差し指を向けた。その情報をどこで仕入れたか……。それはさして問題ではなかった。ただルチルは淡々と答えた。

「僕にお節介を焼きに来たのか?」

「その浮かない顔はルビーさんと上手くいかなかった証拠だな」

 エレベーターが止まりドアが静かに開いた。が、そのまま閉まった。

「何を想像したか分からないが、浮かない顔と言うならそれはルビーさんに対してじゃない」

「そうか。やはり強情なルチル君だ」

「はっ? 強情なのはむしろ月島だよ」

「何か言ったか?」

「別に……」

 月島はまたニヤッとした。

「あれだけ愛らしい人だ。お前ごときに簡単に落とせないさ」

「はっ? 月島はどこまで嫌な性格なんだよ」

 ルチルは心で呟くと彼の目を見てサラッと答えた。

「……なら、月島はどうなんだよ」

 エレベーターは順調に上がり最上階に着いた。

「知っての通り俺はモテモテ男だ。一人も彼女を作れないお前より断然自信がある。ははははははっ……」

『どうだ』と、言わんばかりに月島はサラサラの髪を指で梳かし横目でルチルを眺めたのだけれど、当然開いた口が塞がらないルチルである。とは言いつつもルチルは負けじ魂で月島の正面へ立った。

「彼女を作れないんじゃない。! そもそも月島が僕よりモテ男だという基準が分からない。あえて言うなら僕は月島より!」

 ルチルは月島の真ん前で言い切った。

「その減らず口、後悔するぞ」

「なら、あのロボットを超えることだよ」

「確かにそこが大問題だ」

 月島は両腕を組んで呟いた。

「で、お前はルビーさんをどう思ってる?」

 一々面倒くさい男だ。ルチルは「開」ボタンを押すとすぐさま入口へ進み、「しつこい男は嫌われますよ。失礼します」と、軽く頭を下げ最上階へ降りた。

「おい、逃げるな。返事しろ!」

 月島の叫びが辺りに響きドアが閉まった。

「そんなの決まってる。ルビーさんは僕の最高の友達だよ」

 ルチルの背中がそう語っていた。


 仕事を終えてマンションへ戻ったルビーは、架空の世界でトレーニングし、いつも通りシャワーを浴びてミネラル水で喉を潤した。それから壁のフックに引っ掛けていたピンク色のお気に入りエプロンを着ると冷蔵庫を開け、新鮮なトマト、レタス、アスパラ二本と白身魚を取り出した。野菜は水で洗い、アスパラは適宜に切ってさっと塩茹でした。

 白身魚は塩と胡椒を振って小麦粉をまぶし、バターを溶かしたプライパンで焼いた。

「何て美味しそうなの!」

 鼻歌を歌いながら食器を並べ夕食を盛り付けていたのだけれど、

「何が起きたんだよ!」

 玄関先で揉め事だろうか、ルチルの騒ぐ声がした。

「オブシディアンと何かあったのかしら」

 ルビーはプライパンを戻すと玄関のノブに手を当てゆっくり開けた。

「あら、ルチルさん。お帰りなさい」

 ルビーは微笑みながら挨拶をした。

「ルビーさん。ロボットに何かしたの?」

「えっ? そのままですよ」

「ロボットに見えないんだけど」

 ルビーはドアを閉め外へ出て唖然とした。なぜならオブシディアンはまるで人のような肌艶だったから。

 ルビーはルチルを眺め首を横に振った。それから穴の空くほどオブシディアンを見つめ、

「ねえ。オブシディアン。もしかして成長するの?」

 ルビーが少しおどけて尋ねると、

「分からない」オブシディアンはルビーとルチルを見下ろした。それから星の瞬く夜空を眺め呟いた。

「ここはどこなんだ?」

 ルビーとルチルは狐につままれたように思わず顔を見合わせた。

「グロッシュラー王国のサンストーンよ」

 オブシディアンは一度だけ大きく頷いたが唐突に片手を上げ、スーッと剣を抜いた。

「ちょっと待った! いきなり何だよ。危ないから剣を仕舞ってくれないか?」

 力の差を知ってもルチルはルビーの前に立ち両手を広げた。

「ルチルさん。私を守ってくれて有難う。でも大丈夫よ」

 ルビーはオブシディアンが危害を加えないと直感しルチルの両腕にそっと触れた。

「ルチル……。その名前に記憶がある」

 オブシディアンの瞳はルチルを注意深く眺めた。

「僕はあなたと毎日会っている。なのにどうしてそんなことを言うのか? 体の変化で壊れたか……」

「壊れた? 死ではなく体が壊れるのか?」

 オブシディアンは鋭い剣先をルチルへ向けた。

「お願いだからそれを思い切り振らないで、欲しいな……」

 ルチルの瞳はキュッとそこへ寄った。

「ところでルビーさん。僕はオブシディアンに何が起きたのかさっぱり分からないが、何か心当たりないかな?」

 ルチルは眉間に皺を寄せ下からオブシディアンを見上げた。ただ一寸の動きも見落すまいと険しい顔で彼を眺めていたものの、オブシディアンは一向に表情を変えなかった。しかしながら不意に腕を振り地上と平行に剣を投げた。ルチルの察知とほぼ同時だったのだけれど、酷い突風の発生で二人は体を屈めグッと脚を踏ん張った。すると恰も空気が歪むような、「ズドンッ」と、低い音が内臓に響いた。二人が目を開けると辺りに美しい紫の滴が鏤められオブシディアンの手に剣が、いや、今度は槍が握られていた。

 ルチルは、「はっ!」と、した。

「王子と同じ剣じゃないか! そ、そんなはずない……。この剣は世に二つあったというのか?」

 ルチルは姿勢を正しこう言った。

「オブシディアン。もしやあなたは。僕をよくご存じのお方でありませんか?」

「私はこの世の一部として現れているもの。名はオブシディアン。定かでないがルチルと関係があったように思われる」

「オブシディアン。それは何時だったか記憶にありませんか?」

 ルチルは片膝を着き頭を低くして尋ねた。

「私に時はない。従って過去もなければ未来もない。命もない。ルチルの瞳に映ったその存在と意識だけだ」

 オブシディアンはサッと槍を持ち上げ、「ドンッ」と、先を床へ着け彼を眺めた。

「お、怒らせるつもりじゃないんだ。ただ……。その御方に似てたのです」

 ルビーは風になびく髪を片手に束ねオブシディアンをじっと見つめた。ルビーにとってその名はまさしく城の守り主以外、何者でもなかったのだけれど不思議なことに今、プレーナイト社の所有物として現れている。更にルチルがルビーの知らない何かを語り掛けていた。ルビーは表面に現れない眉間の目をカッと開きオブシディアンを一瞬で透視した。紫色に覆われた到底掴めない計り知れない、宇宙を超えた存在でルビーは単に唖然とするしかなかった。言い換えればオブシディアンは「神」以上だった。そのせいか定かでないが脳裏に浮かんだ映像は残念ながら泡のように消え記憶に残らず、心得たのは「言葉で言い尽くせない存在」のみだった。


「その者はこれと繋がり別の世界にいる」

 オブシディアンの指が自身の胸を指すとルビーの瞳に男性が朧気に映って消えた。

「彼をこの世界へ連れ戻すことは……?」

「出来ないと、言える」

 ルチルは両手を床に着き酷く項垂れた。

「なんてことだ。全て、僕のせいだ」ルチルの目に涙が浮かび拳で床を叩いた。

「だが、出来るとも言える」ルチルは、「はっ!」と、頭を上げた。

「それはどういう意味でしょう?」

「どっちも在りうる。ルチルが忘れない限りだ」

 するとルチルはゆっくり立ち上がりオブシディアンを眺め言い切った。

「僕は絶対に忘れない。忘れるもんか! だから再会するんだ!」

 オブシディアンは先を見通したように、「ふっ」と、笑って、矢を剣に変え背に仕舞った。

 

 


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