第7話 宇宙生物
ハロー宇宙生物!
「ルビーさん。もし用事がなかったら昼休みに僕と食事しませんか?」
自転車を漕ぎながら、横に並んだルビーにルチルが叫んだ。
ルビーの美しい髪は風に
ルチルがルビーと同じ会社で働いていたと知ったのは、つい一週間前の話だ。会社で催された射撃大会でルチルは見事に優勝して仕事の合間に個人的に社長室へ呼ばれた。
「こっちの建物に入ったのは初めてだ」
ルチルは独り言を呟きながら社長室の前に立ち、「ふぅーっ」と、深呼吸を一つした。そしてドアをノックしようとすれば、階段方面から真に唸るような奇妙な声が聞こえた。ルチルの上がった手は咄嗟に下がり顔をそっちへ向けて身構えた。すると出会ったことのないゾンビの団体がぎこちない歩きで廊下を進んできた。当然、ルチルの両手に力が入ったのだけれど団体の中に抜きん出た長身、オブシディアンがいたから酷く驚いた。
「どういうことだ?」ルチルが呆気に取られていると、
「あら。ルチルさん。ここで何をしているの?」
最後尾を歩いていたルビーがルチルに気付いた。
「えっ? ルビーさんこそ何でここにいるんだ?」
「私はこちらで仕事をしていますから」
「それ、本当? すごく嬉しいな。実は僕もこの会社で働いているんだよ」
「まあ。だからいつも同じ方向だったわけですね。納得しました」
「そうか。別の建物だったから入り口も違って気付かなかったんだな……」
ルビーとルチルは偶然の出会いに特別な気持ちだった。
話は戻る。
「ルチルさん。美味しいお店をお願いします!」
「それって、オッケーってこと?」
「はい。ではそっちの建物の前で会いましょう!」
ルビーは左手を軽く上げてから右側へ曲がった。
ところでルビーが仕事を始めてから一ヶ月経ったのだけれど未だ特別報酬仕事は受けていなかった。ただ社員の活躍は社内映像で少し見ていたルビーだったが……
「ルビーさん。お早うございます」
「お早うございます」
「今日も笑顔が素敵ですね」
ルビーは社員とすれ違う度に挨拶をされるようになった。ただ愛くるしいルビーと悍ましいゾンビの組み合わせは社内の不思議話となった。そんなルビーなのだけれど素早く階段を下りて、地下の倉庫から気の力で掃除道具を取り出すとこう呟いた。
「ねえ、オブシディアン。ルチルさんと食事をする前に社内映像で流れていた自然公園へ行ってみたいの」
ゾンビ隊を整列させていたオブシディアンは青い瞳をルビーへ向けた。
「だって面白そうな場所だったわ。早く仕事を切り上げて行きましょう!」
オブシディアンは相変わらず言葉を発しない。ただ青い瞳でルビーを眺め、それから片手を軽く振り上げて一瞬で掃除道具とゾンビ隊を二階へ移動させた。
「あなたって本当に不思議なロボットだわ」ルビーが、「クスッ」と笑うと、二人揃って移動した。
さて早々に仕事を切り上げたルビーとオブシディアンは、自転車で二十分程の距離である自然公園へ出発した。オブシディアンとなら簡単に移動が出来たはずだが、ルビーはわざわざ自転車専用道路を通りながら周りの景色を楽しんだ。
「城にない世界は、いろいろな音が聞こえ様々な店があって楽しいわ」
ルビーは軽くペダルを踏んで周りをゆったり眺めた。建物の合間に小さな川がありキラキラと水が流れていたが、その脇に沿って行くと自然公園へ着くのである。 公園へ近付くにつれ大きな建物はなくなったが先が丸い緑の山が目に映った。その斜面から糸のように水が流れていた。
「美しいわ……」
ルビーは自転車を降りてぐるりと周りを見渡した。するとオブシディアンも地上へ降りて静かに立った。それから二人は並んで自然公園のゲートへ向かうとルビーは例のカードを入り口にかざした。
「どうぞお入りください」
ゲートから声がした。ルビーはオブシディアンと潜った。しかしながら何とも言えない異常な静けさにルビーは胸騒ぎがした。
「人っ子一人いないわ。どういうことなの?」
ルビーはカードを一直線に上空へ投げ目を閉じた。するとカードは急落下しルビーの瞳の位置より僅か下で止まり公園内の地図を立体的に浮かべた。ここは山二つ分の公園だった。
オブシディアンの青い瞳が強く輝き彼はそれを記憶した。ゆっくり回転し続けるカードをルビーはそっと指先で撮むと目を閉じて気を集中させた。入り口に何か張り紙があっただろうか……。微かに低い音を感じ目を開けた。
「何か潜んでいるわ」ルビーは耳を欹て周囲を警戒しながらオブシディアンと車一台やっと通れそうな道を歩んだ。左右はくぬぎの木に囲まれていたものの道幅に青空が見え決して暗くなかった。ただ澄んだ空気はまるで城内でシミュレーションしたあの戦いをルビーに囁いているような危険を伝えていた。
道は徐々に狭まり薄暗い林の中へ続いた。それから数分後、「カア、カア」と、数羽の烏が不気味に鳴いた、と思えばルビーの方へ矢のように向かって来た。ルビーとオブシディアンは難なく躱したのだけれど、ピーンと張りつめた空気が一面を覆った。
「どうやらこの先は一筋縄で行かなそうね」
ルビーは地面から二十センチ浮いたオブシディアンに囁いた。間もなくルビーの足がピタッと止まり気で周りの気配を確かめた。オブシディアンも浮いたまま停止した。
「まあ。ここに大きな罠があるわ」
オブシディアンはスーッと進みルビーの前へ立った。
「これは単なる動物の罠じゃないわ。これは……。怪異だわ」
ルビーは息を呑んだ。オブシディアンも頷いた。
「オブシディアン。私を背負って空へ飛んで欲しいの。ただし何か襲ってくるから注意して!」
ルビーは数歩下がると目を閉じて呼吸を整えた。そして目を開き勢いつけてオブシディアンの背に乗ると、「今よ!」って、叫んだ。オブシディアンはサッと林を抜けて上空で停止した。まさに間一髪。数十本の金属の矢に容赦なく襲撃された。
ルビーは一本だけ素手で掴むとたっぷり猛毒が塗られた矢の先端に酷く驚いた。
「捕獲の罠じゃない。完全に殺すためだわ」
ルビーの体は薄ピンク色の気で皮膚全体を固く覆っていたものの、オブシディアンのオーラが更にそれを包みルビーの全身は紫色にキラキラ輝いていた。ルビーは矢を握った腕を眺め、「ふぅーっ」と、ため息をついた。
「あなたって本当に素晴らしわ」
ルビーはオブシディアンの肩に掴まり囁いた。
「私がオブシディアンのように空を飛べたらどんなにいいかしら」
ルビーは瞬く間に抜けた林へ緊迫した空気を感じ見下ろしながら呟いた。
「シミュレーションだったけれど私はマシーンに乗って自由に飛行したわ……」
海の波がゆったり動きその波長に合わせるようにルビーの髪は空中で揺らめき、ルビーは城の訓練を思い出しながらオブシディアンの肩をぎゅっと握った。するとオブシディアンの片手が上がり彼女へ応えるように後方を差した。ルビーがさっと振り向けばどうやって存在したか謎であるが、白を基調に青と赤で彩られたオートバイ型マシーンが浮いていた。
「なんて素晴らしいの!」
ルビーは目を大きく見開きひょいとそれに飛び乗って感触を確かめた。
「私の気で動くものだわ。シミュレーションと全く同じ。それにこれは自転車の変形ね。まさに驚きだわ!」
「マシーンはルビーの意思で動き、それ以上に変形する」
「そうなのね……。えっ? オ、オブシディアン。会話できたの?」
「私は会話できる。だが今まで話せなかっただけだ」
ルビーはただ目を瞬いた。唖然とするルビーにオブシディアンは淡々と語った。
「私はロボット。だがこの世で人と同じだ。今私の中の『人物』が目覚めた。だから会話できる」
「えっと。それは、何て言っていいか。意味が不明です」
「いずれ分かる時がくる。それより地上で人の気配がする」
「分かったわ。そこへ行きましょう。ところでもう一人のあなたは誰なの?」
「私の名は……。思い出せない」
「そう。いつか思い出してね」
ルビーは目を閉じ最も安全な降下位置を確認すると、オブシディアンと木々の間を上手く抜けて物音立てずにスーッと降りた。オブシディアンは足先からそっと地面に着けたが右側に人の気配を感じ僅かに宙に浮いた。それから更に気配を消し大きな木の陰にそろりと移動しその者、ルビーが良く知っていた人物の背後から小さな声で囁いた。
「もしもし」彼の肩がピクッと上がるやいなや振り向いた。しかしながらルビーとオブシディアンは彼の頭上にいたから姿が見えなかった。月島は気のせいと思い首を傾げた。ルビーはもう一度近付き今度は名前を呼びながら肩を軽く叩いた。
「月島さん」咄嗟にオブシディアンは頭上に上がった。すると月島は身の毛がよだつ陰惨な事件に出くわしたように、「ギャーッ!」と、天を突き抜く酷い叫び声を上げた。
「誰だ、誰だ、誰だ!」月島は唾をゴクリと飲んだ。
「あの。落ち着いて下さい。ルビーです。月島さんの上にいます」
「はっ? 何でここにいるんだ? ここは
彼は顔を上げ目をパチクリさせて二人を眺めた。
「月島さんこそ、ここで何をしてるんですか?」
オブシディアンはゆっくり地面に下りた。
「俺は真面目に仕事さ。宇宙生物退治だ」
月島さんが呟いた瞬間に妙な音をルビーは聞き身の危険を感知した。その音は徐々に近付いている。
「ルビーさんも社長に宇宙生物退治を依頼されてたな」
「ええ。でも実践はまだです」
「それなら、今がそれだ。俺は何度もこの生物を倒してるが奴は口から粘液を出す。だから気を付けろ!」
「分かりました。オブシディアンが一緒ですから大丈夫です」
ルビーは微笑みながら返事をしたのだけれど、月島は強張った顔で言った。
「あのな。会社の掃除と違うからな。いくらロボットが傍にいると言ってもだな……?」
「何かいるわ!」
ルビーは咄嗟に大木を目掛け毒矢を投げつけたと同時に、オブシディアンは片腕を上げ見えない力でそれを押さえていた。月島も銃撃した。
「クウェーッ!」
体長1メートルはあろう。巨大なナメクジ型生物が口からネバネバした液を垂らし地面を擦るように
「これが噂のナメリー? 言い表せない程、気持ち悪いわ……」
ルビーはボソリ呟いたが、月島は二人の動作に酷く驚き目が点になった。
「ちょ、ちょ、ちょっと待て! ルビーさんが。そうじゃない。ロボットが俺より先に何かしなかったか? これは屈辱だ」
月島はオブシディアンを怪しげに眺め、「って言うか、おいマジかよ。こんなおっかないロボットを我が社の掃除で使ってたのかよ。驚きだぜ!」
「ロボットのこと、何も聞いてないの?」
「親父のすることだ。勝手にロボットに惚れ込んだんだろう? それに説明書に書かれてなかったしな」
月島は辺りを見回し拳銃を仕舞ったものの、オブシディアンを眺め再び目が点になった。
「はっ!? 俺にはただの飾りに見えないが、いつの間にでっかい剣を背負ったんだよ」
「あら? それは確かに、だわ。今までなかったはずよ」
ルビーも不思議な顔をしながらしみじみ眺めるとオブシディアンは、
「上空から降りる際に突然現れて背負った」と、答えた。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ったぁー! 以前ルチルと捕まった時、機械的な声だったはずだ。いったい、いつからなんだよ。人間のような会話をいつからしてんだよ? 」
ルビーは人差し指を上げた。しかしながら微妙に早くオブシディアンが身を翻し、目に見えない速さでルビーを背に載せ上空へ上がった。既に二人の姿はなかったが月島は、「ダダダダダッ」と、機関銃をぶっ放した。
「クウェーッ!」ナメリーの叫び声だ。月島は手に汗を握り、「ゴソゴソ」「バキバキ」と、大木を挟む二方向の妙な音に一寸の隙もなく耳を傾け再び機関銃を構えた。
「右に二体、左に三体いるわ。月島さんはあそこ。けれどナメリーの速度が速いわ」
ルビーはオブシディアンからオートバイ型マシーンへ飛び乗った。
「あなたを『ハヤテ』と呼ぶわ」
ルビーはグリップを握るやいなや少し余裕の笑みを浮かべ一気に地上へ降下したのだけれど、ハヤテは名の通り激風を起こし頗る速く自由に変形しながら二体のナメリーを目掛けた。二体はルビーの気の力で操り人形のように五メートル宙に放り上げられ、ハヤテは自動的にミサイルを一発発射した。が、爆発せずただナメリーの胴体を突き破りそれはハヤテに戻った。
ナメリーはくるくる回転し奇怪な声すら出さず地上へそのまま落下した。しかしながら慌てたのは月島だ。
「な、なにーっ! 俺の頭上じゃねぇか!」
木の隙間から戦いを眺めていた月島は機関銃を抱え、勘を頼りに夢中で蛇行し駆けた。
「ドンッ」「ドシンッ」二体は地面へ落ちピクリともしなかった。
月島はふっと振り向いて、
「はぁーっ。あ、あぶねぇ……。真面に当たったら骨折だけじゃ済まなかったな」
額の汗を拭りつつ呟いた。
一方でオブシディアンは残り三体へ一人で戦った。左の腕を上げ離れた距離で二体の動きを止めながら背にある剣をスーッと抜き一体を、「スパン」と、半分に切った。実に綺麗な切り口で尚且つ剣から紫の滴がキラリと舞った。
オブシディアンの左手は押さえていた二体のナメリーを離し、その腕を、「ビューンッ」と、地と平行に振った。すると紫の滴の付いた肉は一定の地点へ猛スピードで飛ばされ、ふっと停止してくるくる回転しながら落下したが、一度ならず二度まで月島の頭上に降るとは何て運の悪い男だろう。
「はっ! な、ななななな、なにーっ!?」
時既に遅かった。月島は二進も三進もいかず無意識に両手で頭を押さえ目を固く閉じ身を縮めた。しかしながら真に運のいい男だ。前後一メートル先に、「ボトッ」「ボトッ」と、落下したのである。
「あ、あぶねぇーっ。今度こそ『死ぬ』と思った」とは言うものの月島はほっとする間もなかった。
「月島さん。掴まって!」いきなり現れたルビーの手に月島は意味不明のままガッシリ掴み不思議なマシーンへ勢いで乗せられた。
「しっかり掴まって下さいね」
言われるやいなや瞬く間に上空へ進んだが、細かい肉片があちこち回転しながら落ちていくのを月島は目にし唖然とした。ルビーはナメリーの存在を感じなくなるとマシーンでゆっくり地上へ降りた。
「初めての実戦。いかがなものでしょう?」
ルビーは楽し気に質問した。
「あれはどう考えても掃除用ロボットじゃない。あいつは戦闘用ロボットだ!」
月島はぶつぶつ呟き地上へ降りるオブシディアンをじーっと眺めた。
「ぐるぅぅぅぅ……」月島の腹の虫が鳴った。
「あら、大変だわ」
ルビーが腕時計を見れば、ルチルと約束した昼食の時間だった。
「月島さん。私、人と約束があるの。これで失礼するわ」
「へえ。気になるな。誰と会うんだい?」
「ルチルさんよ」
「はっ? あのガキ。何気にルビーさんを気に入ってんのか。許さん!」
「では。後片付けを宜しくお願いします。また会社で会いましょう」
ルビーはオブシディアンに合図した。
「月島。会社で待ってる」オブシディアンの声だ。
「待てっ! 月島って、呼び捨てしたよな? どっちが上司なんだよ!」
月島は一人鼻の穴を大きくして憤慨したけれど、ルビーは笑いながらオブシディアンと空へ上がった。
オブシディアンは上空で垂直に立ち、「ハヤテ」を指差した。その途端彼の姿が消えて、それが鷹に似た戦闘機に変わると景色が帯状に流れた。
戦闘機はブレーナイト社の上空だった。
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