第2話 ルビーのマンション

              ルビーのマンション 

 

 城からおよそ徒歩三十分。ルビーは途轍もなく広い駅に着いた。駅の名はコランダムステーションと言う。そこは国の中央にあるからどの地方へも行ける便利な場所だった。勿論、航空設備も整い空は飛行機も宇宙船も飛んだ。駅は様々な格好をした人たちが行き交っていた。

 ルビーは生まれて初めて見た駅に息を呑んだ。

「こんなに広大な土地があるなんて驚いたわ。飛行機や宇宙船は大きいのね」

 ルビーの体が感動で震えた。

「すごいわ。お城と全然違う」

 ルビーにとって全て物珍しくワクワクした。体をくるりと回転させゲームのように人混みの中を通り抜けた。ルビーは暫く駅の中を眺めた。ルビーの瞳は天井から壁まで忙しく動いた。天井は各星の観光案内がモニターで映し出され、まるで宇宙船に乗っている気分に浸った。壁はグロッシュラー王国の観光映像が現れては消えていった。

「美しいわ……」

 駅にいるだけで十分満足なルビーだった。しかしながら行き先を決めなければ旅、いや、冒険は何も始まらない。どこを向いてもたくさんの人が行き来している。どこが一番相応しい場所なのか……

 ルビーは金のカードをリュックから出した。すると見えない力に引っ張られ都合よくルビーを移動させた。

「電車の改札口だわ」

 ルビーは他人の行動を観察して得意げに改札を通った。どれもこれも新鮮で面白い。とは言えカードはまだルビーを移動させていた。

「どこまで行くのかしら?」

 ルビーはホームに立った。停車していた電車のドアが間もなく開きルビーはどきどきしながら乗った。車内は水色の座席が綺麗に並び、ルビーはカードが指定した席へ腰掛けリュックを膝の上に載せた。

 ルビーは窓に寄り掛かりホームを歩く人を眺めた。いろんな色の衣装や靴の形に目を見張り、身に着けて歩いたらどんなに楽しいかと、心が躍った。

「隣の席は空いてますか?」

 ルビーは城を出てから初めて他人と会話をした。

「はい。誰も座っていません」

 彼は座席へドサッと尻を着き、「はあ、はあ、」と、肩を上下に動かし荒い息をしていた。どうやら急いで走って来たようだ。

「あの。サンストーン行きですか?」

 ルビーは首を傾げた。それもそのはず電車に乗ったものの行き先を知らなかった。

「えっと……」ルビーは苦笑いをした。するとうまい具合に車内放送が流れた。

「この電車は『サンストーン』行きの高速列車です……」

 彼は「ふぅーっ」と、長いため息をついた。それから栗毛色の髪に手を当てると手前から後へ髪をとかした。彼はワイシャツの上のボタンを一つ外した。ルビーは目に映るもの全てが面白く目を丸くして彼の仕草を見ていたのだけれど、特定の星にしかない材質の紐が酷く気になった。首から下がったそれは見覚えがあった。


「終点。サンストーン駅です。ご乗車有り難うございました。またのご利用お待ちしております」

 乗車して僅か一時間で到着した。ルビーはゆっくり立ち上がったが、彼はさっさと座席から離れホームへ出た。相当急いでいるのだろう。ルビーが電車から降りると彼の姿は見えなかった。

 ルビーは改札を出た。見たことのない高層ビルが聳え立ち、碁盤の目のような窓に室内の様子が映り感動していた。

「さて。私はどこへ向かうつもりかしら」

 ルビーは辺りを見回しつつリュックを肩へ掛けようとした。ところがグイッと何かに引っ張られ手が軽くなった。つまり荷物が盗まれたのである。普通なら茫然とするであろうが、鍛えられたルビーは冷静そのもの。咄嗟に駆け出し高くジャンプして瞬時に荷物を取り返した。逆に奪われた盗人はあまりの速さに、何が起きたのか分からず茫然としていたから面白い。ルビーは盗人の前で、「これは私の荷物よ」と、笑った。それからカードの導く方へ再び歩き始めた。


 ルビーがサンストーンに着いて最初に訪ねたのは不動産屋だった。と言っても人は誰もいない。建物の中に幾つか自動販売機が置かれていただけだった。

「売り切れ? ああ。そういうことなのね。赤く表示されてないボタンに触れたらどうなるのかしら」

 ルビーは手探りでボタンを押した。自動販売機から唐突に案内の音声が流れた。

「いらっしゃいませ。ご希望の建物の部屋はただいま空いております。お金を入金するか、またはカードを照らして下さい」

 その声に驚いたルビーは反射的に数歩下がって身構えた。

「お金を入金するか、またはカードを照らして下さい」再び音声が流れた。

「カード? ここかしら」ルビーがそれをすると、下から契約書と案内の地図がひょっこり出た。

「有難うございます。ただ今よりお部屋を自由にお使いいただけます」

 ルビーは地図を頼りに数分歩くと二十階建ての白い建物に着いた。入り口に小さな門と庭があり彩りよく花が咲いていた。その先にピンクの蛍光色で縁取られた黄色いエレベーターがあり、ルビーは派手な色合いに目がちかちかした。ルビーがドアを開けると小さな子どもがスーッと滑り込んだ。「セーフ!」男の子は呟いた。ルビーはLOVEと言う階のボタンを押してから契約書を読み始めた。男の子はニヤッと笑った。LOVEは最も高い階だった。「チン」到着音が鳴った。ルビーが顔を上げると男の子が消えて男性が立っていた。ルビーは狐につままれた気分になった。

「はじめまして。私は『中島』です。すてきなお嬢さん。こちらは初めてですか?」

「はい。どうぞ宜しくお願いします」

「ああ、僕も来たばかりです」

 ルビーが頭を下げてゆっくり顔を上げると、男の子がスキップでドアを出た。

「まあ、なんて面白いのかしら。男性が縮んだわ……」ルビーは「クスクスッ」と、笑いエレベーターを降りた。それから部屋を探し始めた。

「LOVEのいち、に、さん。あったわ。私はここね」


               謎なルビーの仕事


 ルビーがマンションへ入居したその日、LOVE階の空き部屋が同時に埋まった。それぞれの名前は偶然に、「島」が付いた。「中島」「田島」「月島」と言った具合である。「中島」は既にエレベーターで会った、体の大きさを自在に変えられる宇宙人。そして「田島」は人と言えない人だった。ルビーが部屋の鍵を開け室内へ入ろうとするやいなや、急に体が凍え手が悴んだ。まるで真冬。ルビーは外気に違和感を感じてエレベーターへ視線を向けた。すると、「もし~。私は田島です……」と、妙に疲れ果てた人に挨拶をされた。そこに只ならぬ雰囲気が漂った。言っておこう。田島は幽霊だった。世間知らずは怖さ知らず。ルビーはそうとは知らず、

「ルビーです。どうぞ宜しくお願いします。ハックション! 寒いですね」

 何とまあ、呑気に挨拶を交わしたか。ルビーは笑顔で手を振り部屋へ入った。

「ハックション!」ルビーはまたくしゃみをした。

 さて「島」三人。揃ったのに理由があるのだけれど、残る「月島」はどんな人物か、後にお知らせしよう。


 この日。ルビーは世間でいう「仕事」をしてみようと思った。不動産屋を出てマンションへ向かう途中で、甘栗顔の人がビラを配っていた。

「お姉さん。こんな仕事はいかがかな? 有名会社へ勤務する大、大、大チャンスだよ」

 意味不明なウインクをされてビラを貰った。赤い文字で、”根性ある方求む! あなたの力を是非、活かして下さい。特別報酬あり!”

 ルビーは甘栗顔に興味はなかったが、金色で縁取られた派手なチラシにルビーはワクワクした。ただ甘栗顔はルビーの姿が見えなくなると胡瓜男に変わっていたが……

 マンションへ戻ったルビーは早速、備え付け電話から連絡を入れた。

「〇△□……。トゥトゥトゥ……。はい。こちらはプレーナイト社です」

 ルビーはチラシを見て電話をしたと伝えると、

「では仕事の説明を致します。当社へ午後三時にお越しください」

 ルビーは初めての経験に無上の喜びを感じたが、まさか運命の扉を開けたと思ってなかった。


 ルビーは電話画面から会社の位置を確認した。

「各駅電車で一駅ね。それに、自転車専用道路がある。それがいいわ」

 さてグロッシュラー王国のお姫様。城の庭を自転車で優雅に漕いだ思い出が蘇り、ビルとビルの合間の美しい自然をゆったり眺めたくなった。ルビーは備え付け電話の画面から丁度良い品を探して注文した。僅か七分後。

「ピンポーン。お届け物です」

 ルビーがドアを開けると胡瓜に似た店員が立っていた。

「あら、この品だったかしら?」

「はい。実はお客さまにこちらがお似合いだと店長が申しました。差額はいただきません」

 どういう風の吹き回しか注文と違う白い自転車が届いてルビーはきょとんとした。

「あの。ありがとうございます」と、呟いた。この時店員と不思議な所縁ゆかりを感じた。

「では、失礼いたします」店員は酷く丁寧なお辞儀をして帰った。

 ルビーは時計を見た。時間は十分あったが、それであちこち眺めながらプレーナイト社へ向かうことにした。


「ビルの真ん中が空洞なのは風通しを良くするため?」

 ルビーはしみじみ眺め玄関へ入った。

「こんにちは。ルビーです」すると受付の人が、「仕事希望者が見えました」誰かに連絡を入れた。

「では案内しますのでこちらへどうぞ」

 エレベーターで最上階へ上った。ルビーは社長室へ通された。ただ怪訝な顔をされた。

「ルビーさん。体は丈夫ですかな。この仕事はハードだよ」

 どうやらルビーはもやし娘に見えたようだが、「至って元気です」と、啖呵たんかを切った。

「皆、出来ると言う。でも次の日から出勤しないよ。やめるなら今だよ」

 これは脅しか警告か。それでもルビーはきびすを返さず、「大丈夫です。どうぞ宜しくお願いします」

 にこやかに返事をした。  




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る