第1話
「ええ、お気持ちはよくわかりますがー」
話の進展がないまま、かれこれ40分。久々の長丁場になっている。
新人の頃に教育された“話は15分で切り上げる”という掟を大幅に破っている。
受話器を肩と耳で挟み、座り直す。
椅子だけは譲れないと、上司自ら100以上の椅子を座り倒して発注した適度に柔軟性があり、身体にジャストフィットなこの椅子であっても腰が限界に来ていた。
つまりは椅子の耐久性云々の前に、自分の腰の耐久性に大きな問題があるということ。1日の大半を椅子で過ごす。圧倒的に運動不足だ。
煮詰める気もない、たまに本線から脱線もする話をダラダラと聞かされる。怒鳴られるわけでも、泣かれるわけでもない。そんな相手ほど、やりにくいものはない。自分が直情型だからこそ、そう思うのかもしれないが…
自分もNOで相手もNOな落とし所のない堂々めぐりな話し合いに、意識は自然と腰の鈍痛に向く。トントンと腰を叩き、気を紛らわせる。
溜まり続ける伝言メモに手を伸ばし、ペラペラと捲る。折り返しTELの欄に美しく丸が並んでいた。さらにその横には絶妙な均衡でうず高く積まれた書類と郵便物の山。
目を閉じ、一旦、視界からその全てを追い出す。消えて無くなるわけないが、もう何も見たくない。
外資系損害保険会社に新卒で入社して7年。
3人に1人は3年以内に離職すると云われる昨今ー
それを阻止する意図を敢えて見せ、手を替え品を替え、時には宥めすかし、情け容赦なく情けをかけさせる先輩に囲まれ、
男勝りな性格と、か弱さよりも這い上がる強さの方が際立つ晴。「局」評価は使い方として間違ってはいない。
大食漢だが薄っぺらい小さな身体に、ただ単にズボラで伸ばしたストレートの黒髪。そしてビューラーもアイライナーも必要ないほど人を魅了する大きなアーモンドアイ。
社内の老若男女にナチュラルビューティーと、もてはやされるほど実は人気が高い。が、本人の耳には届いていない。晴自身、人に対して関心を持たないきらいがあるせいかもしれない。
結果、いつまで経っても自己評価は低いまま。またそれがそれで好感度を上げるという奇妙な相乗効果となり、晴の人気はとどまる事を知らない。
晴が笑えば「俺に笑いかけた」とストーカーじみた問題発言が飛び交う。
そうして積極的に知る必要のない、むしろ、知ってはいけない世にも恐ろしい世界が晴の後ろに日々、出来上がっていく。
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