◇ 絓糸

《禁》:零

 すが_いと よりをかけず、そのまま一本で用いる生糸。白髪糸。しけいと とも呼び、その場合繭の外皮の部分に当たる太さにむらのある粗悪な絹糸を表す。しけ。



 縁。えにし、と聞けば誰しも赤い糸を想像するだろう。しかしその実、別にそういうことではない。この世界には沢山の縁があって、ひとつひとつ似通ったところはあっても色や形はそれぞれだ。そんな事を知っている人間は限られている。また、その縁の形すべてを知り、辿る事の出来る者といえば最早人ではない。そもそも、そんなに多くの縁を見たとて何の得があるのだろうか。見る必要など無いし、見たところでどうにもならない。それが縁の形というものだ。ただ、縁を見た事のある者が一人もいないという訳では無い。何故なら全ての縁を一度に見るのが無茶なだけで、縁は時として私達の身近に漂っているからだ。その縁が切れた時。その時、私達は極微量ではあるが、縁の切れた音を聴き切れた縁の残像を見ている。それは切なく、悲しいものである。しかし縁は切れることはあっても断たれることはまずない。切れた縁は想い出や様々なかたちになって新しく縁を結ぶからだ。

 かといって縁の全てが良いものとは限らない。時として人を不幸にさせ、阻害し、狂わせる。人の営み故に、良い部分のみではいられないのが事実だ。だからどうすることもできない。また、どうすることもしてはいけない。それが人の自然の理ゆえに。

 ただ。縁が他の縁を傷つけたとき、その縁を根こそぎ無かったことにする、つまり、《断つ》権利を人々は得る事となる。その場合、どうしたら良いのか。もしもその縁を断たなければいけないとき、断たなければ生きていけないとき、どうすればいいのか。それはたったひとつの伝承を、おまじないを、都市伝説を、行うのみである。

「ところで縁とは、どういったものであるかご存知ですか?」

 人と人の繋がり? 関係? いいえ、それだととても不確か。及第点にもなりません。

 彼は幼い顔立ちで、微かな笑みを浮かべ何かを踏みつける。深い闇のベールが街を覆い、ほの明るく垂れた街灯の頭が人気の少ない道路を照らした。闇と同化した彼の法会は風がないにも関わらず揺らめいている。黒を呑み込んだような瞳はまさに空洞。聖人君主を思わせる微笑は人間離れして空に浮かんだ。

「まあ、しりませんよねえ。だって人間ですもんねえ」

 それは当たり前、当然の事象。それを咎める気はありません。

 でもね、貴方はしてはならないことをしたんですよ。

「私はがんじがらめに縛られていましてね。五つの禁忌があるんですよ。いえ、私がしてはいけないことではなく、貴方達が私に関してしてはいけないこと、の方です。––––––」

 街灯の光を反射する鈍色の細長いそれ。彼の指を通して引っかかり、白く輝いた。

「貴方は、それを犯した」

 だから、


 こんな事になるんですよ。


 彼の足元には、影のみがある。彼のものとは明らかに違う、横たわった人間の影。しかしそのうつ伏せになった本体はどこにも見当たらない。

 やがてその影も、アスファルトに呑み込まれていった。

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