第4話
外出すると仕事が滞る。社内での電話交渉と書類作成、そして発送が晴のメインの仕事だ。諸先輩方の電話のフォローはあっても、全員忙しい。その他の業務まで引き受けてはくれない。
だがこのままでも机の仕事は滞り続ける。晴の電話回線が塞がれ続けるよりはいっそ、直接対決に打って出た方が早い気もする。何よりこのモヤモヤを解消したい。
『直りません、で、ああそうですか、なんて--』
マシンガントークではない。
ゆったりとした、それでいて相手に付け入る隙を与えない独特の間合いを持つ話し方に、失礼承知で強引に切り込む。埒があかない。
「小野原さん」
『はい』
「同等のお車を買うよりも原状回復する為の修理費用が上回りますと、判例では--」
『今現在有する価値分しか払えないんですよね?』
「そ、そうなんです!!おっしゃる通りです!!」
小野原から初めて理解を示された。歩み寄りを見せられ、興奮して声がうわずる。身体も自然と前に出る。
『そう言っても気持ちは別物だと思わない、デスか?』
晴の勢いに押されたのか、小野原の語調が多少乱れた。しかしブレた発言はすぐに修正され、振り出しに戻る。
わかっちゃいるけど、わからない、わかりたくないと。
小野原の主張は、理解できなくもない。
この車はクラシックカーでも、値段的に高額なものでもない。中古車情報誌で探すことも難しいほど古い大衆車だ。
高額で取り引きされるクラシックカーで、相手から提示された価格に根拠があると認められれば、高額の賠償金が支払われるケースもあるが、今回は頑張っても15万に満たない金額だ。額面では納得はいかないだろう。
それ以前に小野原は原状回復を望んでいる。
最初は金額を釣り上げようとしているのか?新車要求の駆け引きか?とも勘ぐったが、いつまで経ってもそれを言わない。つまり、そこが小野原の落としどころではなく、本心で原状回復を希望しているということだ。
価値と愛着は別次元の話で、賠償金の支払いが多いからそれで話が付くわけでも、少ないから逆に愛着が沸くというわけでもない。執着なら生まれそうだが…
愛着ある車だから「元に戻してくれ」と言われることはある。どうしようもない憤りをぶつけられることはある。そう言う人の気持ちもわかる。
新車要求ではなく、原状回復を望む小野原も同様にこの車に思い入れがあるのかもしれない。
しれないが、所有者ではない。そして、こんなに淡々としている。でも今の『気持ちは別物』と言う小野原から出た言葉は“本心”のように思えてならない。
色々な角度から疑うことで、余計に分からなくなる。小野原が怪しくなる。見えない相手だからこそ不信感が生まれ、言葉を選ぶ余り、知りたい核心になかなか辿り着けない。
やはり、会うしかないかな…
相手が纏う空気に直に触れれば、積み上げた全ての疑問は解決できなくとも整理はできる気がする。
面談の方向で調整して話を終えようと、卓上カレンダーに手を伸ばしたところ、晴の前に座る
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