第3話

 今回の話は折衷案が提示出来ない。こちらからの提示はただ一つ。こういったケースでごねられることは、ままあることなのだが…


 一方的なクレームは勿論。クレームがない日は、電話が鳴らない日、つまりは休日ぐらいなもので慣れっこではある。あるのだが、慣れないごねられ方に上手く舵が取れない。


 机の上に広げた資料を、もう一度確認する。保険金請求書、そして車検証と小野原おのはらの免許証のコピー。


 晴の生年月日から指折り数えてみても、間違いなく3歳上だ。現在32歳の男性なのだが、免許証の写真、年齢、そしてこの対応。3点揃って、なんというか、しっくりこない。


 何がどうと説明は出来ないが、どうしても馴染まない。もっと言ってしまえば、胡散臭い。


 写真から受ける印象は、至極真っ当な人。


 免許証の写真は普段着が多いのだが、この人、小野原 こうはスーツにご丁寧にネクタイまで締めて写っている。黒の短髪に、学生時代は礼儀を重んじる体育会系の部活に所属していました、というほど好印象を絵に描いたような好青年。


 道理をわきまえていそうな濁りのない澄んだ目も、そう。涼しげな切れ長の目は芯が強く、こういった折り合えない場面では頑固者と呼ばれるかもしれないが、でも悪巧みを考えるタイプには到底思えない。


 ま、これが、この免許証が本物なら、だけど…

 ここまで来たら一度、会うべきだろうか?


 気になることが多すぎる。


 まず、車検証の所有者と事故発生時の運転者が違う。所有者は滝川たきがわ はな。運転者が小野原だ。そして支払請求者は滝川。これぐらいならよくある話ではあるが…


 事故当時から所有者、滝川についての話が一切出てこない。当然、今に至るまで晴も滝川と話せていない。「交渉の窓口は自分に」といつも小野原が出てくる。


 そして滝川と小野原の関係性が見えない。「ご親戚ですか?」と最初に尋ねたときに、「ええ、まあ」と話を濁されたままだ。


 今回の事故はうちの契約者が起こした追突事故だ。赤信号で停止中の小野原が運転する乗用車に、居眠り運転の契約者が後ろから突っ込んだ。


 事故については、こちらに全ての責任がある。事故自体に不自然なことは何もない。だが…


 車のリア部分と追突された反動で電柱にぶつけたフロント部分は大破しているにも関わらず、運転者の小野原は無傷だった。相当強い衝撃を受けたにもかかわらず無傷。「お怪我がなくて良かったです」と電話口で言ったものの、それはそれで奇妙というか、これもまた腑に落ちない、しっくりこない原因の一つだ。




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