オブシディアン(王家の守り)

菊田 禮

第1話 オブシディアン

              オブシディアン


「ルチル、撃てぇぇっ!」オブシディアンの叫びだった。

 耳を劈く《つんざく》ルチルの銃声。空へとどろくそれは奴の口へ上手く入った。しかしながら奴が消えるまで僅かに時間が掛かる。間に合わない。オブシディアンは叫ぶと同時に光の速さでルビーの前へ立ちはだかった。が、その瞬間、ルビーへ襲い掛かった奇妙な宇宙生物は何かへ激突するやいなや、「ドッカーンッ!」と、衝撃音を辺りへ響かせた。この上なく、どうしようもない醜い顔がオブシディアンの胸を見事に貫通した。と、思えばルチルの放った弾が効力を発揮し醜い生物を跡形なくこの世から消した。僅か一秒の出来事とはあまりに速過ぎた。

 圧倒的な宇宙生物の威力と恐怖を瞬時に見せつけられたルビーは、ただオブシディアンの変貌に唖然とし声すら出せなかった。

 オブシディアンの瞳は闇へ吸い込まれ青い輝きがスーッと消えた。そして無力化したオブシディアンはガラクタ同然に地上へ引っ張られ落下した……


 一年前……

「王さま。大変でございます。オブシディアンがおりません。城の中を隈なく探しましたが見つからないのです」

 グロッシュラー王国の第一家臣がバタバタ駆けて王へ報告した。

 オブシディアンとは人間でもロボットでもない、摩訶不思議な守護者である。守護者は二足歩行し見かけはまるで戦士だったが、人にない美しい紫の瞳をしていた。オブシディアンは勝手気ままに敷地内を移動した。それだけならいいが音も声も出さない物静かさが度々城の者を驚かせた。気付いたら隣に座っていたり振り向けばそこにいたり……

 さて話は変わる。ルビー姫は生まれてこの方オブシディアンの姿を目にしていない。オブシディアンは最も守るべき者がいると一定の期間だけ姿を現さない言い伝えがあった。最も守るべき者。それは俗にいう平和が乱されるときに現れる王家の救世主のことだったが、かつて平和だったせいか百年もの間それが皆無だった。単なる噂ではないかとさえ城の中で囁かれた。ところがルビー姫の誕生で少しずつ噂が現実味を帯びた。なぜなら姫の誕生した晩に妙なことが起きたからである。王家の紋章の浮き出た黄金のカードが姫の前でゆっくり回転しきらきら輝いていたという。ただし姫以外の者が触ろうとすれば瞬く間に数メートル跳ね飛ばされた。まさしくそれはオブシディアンの一部だったが、あろうことか百年の時がその記憶を忘れさせ誰も知り得なかったから面白い。

 

 ある日のこと。一歳の誕生日を迎えた姫が王妃と手を繋ぎ庭を散歩していた。すると庭の木陰からオブシディアンが音もなく姿を現した。幼い子どもならその巨体に驚き泣いて母へしがみつくだろう。しかしながらルビー姫はオブシディアンの横をよちよちと素通りしたのである。

「ルビー? まさかオブシディアンが見えてないの?」

「はっ?」母は片手で口を押さえ目を大きく開けて何度も瞬いた。

「本当にオブシディアンが……。見えてないの?」

 王妃の呟きが聞こえていたのか。オブシディアンは不意に振り向き口元を少し上げ、「ニヤッ」と笑った。すると庭の景色が闇に飲み込まれ辺りの風景が図書館のように変わった。随分重々しい風景だ。独特な本の香りが広がり王妃とルビー姫、そしてオブシディアンの三人だけが立っていた。そこは床から天井までびっしり本が並び紛れもない城の中の図書館だった。とは言え鳥のさえずりがよく聞こえるこの空間は、一体何なのか王妃は困惑した。

 さて王妃はルビー姫の元へ歩こうとしたが体が動かない。しかしながらルビー姫はよちよち歩いた、と思えばゆっくりしゃがみ何かに引き寄せられるようにハイハイで進み始めた。不思議なことにルビー姫が進むほどオブシディアンの体が濃い紫色に覆われた。

 オブシディアンの片手がふっと上がった。その先に紫色に煌煌と輝く一冊の本が映ったが、最も下段に置かれたそれは小さな子どもでも十分に触れられる位置だった。だからルビー姫はまっしぐらに進んだ。光は彼女の体へますます強く差し姫そのものが半透明化して、並んだ本が透けて見えた。ただぼやけた輪郭だけがゆらゆら動いていたが、小さな指がそっと本へ触れた途端それすら消えてしまった。王妃は駆け寄って、「ルビーっ!」と、叫ぼうとしたが体が微塵も動かない。王妃の頭の中は真っ白になった。


「王妃さま。王妃さま……」

 傍にいた家来が王妃を抱き上げ声を掛けた。王妃は目を開けるとはっとして、「ルビーはどこ?」上半身を起こし辺りを見回した。

「姫さまならあそこにおいでです。傍にオブシディアンがついております」

 ルビー姫は大きな本の上にちょこんと座りオブシディアンは片膝を立て小さな彼女を眺めていた。手入れされた芝生に鳥の囀り、青い空。まさに散歩していた同じ風景。しかしながら幻想で見た紫色に光る本はなかった。

 王妃が姫へ近付くとオブシディアンがつっと立ち上がり去ろうとした。

「待って! オブシディアンそれは何なの?」

 白い蝶がルビー姫の前へひらひら舞った。ルビー姫は目をくりくりさせ蝶を掴もうとしたが、腰掛けていた本の上から芝生へ転がり仰向けになった。姫は寝が入りを打った。するとどうであろう。本が自然に開かれそのページにはこう書かれてあった。

「最も守るべき者。ルビー姫。ルビー姫を鍛えよ。そしてオブシディアンが城から姿を消すとき、姫は旅立ちのとき。旅立った姫はやがて城を守るために戻り王妃となるであろう」

 王妃は人差し指を当て記された文字をこんこんと目で追った。そこにルビー姫のなすべきことが事細かに記されていた。

 王妃はルビー姫を抱き上げ城の中へ戻ることにした。王妃は家来を呼び、「お願い。その本を持って」と、命令をした。

かしこまりました」

 家来は腰を下ろし両手で本を掴んだものの、どんなに力を入れようと一向に持ち上がらなかった。

「王妃さま。二進にっち三進さっちもいきません」

 厚さ五センチ長さ三十センチ幅二十五センチの本が大の男一人で持てないわけがない。

「どういうことなの?」

 王妃が首を傾げるとオブシディアンが片手で易々と本を持ち上げ、城へ向かって静かに歩いた。王妃はルビー姫を抱いたままオブシディアンの後ろを追い掛けたが、夢か現実かまるで分からなかった。それは暗い迷路へ足を踏み入れ一人当惑し見つけた光を頼りに歩いているようだった。

 

あれからルビー姫はすくすく育った。傍でオブシディアンが見守っていたとも知らず、本に記された通りあらゆる武道で体を鍛えた。人間だけでない。猛獣や奇獣。宇宙生物とも戦った。ああ勿論、シミュレーションだけど。それでどうなったか。城中どころかそこらの星でルビー姫に敵うものはいなくなった……

 

 さて話は元へ戻る。城はオブシディアンが消息を絶ち大慌てだ。

「王さま。これは姫さまの旅立ちの時ではありませんか?」

「いよいよ来たか」

 王は椅子の背に寄り掛かり深くため息をついた。方や王妃は出来ることならルビー姫をどこかへ隠したいと思った。なぜなら城で育った姫はある意味何も知らないからである。城の外で果たして生きていけるのか……

 どんな危険が待ち構えているか想像がつかず、たった一人でルビー姫を城から出す恐ろしさは、王妃の胸を酷く痛めた。しかしながら本のお告げは絶対のものだった。ただ一つだけ王妃の心を支えたものがある。それは姫の誕生とともに現れた黄金のカードが王妃の支えとなった。カードはどんなものも買え姫を助けると本に記されていた。

 翌朝。ルビー姫はリュック一つ背負い王の部屋へ向かった。服装は一般的な街の女性のファッションだった。

「今までお世話になりました。私は本に記された通り旅立ちます。旅先で何があるか分かりませんが、私はまた城へ戻ってまいります」

 ルビーは丁寧にお辞儀をした。

「あなたなら大丈夫。でも、どうかご無事で」

 ルビー姫は王と王妃に別れを告げたった一人で城の門を出た。


   消えたアゲット国の王子


 グロッシュラー星の隣の隣のそのまた隣にレモネード星があった。その星のアゲット国に一人の王子がいた。そんな書き方をすると大概、どこかのお嬢さまやお姫さまと巡り合い波瀾万丈の末、恋に落ちる展開になるだろうと予想するが果たしてこの王子はどうであろうか……。そうそう。まずは王子のことを知らせよう。名は「ダイヤ」と言う。すーっと伸びた肢体に背は高く意外と筋肉質な青年だった。ちなみに十八歳。ルビー姫より一つ年上なのだけれど王子は実にわがままだ。欲しい物はどうにかして手に入れる強い性格でそれがいいのか悪いのか、手に入れた剣を持たせたら自分の手のように扱えた。それだけでない。腕前も一流だった。ここは褒めておこう。とは言っても王子の剣は王家のではない。ある星で腕利きの鍛冶屋を見つけ勝手に依頼したものだ。王家代々の剣はそっちのけである。それゆえ王家にとってはみ出し者だ。しかしながら王子より強い者がいないから文句も言えない。王家の者達は身勝手な王子の鼻をへし折りたくて各々の星から強い者を呼び集めた。するといい具合に試合の申し込みが殺到したもののあっけなく終了した。だからと言って王子は決して天狗にならなかった。そこは意外と謙虚だったが……。いやいや、王子は剣に留まらずとにかく珍しいものに目がなかった。噂を聞けば他の星であろうと王の許可なく勝手に出掛けるから困った。

「身分をわきまえるんだ!」王に何度怒られたか。

 王子は全く持って図太い性格で全然懲りなかった。ほらまた聞こえる……

「だめですったら、だめです!」

「ルチル。頼む。これっきりにするから。そこへ一緒に行こう」

「だめです。絶対だめです!」

 ルチルは王子に面と向かって断った。ルチルは王子より二歳年下の大臣の息子。幼いころから王子と剣の稽古に励み互いに勝負をしてきた。しかしながら少々華奢きゃしゃな体格で長時間稽古をすると、足元がふらつき体力的にルチルが負けた。ただルチルは王子に勝るものがある。それは機敏な動きと拳銃の命中率だった。彼は決して外さない有能な家来で、常に自身の守りであるクオーツペンダントを首に掛け行動した。そんなルチルなのだけれど一週間前までグロッシュラー星のグロッシュラー王国へ滞在していた。そこはルビー姫の出身国だが彼は何をしていたのか……

 ルチルは年齢こそ全然達していないが、真面目で優秀な大学生をしていた。勉学に励む十六歳が酷く珍しく大学生の注目の的だった。ルチルはそのせいで胡散臭うさんくさい男と出会う羽目になったのだが……

ルチルは在学中に一度だけ珍妙な雑貨店へ入ったことがある。大学からそう遠くなく徒歩で行ける距離だった。ルチルは気休めにふらりと寄った。店内は薄暗くふっと眉間にしわが寄った。少し奥へ入ると、見たことのない珍妙な商品が疎らに展示され、ルチルの目が大きく開き眉間の皺は綺麗に伸びた。ルチルはまるで異世界にいるような不思議な気持ちになったのだけれど何を隠そう、店に見えるこの場所はルチルが感じた通り異次元空間だった。それを知っていたのはオブシディアンだけである。なぜなら彼はそこからやって来た。

 それはさて置きルチルは豊富な品数に見れば見るほど心が躍った。ルチルの頭は右側へ移動しながら腰の高さから天井まで何度も往復した。不意にルチルの目が留まった。緑色の光沢、七色に輝く弾に彼は釘付けられた。その独特な色合いはまさにヤマトタマムシと言っても過言でない。どの角度から眺めても実に美しい。ルチルは生唾をごくりと飲み込んだ。その弾は羽がついて飛ぶのではない。噂では別の星へワープさせる妙妙たる弾だった。

「ここで出会うとは天にも昇る気持ちだ。なんて素晴らしく運がいいんだ!」

 ルチルは大臣の息子だから相応な暮らしをしていた。と、言いたいが学生のルチルは質素で節約暮らしだった。では、「アゲット国は貧乏な国なのか?」いやいやそうではない。ルチルはそれを楽しんでいた。つまり金持ちであろうとなかろうと本当に倹約家なのである。王子と違って仕送られた資金は無駄に浪費せず宇宙銀行へごっそり貯めていた。お金は使う時を選んでこそ価値がある……

 ルチルは店員を探した。店員は隣の列で商品を並び替えていた。筋張った緑の肌にボツボツしたイボが特徴的な人だった。見るからに胡瓜きゅうりに似ていた。

「あの、すみません。あちらの商品を購入したいのですが。高い位置にあるので取っていただけませんか?」

 店員はゆっくり頷くやいなや姿を消した。摩訶不思議なことだ。ルチルは自身が何者なのかを忘れ、この世と違う真っ新まっさらなだだっ広い空間にぽつり立たされていた。「何が起きた?」ルチルはハッとして目を擦り、恐る恐る開けるとそこは訪れた薄暗い店内だった。ルチルは胸を撫でおろし、「ふぅっ」と、ため息をついた。ただ胡瓜に似た店員はいなかった。代わりに美しい紫の瞳をした大男が立っていた。

「お客様の欲しいものは、これでしょうか?」

 男の手にヤマトタマムシに似たあの弾があるではないか。

「驚いたな。どうしてわかったんですか?」

 男はニヤッと笑い、「弾があなたを指していました」と、妙なことを言った。

「はぁ……」ルチルは理解不能だったが気を取り直して、

「それを購入したいんです。かなり高額と思いますがいくらでしょうか?」

 男は片手で指三本立てた。

「えっとそれは三マロン(三百万円)ですか?」

 男は首を振って頭を少し下げた。ルチルは困惑した。

「では、三十万円?」男は首を振り続けた。

「三万円、三千円……さ、三百円?」

 漸く頷いた。ルチルは唖然とした。

「はっ? 本当に三ピーチ(三百円)なんですか?」

 男はまたニヤッと笑った。

「では、こちらへどうぞ」

 ルチルは男の後ろを歩いた。男の体から紫のオーラが煌煌と輝き辺りを照らす気配を感じた。と同時に、人間でない存在も直感した。

「まさか化け物か? ああ、考えすぎだな」

 自問自答しながら木目調のテーブルと椅子のある場所へ案内されたのだけれど、ルチルの第一声は、「はぁ……?」ため息交じりの仰天だった。店のどこにこんな広い場所があったのか。いや、これこそ有り得ない。ルチルは目を疑った。それもそのはず重々しい本が部屋中ぎっしり並び恰も歴史ある図書館だった。ルチルと男以外誰もいなかったもののなぜか人の気配はあった。

「そこへお座り下さい」男は丁寧な口調で言った。男の口は一切開いていないが声は響く。

 ルチルは言われた通り静かに椅子を引いて腰掛けたが、二秒ほど男の顔を眺めた。

「ここへサインをお書きください」

 男は白い用紙を机に置いて書く場所を指定した。ルチルは何か引っかかり一瞬だけ躊躇したが、妙妙たる弾を目の前に置かれルチルは言われた通り書類へ記入した。男はそれに手をかざし目を閉じた。

「まさに相応しい」確認するように呟くと、ルチルの名前が紙からふわふわ浮かんだ。男は両手で文字を挟みこみ祈るような仕草から合わせた手を離した。すると文字は金色の粒子に変わり空へ消えた。不思議なことがあるものだ。『グロッシュラー王国の秘宝をあなたへ一生お貸しします』見る見るうちに書類へ文字が現れた。

「こ、これは一生のレンタルだったのか!?」ルチルが驚くと男はニヤッと笑った。

「あなたが生きている間、あなたの国とグロッシュラー王国を助けるでしょう」男は深く頷いた。

「あの。一つ質問して宜しいでしょうか? あなたはどこから声を出しているのですか?」

「私は私から声を出している。いずれ分かるかもしれないが分からないかもしれない」

 男はまたニヤッと笑った。


 あれから三か月過ぎた。大学卒業後、ルチルは宇宙船で一週間かけてのんびり国へ戻った。到着するとそれはそれは盛大な迎えだった。ルチルは王と王妃、王家の者へ丁寧に挨拶をして部屋へ戻ったのだけれど、早々に王子から呼び出しがあった。ルチルは着替えをして王子の部屋を訪ねた。

「失礼いたします」

「ルチル。大人っぽくなったな。それに随分背が伸びた」

「はい。当時十四歳でしたから。今はダイヤさまと身長が並びます」

 ルチルは片膝をついて答えた。王子はルチルの横へ並び腕を握って立たせた。「なるほどね……」互いに笑った。

「ルチルは大学でかなり優秀だったらしいな」

「とんでもございません」

「ところで何か面白い話はないか? ルチルがいない間ずっと退屈だったんだ」

 王子は腕を組んで椅子へ座り足を投げ出した。

「ダイヤさま。そのお姿を王さまに見られたらお叱りを受けます」

「相変わらずいちいち細かいな」王子は姿勢を正した。

「話は大学についてでしょうか?」

「ああ。それはいいよ。他にないか?」

 王子は興味津々な目つきでルチルを眺めた。ルチルは少し考え三か月前に手にした珍しい弾の話を語り始めた……

「珍しい物ばかりを扱う店だった」

 ルチルは大理石に映る自分に、「もう一度行ってみたい」と、うっかり呟いたのが最大の誤りだった。当然であろう。王子も目を輝かせ、

「そこへ是非、行こうではないか!」と、言いだしたから堪らない。こうなると我がままな王子は頑として節を曲げなかった。つまりこの話はルチルの胸の内に仕舞っておくべきだった。

「だめです。絶対にダメです!」ルチルはきっぱり断ったが無駄だった。

「そこへ行こう! 何かに巡り合いそうだ。それに高速宇宙船なら一日で着く。明日出発だ!」

 王子は椅子から立ち上がり数歩前へ進みルチルの手を握った。ああ、つい、うっかり呟いたのが大変なことに。ルチルは墓穴を掘った。


 その日の夜中。王子とルチルは行き先だけメモに残しグロッシュラー王国へ出発した。ルチルは殆ど寝ていなかった。

「ダイヤさま。戻ったら大目玉ですよ」

「いつものことさ」王子は気楽に答えたがルチルの気は酷く重かった。

「どうか無事に帰れますように」ルチルは切に願った。

 翌日の午前十時。二人は店を訪ねた。ルチルは重い気持ちを引きずり店へ入った。

「そういえば胡瓜のような店員とあの男がいない」

 印象深い彼らだったが大方人が入れ替わったのだろう……。ルチルは一生の不覚になると思いもせず店内を眺めた。つまり、あろうことか王子の存在をすっかり忘れ商品に見入っていた。

 王子は入り口に置いてあった均整のとれた人型ロボットに関心を持ち嘆息した。

「売約済みか……」

「お客様、大変お目が高いですね。でも、申し訳ございません。こちらのロボットは昨日ある方が大変お気に召され、ご購入されたばかりのお品物でございます」

「それならこれと同じものを注文したい」

 王子は腕を組んだ。

「大変申し訳ございません。当店は展示品のみで、これと同じ商品が今後入るか分かりません」

 王子は喉から手が出るほど欲しかった。実に残念がった。

「諦めるしかないか……」

 珍しく王子は引き下がり店内へ入ったのだけれど、ふっとまた外へ出てロボットを眺め何の気なしにその腕に触れた。その途端、王子は跡形なく消えた。

 あれから数日経ったが王子は未だ行方不明だ。王子の傍らにいながら行方を見失ったルチルの罪は当然重く、見つけ出すまで城から追放されたが途方に暮れたルチルはこれから一体どうなることやら。そして旅立ったルビー姫は今どこへ?


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