《禁》:名
《禁》:名
「例えば––––––」
踵を鳴らす。
いや、正しくは鳴らすというより地面に踵を打ち付けると言った方がいいだろう。なぜならそれの足を包んでいるのは革靴ではない、
「縁とは、とても強固で、そして脆弱だということなんだよね」
首筋がやけに冷たくなったなと思えばこのざまだ。自分の背中が視界いっぱいに広がってる。体が倒れこむという動作をするのは何年振りくらいだろう。天明の折以来だ。いうなればこの体が死を受け入れた時。死との縁に引きつけられた時。
「だってそうじゃん? 君が縁を断つまでもなく、色んな縁は自然と切られてるんでしょ?それがどういうものでもさ。生憎おれには縁なんてもの全く見えないけど、要するに相手を殺したら縁は切れるし」
話し方は今時の高校生のようだ。くるくると言葉が変わっていく。その表現は言い得て妙。相手の意見など知らぬ存ぜぬ、己以外の全てを拒絶する傲慢さを持ち合わせていた。
「君だって万々歳でしょ、」
黒の法会はまさに《断鋏》のもの。
ぴくりとも動かない体––––––
あ?
いや、違う––––––
「もう縁を切らなくて済むんだから」
これは君のためだよ。
きみのためだよ。
きみのためだよ。
同じなのか。
同じなんだ。
エゴイズム。自己満足。相手に強要する。それは相手を見下す行為。自分の満足を押し付ける行為。幸せだのなんだのではなく、それは偏に。
嫌いなんだよなあ。
自分が嫌いなんだよなあ。
自分がそれを嫌いなんだよなあ。
同じことをしていたから、言えることがある。
ああもう、敵わねえ。
精々笑ってしまえば重畳。
口を開いた。
「あんたはわからないんだな」
止。
その顔が初めて視界に入る。はっきりと視認される。
恐れ、 恐怖、あるはずのないものを見た時の表情。垂れ目、色素の薄い髪。
「驚いた?」
恐らく血の気のないであろう顔で、口角を吊り上げた。
「なんで–––––」
「如何して? まあそりゃあ、俺は体なんてはじめからないからね。この殻はある坊主から貰い受けたもんなんだけど。驚いてるのは俺の方だぜ。まさか断鋏の禁忌の例外にあんたが食い込むとは思ってなかったからなあ」
「はじめからない……?」
「はじめから、ない。そう。断鋏の体はこの世に存在しない。まあ理由は単純」
かんかんかんかん。遠くの方で踏切の警報音がしている。空気を切り裂く音だ。
今日もどこかで死んでいる。
「俺は縁だ。忘れられた縁が凝り固まって出来た、出来損ないの縁の権化––––––だから縁を見ることができる、触れることができる」
ひひひ。
裂けた喉が空気を吸い込み翻る。
「縁ってもんは消えなくてね、たとえ死のうが忘れようが繋がってるんだよ。この世の全てが縁なんだから」
ただ、それにも例外ってもんがある。
むしろ特例、例外も例外。
「《オモイ》。例え縁が切れようと、木っ端微塵になろうと、なかったことにされようと、心に遺る僅かなひずみ。それをオモイと呼んでいる」
あるいはそれはしこり。記憶よりも鮮明な、それがそうであったことの名残。懐古というには不確かな、足跡に過ぎない痕迹。
「いとおしいだろう」
それが、それがな。
俺は欲しくてたまらなんだ。
例えなくなったとしても、消されたとしても、切られたとしても、全てが忘れても、自分が忘れても、相手が死んでも、自分が死んでも、どこかの何かがそれを持っている。縁ではないその思いを。重いを。想いを。念いを。憶いを。
オモイを。
俺はそれを知っているから、
縁を愛おしいと思う。
いずれ忘れる定めとしても、
俺は人と繋がりたいと思う。
身勝手だ。相手のことを何一つ考えない行為だ。自分のことしかない。自分自分、それしかない。傷つけているんだ。でも、
ぐしゃん。
《断鋏》の名を騙り、なんらかの行動をすれば存在がなくなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます