第6話 ゾンビ隊
掃除ゾンビ隊
「それでは皆さん。これから社内の掃除を手伝ってもらいます」
くすんだゾンビの顔つきが微妙に明るくなり嬉しさの表現か、目玉がポロポロ床へ零れ落ちた。
「ゾンビさん。目玉が落ちましたよ。すぐにつけないと掃除機がゴミ扱いして吸い込んでしまいます。目は大切ですからしっかり入れて下さいね」
いやはや大変なことが起きた。廊下が騒然となった。
「おい、聞いたかよ。ゾンビが掃除するってさ」
「そんなの有り得ないだろ。頭が可笑しくなりそうだぜ」
いずれにせよルビーに関係ないことだ。
「ゾンビ隊。移動!」と、叫び片手を上げて廊下へ整列させたが、当然ながら有無を言わさない。社員は大慌てで階段を駆け上った。
「では皆さん。まず正座をして下さい」
ゾンビはゆっくり座り足を曲げてみたが何とも姿勢が悪い。
「皆さん、背筋を伸ばして下さい。そこのゾンビさん。首だけ後ろを向いてます。前を向いて下さいな」
ゾンビは照れて頭に手をのせた。と、思いきや首をスポッと外し向きを変えたが残念ながら斜め前だった。
「あの。向きがずれて気持ちが悪いです。外さないで向きを変える練習をしましょう!」
それからルビーは雑巾を広げ小さな声で掃除のやり方を説明していたが、ゾンビが突然首を曲げて更に頭を床に着け血走った眼でじっとルビーを眺める奇妙な格好をした。実に体が柔らかくてルビーは驚いた。
「もしや、皆さんは耳が遠いとか?」
ルビーは笑いながら尋ねた。ゾンビも頭を下げたままニヤッと笑った。
「あら大変。これは、補聴器が必要だわ」
ルビーは少し大きな声を出して説明を
「皆さん。これで説明はお仕舞です。では私の後をついてきてください!」
ルビーはゾンビを引き連れ階段で八階へ上がった。最も後ろで宙に浮いたオブシディアンが様子を窺いながら後をつけた。オブシディアンの瞳は奇妙な彼らをじっと見据え、ゾンビはまるで音楽が流れているようにある意味軽やかな動き? で階段を上がった。
「では、皆さん。掃除を始めましょう!」
雑巾を持って掃除するゾンビの様は非常に奇妙で滑稽だった。おまけに余分な動きも多々あった。例えば雑巾で体を拭く者、くしゃみをして入れ歯を飛ばす者。それが当たって首の向きが変わる者……。とは言えルビーには十分楽しい時間だった。ルビーは彼らにアドバイスをしながら窓の掃除を続けた。
ルビーがエレベーターへ何気に視線を向けると一人のゾンビがドアを拭いていたのだけれど、不意に八階のランプが点滅してドアがスーッと開かれゾンビは片手を上げたまま作業を停止した。ゾンビは、ニヤッと笑い、「ヒャッ、ヒャッ、ヒャッ」と、声を出しながらゆっくり左へ移動した。ドアは静かに閉まったものの誰も降りなかった。不審に思いルビーはエレベーターボタンを押して中を確かめた。すると青白い顔で月島さんがボーっと立ってた。
「あら。月島さん。八階に着きましたよ」って、ルビーは声を掛けた。しかしながら彼は、「そ、そんな馬鹿な。ゾンビが雑巾を持って片手を上げて立っていた。全くの悪夢だ」寝言のように呟いた。
「えっと。実はそれは……」
ルビーが話し始めるやいなや月島は我に返ったか、
「どうも疲れているようだ」そう呟き済まなそうにエレベーターを降りようとした。けれど……。次の瞬間「オエェ~」って、口を押え再び奥へ入り壁に体が激突した。それから慌てて「バンバン」ボタンを叩きドアを閉めた。エレベーターはスーッと下へ降りた。ルビーは移動する各階のボタンを眺めて言葉が出ないまま、「はぁーっ」と、一つため息をついた。するとゾンビ達は、「ヒャッ、ヒャッ、ヒャッ」と、肩を上げてただ笑った。月島へ。悪しからず、と……
「ルビ~さん。そうじ~、おわりました~」
名付けて「ゾンビ隊」のリーダーが申し出た。リーダーは常にゾンビ隊の先頭にいた者だった。
ルビーはオブシディアンの肩へ飛び乗ると両足で立ったまま廊下をぐるりと一周して、床や窓など掃除が行き届いているかを確認した。
ルビーはオブシディアンからサッと降りるとこう言った。
「皆さん。有難うございます。お陰様で綺麗になりました」
ゾンビは、「ヒャッ、ヒャッ、ヒャッ」と、不気味に笑ったが、ルビーは彼らの表情になかなか馴染めず、「あははっ」と、苦笑いして頬を両手で挟んだ。
「では、皆さん。これから雑巾を洗います」
ルビーはゾンビを順番に洗面所へ誘導して一人ずつ雑巾をゴシゴシ洗うことを伝えた。余程楽しかったのだろう。彼らは、「ヒャッ、ヒャッ、ヒャッ」と喜び、妙に面白がる声が洗面所に響いた。ルビーに嫌な予感が過り何気に排水口を覗いて唖然とした。なぜならゾンビの皮膚や肉が剥がれ落ち、排水口が詰まってぷよぷよ浮いていたからである。見るからに綺麗と言えない。
「あの。皆さん。指の骨が丸見えですよ」
ルビーの目は大きく開いた。ゾンビは自分の手を高く上げると、今度は指の骨に顔をつけて隙間から天井を覗いた。 そして笑わなくていいのに、「ヒャッ、ヒャッ、ヒャッ」と、笑った。
ところで誰が洗面所の掃除をするのか? 掃除を終えた彼らは知らないであろう。
ルビーは深いため息をついた。それを見ていたオブシディアンは平然たる態度で片手を上げ水諸共にそれらを吹き飛ばし、一瞬でゾンビの手へくっつけた。ただし皮膚と肉が本人のものなのか、甚だ疑問なのだけれど洗面所はすっきりした。
「皆さん。有難うございます。これで解散です」
ルビーは感謝の気持ちでゾンビを送り出した。彼らはリーダーの後にぞろぞろ続いたものの、一体どこへ行くのやら……
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