初めての運転免許証

すかーれっとしゅーと

初めての運転免許証

運転免許センターの待合室。

ソファーに腰を下ろし、1人待っている。

3年前のある信じられない出来事を思い出していた。



★★★



車を運転するために必要なもの、それは運転免許証である。


【運転免許証】

自動車を運転するために必要な証明証。

車の運転を必要とする仕事は、それなりに多いため、取得していると、就職に有利。

最低限の身分証明として有用。


ただ、自動車のことを知らないと、配布されないので、実地と学科の教習が自動車教習所や自動車学校で行われる。


俺も、運転免許証を取得するため、自動車教習所に通っていた。

そして、ついに運転試験に合格し、運転免許証が家に届くことになった。

事前に来ていた通知によると、今日の朝10時頃に到着するらしい。


ピンポーン


待ちに待った時間が来た。運転免許証が届いたようだ。

俺は、心を躍らせて、玄関のドアを開けた。

そこには、ポニーテールの若い女性が立っていた。

顔や身長から見た目の胸の大きさまで、好みど真ん中である。

でも、彼女は配達員。ここでナンパをするなんて非常識もいいところである。

こういうこともたまにはあるさ……。


「こんにちはー、沢渡さわんど健司けんじさんのお宅ですかー?」

「はい、そうです」

「では、健司さんご本人ですねー」

「はい」

「運転免許証取得試験の受験票を見せてもらえますかー」

「……ああ、これですね」

「はい、確認するですよー」


女性は受験票を受け取ると、何やら機械を取り出し、チェックをし始めた。

受験票のバーコードと、彼女が首から下げている札にあるバーコードを、ピッピと機械に押し付けているようだ。

運転免許証は、身分証明にも使える、とても大事なものだ。

取り違えや配達間違いなどは許されない。

それもあって、厳重にチェックしているのだろう。


「……はい、しかと、沢渡 健司さんと確認取れましたですよー」

「……そうですか」


これで晴れて車を運転できる。

就職にも有利になるし、車を購入して女の子をドライブデートに誘うことができる。


「はじめまして、私、運転免許証の々良たら 美奈子みなこというですよー」


不意に目の前の女性が、自己紹介を始めた。

今、「運転免許証の」とか言ってなかったか?


「運転免許証歴、1年未満の新人ですが、どうかよろしくお願いするですよー」


運転免許証「歴」って聞こえた気がするのだが。


「ああ、多々良さん、で、運転免許証をくれるんじゃないの?」

「はい、運転免許証として訪問したですよー」


話がわからない。彼女は何を言っているのだろうか。

そうか、この、こんなにかわいいのに頭は残念なひとなのか……。

こんなひとに関わると碌なことがない……。


「……すみません、宗教は間に合ってます……」

「……えっー?ちょっと、そうじゃなくてー……」


彼女は何か言っているが、俺は強引にドアを閉める。

これは、聞いたことはなかったが、「運転免許取得サギ」というものか。

気を付けないとな。

しかし、巧妙だった。受験票のチェックや俺の名前も知っていたし、世の中恐ろしい……。


ピンポーン


30分後、チャイムが鳴ったので、再度ドアを開ける。


「……ひどいじゃないですかー、心が折れるですよー」


先程の女性が、半べそを書きながら、立っていた。

まだ帰ってなかったのか……。


「健司さーん、これを読んで欲しいのですよー」


彼女は、冊子を渡してくる。頑として受け止めるつもりはなかったのだが……。

冊子には「新たに運転免許証を受け取る方々へ <人型編>」と書いてある。

その下には、県の公安委員会や免許センターの名前も記入されていた。


この冊子は本物のようだ。


冊子を手に取り、最初のページを読んでみる。




新たに運転免許証を取得したアナタへ


おめでとう、アナタは5万人の中から選ばれました。

人型の運転免許証が配布されます。

運転免許証といいますが、そのひとは、国家公務員です。

運転免許証という仕事に誇りを持っています。

これから3年後の免許更新まで、運転免許証として、一緒に生活してください。

尚、生活費は、近くの役所で手続きをしてもらえれば、支給いたします。




……なんと、そんなことが……。


「……えっ?人型の運転免許証って……」

「ハイ、私のことですよ」

「国家公務員って……マジで?」

「はい、運転免許証になるべく国家試験がありまして」

「……俺と一緒に生活って……本当?」

「……運転免許証ですから」


普通に答えられた。

いや、簡単に一緒に暮らすって言うなよ……。


「これって、断ることはできる?」

「……えっ!私のこと、嫌いですか……」

「い、いや、そういう意味でなくてね……」

「あ、でも、断ると、運転免許返納ということになりますですよー」

「返納というと?」

「はい、返納した場合、10年間運転免許を取得することができなくなりますですよ」


……それは困るが、今の状況も困るんだが……。

とりあえず、このまま玄関で話し込むのも良くない。

彼女を家の中に招き入れる。


「……ここが私がこれから過ごす家……」

「……いや、まだ……、何でもない……」


俺は反論したくなったのだが、彼女の何とも言えない笑顔に毒気を抜かれた。

何度も言うが、彼女の容姿は俺の好みである。強く言うことができない。

テーブルを間に対面して座る。


「なあ、多々良さんよー、どういうことか説明してくれないか」


正直、この冊子を読むよりは、目の前の「運転免許証」本人に聞いた方が早い。

そう思い、俺は彼女に説明を促す。


「えー、コホン」


彼女は、軽く咳払いをして、説明を開始した。


「これはー、国の少子化対策なのです」

「大きく出たなぁ」


そう言ったものの、いまいちよくわからない。


「3年間、免許を更新するまで、私は健司さんと一緒に過ごします」

「過ごすというのは、どんな感じで?」

「普通に免許証を携帯する形で?」

「アンタ、人間だろ?携帯できないじゃん」

「そこは、ここにカードがありまして」


彼女は、1枚のカードを出してくる。本来の運転免許証がそこにあった。

あれ?これでいいのでは?


「おいおい、アンタいらないだろう、そのカードがあれば」


俺のそんな声に「チッチッチ」と言ってくる。


「わかってないですねー、健司さん」


わかってないから、説明を求めてるんだよ。


「アナタは何も考えなくても、好みの女性が手に入るですよー、ユーシー?」


ユーシーじゃねえよ、しかも自分で「好みの女性」と言いやがる。

確かに、悔しいけど、好みドストライクだけどさ。


「そこまで言うならさ」


俺は、少し彼女に近づいて、手首をつかんだ。


「挨拶代わりにアンタにいたずらしても、いいよな!」

「きゃっ!」


かわいい悲鳴が響いた。

だが、俺の視界は1回転し、いつの間にか倒れ込んでいた。


「どういうことだ……?」


俺は自分がやろうとした行動を端に置いて、質問していた。


「もー、いきなりなんだからーびっくりしましたですよー」


かわいい笑顔の彼女は、特に動揺していないようだ。

確か、悲鳴を上げていたと思ったのだが……。


「健司さん、私たち『運転免許証』は、護身術を嗜んでいるのですよー」


護身術、ね。見た目は華奢なのに、ご苦労なこって。


「私たち、知らないひとに奪われると、持ち主の身分証明になってしまうので、暴漢から身を護る必要があるのですよー」


変に納得できる理由だった。

コイツ、人間のはずなのに、コイツだけでも俺の身分の証明ができる……パードゥン?


「それと同時に、さっきのアナタみたいに、むやみに襲ってくる持ち主からも身を護るためにも、この護身術は便利ですねー」


こんなかわいくて華奢なのに、護身術で触れることができない。


「そして、私たちが承諾なく手籠めにされた場合、免許取り消し及び、強姦罪となるのですよー」


おいおい、手も出せないのかよ、それでいて一緒に住むって……。

しかし断ることも無理。これはいろいろ大変なのでは……。


「健司さん」

「……」

「そんな顔、しないのですよー」

「……」

「健司さんは運が悪いって顔、してるけど、私は運がいいかもですよー」


そこまで言って彼女はこう言い放った。


「だって、私、アナタと上手くやっていけそうだから。ねー」


ウインクしてきた。


そんなある冬の日、人型「運転免許証」との生活が始まった。





★★★






沢渡さわんど 健司けんじさーん、8番受付までお越しください」


館内放送が流れる。

俺は、8番受付に向かった。少し緊張している。

なぜここまで緊張しているのだろうか。

8番受付の前にたどり着いた。


「沢渡 健司様ですか?」

「はい」

「この書類に、間違いないでしょうか」


そこには「人型運転免許証解約手続書」と書いてある。

そうだ、俺は人型免許証を解約する。


「はい、間違いないです」

「では、これも確認お願いします」


受付の女性は、小さい紙を取り出し、確認するように促す。


「記載内容に間違いはないでしょうか」


俺は手に取る。

氏名、住所、誕生日、本籍地。間違いはない。


「間違いはないです」

「免許証は後で、お届けいたします」

「……わかりました」


俺の答えを聞いて、彼女は微笑んだ。


「では……、手続きは終わりです、無事に返却手続きが終了しました」

「ありがとうございます」

「彼女は、第5会議室で待っているだろうから、早く行ってあげて」

「はい」


俺は軽くお辞儀をして、第5会議室に向かう。

その会議室には、イスと机があり、30人くらい座っていた。

1人で泣いている女性もいれば、笑って男女2人で話しているひともいる。

悔しそうな顔をした男性がいたり、嬉しそうな女性がいたり、表情は様々だ。


俺は、見知った顔を探した。見つけた。

かつて「人型運転免許書だった女性」が1人、イスに座っていた。

彼女も静かに俯いている。


「待たせた、美奈子みなこ


俺は彼女に声をかける。

彼女は顔を上げた。


「……遅いですよー、健司」


俺に向けた目には、涙を浮かべている。

寄って来て、抱きしめて来た。


「……不安だったですよー」

「必ず、迎えに行くと言っただろ?」

「でも……でも……」

「……行くぞ、美奈子」

「……はい」


彼女が不安そうにしていたのには、理由わけがある。

この第5会議室は、人型運転免許証を迎えにくるための部屋。

3年間の期間を経て、持ち主が気に入れば、迎えに来る。

気に入らなかったり、人型運転免許書を拒否したひとは、迎えに来ない。

17時までに迎えに来なかった場合は、また新たな持ち主の元に旅立つことになる。

そしてまた、1から持ち主との生活を築いていくのだ。


俺に、は彼女を迎えにいかないという選択肢はなかった。

もちろん、彼女に言い聞かせてもいた。

ただ、部屋の雰囲気が良くない。

すでに迎えに行かないことを宣告されている人もいるので。


彼女と手をつないで会議室を出る。

彼女は、受付で書類に記入して提出した。

受付の女性が、彼女に向きあって、離し始めた。


「多々良 美奈子さん」

「はい」

「晴れて、運転免許証は卒業です。おめでとうございます」

「ありがとうございますですよー」

「……で、そちらの方が、沢渡 健司さんですか?」

「は、はい」


不意に話を振られたので、慌てて返事をする。

女性は、微笑みながら言葉を続ける。


「特殊な出会いでびっくりなされたと思いますが、これも出会いです」

「はい」

「婚約届も無事に受理されました。お二人とも、お幸せに」


お礼を言って女性から離れる。

再び、美奈子の手を引いて、免許センターの出口に向かう。


ふと彼女と向き合う。


「美奈子、本当に俺でいいのか?」

「はい、アナタ『が』いいのですよー」


アナタがいい、なんて。嬉しいことを言ってくれる。

照れくさいけど、ここは挨拶しておかなくては。


「これからは、夫婦として、よろしく」

「こちらこそ、よろしくですよー、健司さん」


さあ、帰るか……

そして、美奈子とあんなことやこんなことをー


「すみません」


1人の女性が声をかけてくる。

美奈子と2人、その方向に目を向けた。


「沢渡 健司、さん、ですね」

「そうだが」


美奈子と帰ってからのことを考えていた俺は、むすっとした。

彼女はそんな俺に気にせず、微笑んで言い放った。


「人型運転免許証の山根やまね 美咲みさきです、よろしくお願いしますね」

「……えっ?」


……人型運転免許証?どこかで聞いたような……

あっけにとられる俺に、嫁がニコリと笑って言った。


「私の妹分の美咲ですよー。私ともどもよろしくですよー」

「健司兄さんについては、美奈ちゃんから聞いて……いいひとだとわかっているから安心です」


2人とも既知の仲なのか、おしゃべりが弾んでいる。

美咲さんも美奈子と違わないほどのプロポーションを持つ。

この女性も俺の好みドストライク。


もう勘弁してくれ。


3人での生活が、これから始まる……。

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