第3話 超人型ロボットの目覚め
「ルビーさん。仕事の説明をします。断る人が多いので気になさらずに。もし無理でしたらその場でおっしゃってください。では社長、案内してまいります」
社長は小さく頷くと両腕を組んでルビーの爪の先から頭の先まで念入りに見つめ、「うぅ~ん」って、勘ぐった。
「もしや……。いや、せいぜい頑張りたまえ」と、労いの言葉を掛けた。ルビーは受付人と社長室を後にした。
「感謝感激です!」ルビーはワクワクして呟いた。受付人は「プッ」と、吹きだして、
「あなたのような人は珍しいです。大概あの場で断ります。そのうえ仕事に段階があり、誰も第一段階をクリアしておりませんがそこまで言っても止めませんか?」
「今日は何て素晴らしい日なの。明日が楽しみだわ」
「はぁ?」ルビーのあっけらかんとした表情に受付人はくすくす笑った。
エレベーターは地下一階へ下りた。受付人は倉庫を開けて様々な器具を見せながら扱い方を説明した。つまりルビーの仕事は二階から八階までの清掃だった。何せ今まで触れてない物ばかりかルビーにとって何もかも目新しい。ルビーは真剣に説明を聞きながら確実に記憶した。
「余談ですが二階事務所が厄介なんです。気性の激しい者がいるのでお気をつけください」
「はい。でも面白そうですね」
「なかなか手強いですよ」受付人は軽くため息をついた。
「ところでこのロボットは何に使うのですか?」
倉庫の奥にポツンと立った人型ロボットにルビーはふっと引かれた。
「ああ。それですね。社長が一週間前にご購入されたものです。説明書通りにしても全く動かないので修理に出したのですがどこも悪くないようなんです」
「スイッチはどこですか?」
「確か、ここに……? おかしい。消えてるわ」
「この辺りですね?」ルビーは何気に掌を当てた。するとどうであろう。ロボットの目が徐々に青く光った、と思えば姿勢を正してルビーと受付人を見つめた。
「ギャァァァーッ!」この世の終わりか。受付人は血相変えて倉庫を飛び出した。
「あら、動いたわ」ルビーはロボットの周りを一周した。衣装を着たマネキンに見えるそれは身長二メートル三十センチあるが、敢えて言うなら掃除用ロボットではない。顔に傷一つないもののごつい体格は、幾重も戦いを乗り越えた雰囲気を醸し出していた。
「初めまして。私はルビーと言います。あなたは?」
ルビーは巨体にも拘らず平然と質問した。青い瞳はルビーをじっと見下ろしていたが、左腕の袖を捲し上げ紫に浮き出た文字を顔の前で見せた。
「オ、ブ、シディアン……。まあ、偶然ね。お城の守護者と同じ名前だわ。と言っても一度も会ったことがないけれど。宜しくね」
ロボットは全く声を出さなかった。しかしながら瞳は倉庫の入り口へギロッと向いてゆっくり片足を上げ歩き出した。さあ、大変だ。ロボットが走った。ルビーは真っ青になって即座に追い掛け直ぐにロボットを追い越した。そして向きを変えると両手を思い切り広げロボットを突っぱねた。
「止まれ! 止まるのよ!」ロボットはバランスを崩し揺らめき倒れたが、ロボットは素早く立ち上がった。ただ、もう前進しなかった。
その頃。受付人が社長室で大騒ぎしていた。
「大変です。ロボットの、青い目が、睨んで……」
「君。落ち着きなさい。何を伝えてるのか全く分からない。誰か飲み物を持ってきてくれ」
「畏まりました」秘書は室内のドアを開けて別室へ入ると、カップを持って戻った。
受付人は飲み物をごくごく飲んでロボットが動いたことを伝えた。
「ロボットが急に動き出したというのか?!」
社長の太い眉が片方だけピクッと上がった。
「はい。そうです」受付人はゆっくり呼吸した。「それは、でかしたぞ!」社長はニンマリした。
「そ、それが謎なんです。ロボットのスイッチが消えていたのです」
「どういう意味なんだね。スイッチ無くして動いたって言うのか?」
「はい。そうです。ルビーさんがロボットの体に触った途端に目が青く光りました」
「この目で確かめたい。何はともあれ現場へ急ごう!」
社長は腰に両手を当て、「わっ、はっはっはっ……」と、大笑いし戦闘着を纏った。
社長は三十人の社員を、正確には兵隊なのだが、一分以内に彼らを動員し地下一階へそろりそろり降りていった。今にも戦争を起こす気なのか、厳つい武器や銃を身に付けていた。
プレーナイト社はどんな会社なのか……。頗る疑問であるがどうやら平凡でなさそうだ……
「待て!」社長は一階の踊り場で兵を停めた。地下は静かだ。爆発音もない。社長は一人で階段を下り倉庫へジリジリ進んだ。何やら少女の独り言が聞こえた。
「私はマンションへ帰りたいの。お願いだから倉庫へ入って下さいな」
ルビーはオブシディアンの背を必死で押していたのだけれど、まるで根を張ったように動かない。それにオブシディアンの瞳は青いままだ。
「聞こえているはずよ。どうして動かなくなったんでしょう。困りました」
ルビーはオブシディアンの正面へ回り青い瞳を覗いて、「クスッ」と笑った。どう見てもオブシディアンの瞳はルビーを眺めていた。
「ふぅっ」ルビーは俯いてため息をつくと壁に寄り掛かった。するとオブシディアンも同じことをした。
「えっ?」ルビーは咄嗟にしゃがんだ。オブシディアンもしゃがんだ。ルビーが歩けばオブシディアンも歩く。
「どういうことなの?」ルビーは走った。オブシディアンは追い掛ける。まるで鬼ごっこだ。ルビーは当惑した。
「いや、お見事だね。どうやってロボットを
社長は、「パチパチパチ」と、手を叩きルビーの傍へやって来た。
「わかりません」ルビーがお手上げの仕草をすれば、オブシディアンもそれをした。社長はその滑らかな動きに腹を抱えて爆笑した。
「いやーつ。笑ってすまなかった。しかし見れば見るほど魅了されるな。実は私の夢にある店が映って店の入り口にそのロボットが現れた」
社長は戦闘着をゆっくり脱いだ。
「ロボットは、『私を見つけなさい』と、言ったんだ。余りに生々しいから翌日その店を訪ねると、本当に夢のロボットが立っていたんだよ」
ルビーはオブシディアンをしみじみ眺めた。
「えっと。ロボットが全然離れないのです。帰ろうとするとついて来ちゃって……」
社長が顎に人差し指を当てツンツン突くとこう言った。
「ほう。では試してみる価値がある。おーい! 第五団体、降りてこい!」
社長は瞬時に戦闘着を纏うと手で何やら合図した。たちまち兵はルビーの三メートル先へ黒い塊となって現れ進行方向を遮断した。普通なら酷い圧迫感に押され冷や汗が顔から流れるはず。ところがルビーの鍛えられた精神力は並大抵でない。譬え命を狙われようと顔色に変化がなかった。
「さて、ルビーさん。ここを超えて家へ帰れるかな?」
社長が片腕をスッと上げた。兵が一斉に武器を構えるやいなやルビーとオブシディアンへ目を据えた。
「社長さん。私は家へ戻りたいわ。だからここを超えます」
ルビーにとってお茶の子さいさい、不可能とは言語道断である。ルビーは微笑んだ。するとルビーの瞳が鋭く輝きオブシディアンの青い瞳も美しく輝いた。それでどうなったか……
ルビーの瞬息で機敏な行動に皆は唖然とした。ルビーは壁や天井を容易く走り階段の踊り場へあっという間に移動したのだけれど、驚いたことにオブシディアンの方が断然速かった。オブシディアンはつま先で床を蹴るとルビーを抱え込みビルの外へサッと出たが、俊敏過ぎる動きにルビーさえ状況を呑み込めず狐につままれた顔だった。
一方、地下室の倉庫前は誰一人声を出せなかった。ロボットと少女が消えた真実を単に表現出来なかっただけかもしれないが、社長は大きく二回頷き途轍もない買い物をしたと納得し喜びながら階段を上がって行った。
「オブシディアン。私を下ろして」オブシディアンはルビーの足を地面へつけた。
「あなたに驚きました。ただのロボットではありませんね」
ルビーは、「クスッ」と、笑った。
「あなたはプレーナイト社の所有物。だから私と一緒に帰れないの」
ルビーは駐輪場へ歩き始めた。オブシディアンは動かなかった。ルビーは自転車を引きながら、「明日、仕事で来るわ」と、ロボットへ微笑みマンションへ帰った。そう。一人で帰ったはずだった。
翌朝。外で何やら騒がしい声がした。
「だから。そこを通りたいんだ。何でロボットがここに置かれているんだ?」
「ロボット?」ルビーは敏感に反応しドアをそろそろと開け、チャーミングな顔半分を隙間から出した。すると品のいい青年が、
「初めまして。僕は『ルチル』と言います。同じ階に住んでいますが、これをどうにかしてほしいのです」
ルビーがドアを開けて外へ出れば、オブシディアンが通路の真ん中へガッシリ立っていた。
「嘘でしょ……」ルビーは呆れた。それからルチルへ申し訳なさそうに顔を向けた。
「お早うございます。私は『ルビー』と言います。あら、ルチルさん。どこかでお会いしませんでしたか?」
「僕もそう思って……。あっ! 高速電車です。確か行き先を尋ねました」
ルチルは両拳を広げると自然に顔がほころんだ。
「あの時の人ね」ルビーも優しく微笑んだ。
「あの。ごめんなさい。実は会社のロボットなんです」ルビーが困った顔をすると、不思議なことにポケットから金のカードがスルリと落ちた。ルビーの手が届く前にルチルは薄っすら透けた王家の紋章に気付いた。と言っても普通の人に判りにくいがルチルはそうでなかった。
「王家の者がなぜここにいるんだ? それとも勘違いか?」ルチルは心で呟きルビーを見つめた。
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