第6話 愚連隊、ラストショット

 俺達ゴーストナンバーズの潜入作戦から一週間。

 クリスマスが過ぎて華やかな賑わいが嘘のように、街はいつもの静けさを取り戻していた。

 赤と緑のクリスマスカラーに彩られていた商店街は、早くもニューイヤーに向けての装いに一変している。

 世間は冬休みに入り、学生やサラリーマンの姿が消えた目抜き通りは閑散としていた。

 しかし沿岸防衛隊オリオン基地内はそんな年末ムードとは程遠い。

 特に俺達の所属する第2海上警備隊は、バンピーロ海賊団本拠地への一斉捜査の為に戦闘訓練や射撃訓練に明け暮れていた。

 大晦日に実行されるこの一斉捜査は指令船であるWR型大型警備船に小型警備艇十隻に加え、公安や警察の特殊部隊も参加する大作戦である。

 頻繁に本拠地を変えられ、これまでの捜査はことごとく空振りに終わっていたが、ゾルタンに付けた発信器のおかげでようやく尻尾を捕まえる事が出来たのだ。


 今日も屋内射撃場では訓練プログラムに従って隊員達が訓練に励んでいた。

 薄暗い射撃場は幾つもの射撃ブースが区切られ、五十メートル程先の壁には人型の標的がずらりと並んでいる。

 俺はイヤープロテクターを付けると、射撃台の上で黒光りする鉄の塊を手に取る。

 ひんやりとした感触にずしりと重い手応え、吸い付くようにフィットする握り慣れたグリップ。

沿岸防衛隊の制式装備であるグロッグ19の角張ったスライドには俺の隊員番号である『427』という数字が刻印されていた。

 入隊以来念入りに手入れしている愛銃である。

 元来、射撃とは先天的な才能が特にモノを言う。

逆にどれだけ練習しても全く上達しない天性の射撃下手も存在するのだ……。

 俺は三本目となるマガジンをセットすると呼吸を整え、両手でしっかりと構える。

 標的の中心、などという贅沢は言わない。せめて標的のどこかには当てたい。

 ゆっくりスライドを引いて初弾を装填すると、念じるように引き金を絞った。

 肩にズシンと響く重い衝撃と、イヤープロテクター越しの撃発音が身体の芯を震わせる。

セミオートで十五発を撃ちきり、標的を戻して見ると中心円には着弾痕が一つも無い。

 円の周囲の余白に6つの穴があいた標的が虚しく揺れていた。


 「うっわぁ~酷いですね~」


 ひょいと隣のブースから覗き込んだチップが呆れた声を上げる。


 「お前だって撃つとき思い切り目を閉じてるだろ!」


 見ると、チップの標的には8つの穴があいていた。

 目を閉じて撃ってる奴にも劣るのか……。

 信じられない結果に驚愕し、俺が自らの射撃能力の無さに幻滅していると、狭い射撃場の空気を震わせる一際鋭い銃声が響いてきた。

 音のするブースをそっと伺うと、シングルハンドで構えた凛々しい立ち姿のレイラが素早く七発を撃ち切る。

 レイラの銃はガバメントと呼ばれる45口径の大型軍用拳銃。

 グロックと比べても射撃時の衝撃もハンパないはずだが、その標的の中央には雪だるま状の着弾痕が一つだけ空いていた。シングルハンドで六発のワンホールショット。


 「くそ、一発ずれちまったか……」


 レイラは舌打ちしながらそんなことをぼやいている。なんて贅沢な愚痴だろう。

 次に、銃声よりも大きな悲鳴が響くブースを覗くと、グロッグ19を撃ったプルムが吹っ飛ばされて尻餅をついていていた。

 ペタンと床に座り込み、黒光りする銃身を両手で握りしめたプルムが涙目で見上げてくる。


 「……カイルぅ……、こ、こんなにおっきいの……。無理だよぅ……」


 とまあこんな具合に、これまでの射撃訓練でプルムがまともに銃を撃てた試しはない。

こいつより俺はマシだ、と一瞬思った自分に悲しくなる。

 教官は仕方なくプルムには8ミリ弾を発射する手のひらサイズの小型拳銃、デリンジャーを持たせる。

 ちっちゃな銃を貰って嬉しそうに撃ちまくっているプルムは、まるで水鉄砲で遊んでいる子供みたいだった……。

 すると今度はけたたましい銃声と狂ったような奇声の二重奏が始まった。

 我が隊にはもっと危険で半端無い奴が居るのを忘れていた。


 「きゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっっっ!!!」


 ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!


 獣じみた瞳で犬歯を剥き出し、狂った高笑いをあげるビーストモードのエイミーが両手に持ったサブマシンガンを猛射していたのだ。その射撃の腕は説明するまでもないだろう。

 標的には『ゴースト参上』という穴あき文字が浮かび上がってゆく……。


 その日の夕刻――

 ハードな訓練を終えて、待ちに待った200号での夕食にありつく。

 今夜のメニューはカツレツだった。

 訓練が始まって以来、ドリーはスタミナのつく料理を作ってくれている。

 食後のティータイムには疲れを癒すスイーツの手作りカップケーキまで付いていた。

 何も語らないが、ドリーはみんなの事をいつも考えてくれているのだ。

 そこにティーポットを抱えたエイミーがウキウキと厨房から戻って来る。


 「カイルさんっ!お紅茶いかがですか~?」


 エプロン姿のエイミーは、全て包み込むように慈愛に満ちた笑顔で小首をかしげる。

 可憐なエイミーにこんな風に言われて断れる男が居るだろうか?


 「ありがとう。ぜひ頂くよ!」


 エイミーは更に嬉しそうに顔をほころばせると、ティーカップに紅茶を注いでくれた。


 「この紅茶はローズヒップティーなんですよ。私のお気に入りなんです~」


 普通の紅茶よりも赤みが濃く、さやわかな甘い香りが立ち昇る。


 「ほんとだ!香りも味もすごく上品で美味しいよ!」


ローズウェル家御用達の薫り高いローズヒップティーとドリーの作ったリンゴのカップケーキはとてもよく合った。

 お嬢様であるエイミーがお気に入りと言うからには、かなり良い物なんだろう。


 「嬉しいです!カイルさんに飲んで欲しくて、たくさん練習したんですよ~」


 と、頬を染めてはにかむエイミーに一日の疲れが一気に吹っ飛ぶ。

 それは例えるなら、初めての手料理を褒めてくれた新妻のような幸せそうな笑顔だった。

 エイミーとの甘い新婚生活を妄想しながら、ふと前から気になっていた事を尋ねてみる。


 「今度はエイミーの手料理も食べてみたいけど、作ったりしないの?」


 家庭的な今のエイミーの手料理なら食べてみたい、と思って尋ねた一言に、隣に座るレイラが飲んでいたラム酒を吹き出し、そのまま真っ青に固まって震えてだした。

 もっと酒をくれ、とせがむプーコの声も耳に入っていない。


 「お料理するのは大好きなんですが、ドリーさんが『厨房は俺の戦場だっ!』って言って作らせてくれなくて……。私の腕じゃ、まだ認めて貰えないんですね……。でもカイルさんがそう言うならまたドリーさんにお願いしてみます!」


 エイミーは両手をぐっと握りしめて気合いをいれると、意気揚々と厨房に戻っていった。


 「……な、な、なんて事してくれたんだ!お前は……」


 真っ青な顔でわなわなと震えながら、ようやくレイラが口を開いた。


 「……あいつが来たばかりの頃に一度だけ料理を作らせた事があるんだがな……。化学薬品と化学調味料の区別はつかないわ、厨房を半壊させるわ……。おまけにベーキングパウダーじゃなくてガンパウダー(火薬)入れやがったんだ!『口の中でパチパチする食感を表現したくてぇ~』って、笑ってな……。私は料理爆弾を喰わされたんだぞっ!」


 レイラは取り乱した様子で一気にまくし立てる。よほど怖い体験をしたらしい。

 そんな騒ぎを余所に、向かいの席のチップが卓上カレンダーを眺めてため息をついていた。 


 「ハァ……。今回の作戦って、どうして大晦日なんですかね。毎年家族一緒に年を越してるのに、今年は帰れないって言ったらママが心配しちゃって。作戦は秘密だから、カイルさんに二年乗りに付き合えって命令された事にして何とか納得してもらいましたよ~」


 ……もっとまともな理由は無かったのかっ!

それじゃあチップの家族に『二年乗りを強要する迷惑な鉄道ヲタクの上官』だと思われるじゃねえかっ!


 「あっ、私もカイルに『一緒に新たな年を迎えたい』って言われたから大晦日はカイルと過ごす、ってパパに言ってあるから~」


 膝に乗せたマンガを捲りながら、思い出したようにプルムがしれっと言う。

 ……絶対勘違いされてるだろそれ!

確かに作戦説明の時『作戦を成功させて、みんなで一緒に新たな年を迎えよう』とは言ったけどさぁ!

 呆れて何も言えなくなった俺に代わってレイラが説明する。


 「誰もが大晦日なんてのは休むものだって思うだろ?そこがミソなんだよ!お役所が大晦日に動く訳が無い、攻めて来るのは年明けだ……。と油断しているゾルタンの顔面にニューイヤーパンチをお見舞いしてやろうぜっ!」


 レイラは拳を高く突き上げると、そう言ってニカッと勇ましく笑った。


 こうして慌ただしく秘密の訓練と作戦準備に追われるうちに、作戦決行の大晦日を迎えた――

作戦準備を終えた俺達第2海上警備隊の全隊員と指令船フレイヤ乗員、捜査課や情報課、通信課、装備課などの後方支援隊、警察や公安との連絡員など約300人が屋内訓練場に集まる。

この他に海上で合流する警察の特殊部隊を合わせると、12年前の『海賊狩り』以来の最大規模の大作戦だ。

 隊列を組んで整列し、作戦開始の合図を待つ誰の顔にも緊張の色が伺える。

現在では最大最凶の海賊団と正面からぶつかる以上、全員が無事に帰ってこれる保証はない。

 静まりかえった屋内訓練場にはそんな悲壮感すら漂っている。

作戦開始にあたり、いつものようにロジャー司令の訓辞が始まった。


思い起こせば半年前、着任したばかりの俺はこの場所で今と同じように司令の話を聞いていた。

 あの日からゴーストナンバーズの一員となり、いろんな事があった。

 沿岸防衛隊と海軍の醜い確執、船長のペットとしての悲惨な待遇や海軍に入ったと信じている親父の事、ストーカー妹、そして常に脅かされている俺の貞操……。

 隣に並んだゴーストナンバーズの面々をそっと覗う。

 厄介者扱いされ、存在すら否定された常識外れの連中。だけど彼等は同じ釜の飯を食い、同じ事で笑い合い、共に困難な任務を乗り越えてきた大切な仲間でもある。


やがて司令の訓辞が終わり、粛々と船に向かう途中、緊張で強張った俺の背中にレイラの平手打ちが炸裂した。


 「っ!痛っってぇぇっ!」


 「何だぁ~?その情けない面はっ!それでも私の副官かぁ?」


 レイラはグッと俺の首に腕を回して締め上げながら威勢良く叫ぶ。


 「……何も心配すんな!前にも言ったろ?船は私の身体、仲間は私の命そのものだ。だからお前らは絶対私が護ってやるさ!」


 出航の最終チェックを終えた200号は、静かにエンジンを唸らせて出港の順番を待つ。

 港内に停泊する他の参加警備艇も暖機運転に入り、辺りには排気煙の臭いが立ちこめていた。

 隣に停泊している第2海上警備隊の指令船「フレイヤ」のボイラーにも火が入り、煙突からは微かな黒煙が立ち昇っている。

 作戦旗艦となる「フレイヤ」には作戦総司令でもあるロジャー司令が座乗しているはずだ。

 船橋で仁王立ちして海を眺めているレイラにそっと声をかけた。


 「……いよいよですね。船長……」


 全てを奪われ、母の死に絶望し、憎しみに心を縛られたまま復讐の為にだけに生きてきたレイラの時を取り戻し、レイラとロジャー司令が本当の親子に戻る為の戦いでもある。


 「ああ……。これで決着をつけてやるさ……」


 やがて200号に出港命令が下り、ドリーの操船でオリオン基地を出る。


 「船長、この作戦が無事終わったら司令を『お父さん』と呼んであげてくださいね……」


 レイラは答える事なく、黙ったまま眼前に広がる眩しい海原を見つめていた。


 一時間程の航海の後、200号は会合ポイントに到着した。

 その海域には既に警察の特殊部隊や公安の捜査員を乗せた船も到着している。

 程なくして「フレイヤ」と後発の警備艇も到着し、ここに全ての参加艦艇が勢揃いした。

 総勢二十三隻の艦艇で艦隊を編成し、中央に「フレイヤ」、その周囲に各輸送船、前方に雁行隊列の警備艇という隊列でバンピーロ海賊団の本拠地が置かれた島に向けて進撃を開始する。

 漁船に偽装した監視艇からの報告では、いまのところ海賊達には目立った動きは見られないらしい。

 しかし真冬の弱い陽光に夕暮れの気配が混じりはじめた頃、監視艇からの連絡が突然途絶えた。

 敵に察知されたと考えていいだろう。

 すぐさま指令船から『各警備艇は全速で目標に向かえ』との命令が入り、十隻の警備艇は本隊を離れて先を争うように速度を上げてゆく。


 「全速で飛ばせーーっっ!!他の連中に遅れを取るなっ!」


 船橋の上で仁王立ちしたレイラがローズの愛剣『ル・ノワール・ローズ』を振りかざして叫ぶ。

 暫く走ると、水平線から湧き出る様に海賊の本拠地となっている島影が表れた。

 そしてその島の前面には黒い胡麻粒の様な多数の船影が遊弋している。

 その数は二十隻以上。

見た目はどこにでも居そうな漁船だったが、それは沿岸防衛隊のを迎え討つ為に島から出撃してきた海賊船団だろう。

 偽装した海賊船団もこっちに気付いて横一線に陣形を組むと、速度を上げて突っ込んで来た。

 二つの波がぶつかるように彼我の距離がどんどん詰まってゆく。


 「へへっ!アイツらもやる気だなっ!」


 海賊船団を睨みつけながら、レイラが舌なめずりしつつ不敵な笑みを浮かべる。

 警備艇群の中央、201号艇に乗ったルース隊長が海賊船団に向けてスピーカーで呼びかける。


 『こちらは沿岸防衛隊だ。前方の船団、直ちに停船しろっ!……おいっ、止まれっ!』


 法的な執行である以上、停船命令や警告などの一連の手続きは踏まなければならない。

 それに相手が海賊船であると断定できない限り、こちらが先に発砲する事もできないのだ。


 『これは最終警告だ!命令に従わない場合は緊急執行を行う!』


 海賊船団は警告を無視して更にスピードを上げると、警備艇群を取り囲むように左右に展開し始める。

 敵船団の動きを見て、レイラがボソリとつぶやく。


 「最適の攻撃位置に着いてから一斉に牙を剥く、海賊の常套手段だな……。そろそろ来るぞっ!総員戦闘配置っ!」


 レイラの下令でみんなが所定の配置に走る。

 チップとプルムは防弾チョッキを着て防弾板に身を隠し、エイミーはパタパタと前甲板のガトリング砲に取り付く。

 トリガーに手を掛け、装弾レバーを引いた瞬間、エイミーの周囲の空気が一変した。


 「うふふっっ……!選り取り見取りだぁぁぁぁ!」


 ビーストモードに完全移行したエイミーは血走った眼で獲物を睨んで咆哮を上げている。

 やがて警備艇群を包囲した海賊船の甲板に銃を持った海賊達が現れ、けたたましい銃声によって戦端が開かれた。

 満を持していた海賊達は警備艇に向かって小銃やサブマシンガン、それに重機関銃を我が物顔で撃ちまくってくる。

 耳をつんざく射撃音が交差し、船体や防弾板に銃弾が当たって鈍い音を立てる。周囲の海面には着弾の水しぶきがあがり、えぐられた船体の破片がバラバラと降りかかる。


 『こんのっ……!前方の船団を海賊船と断定っ!これより緊急執行に移る。抵抗を全力排除しろっ!!』


 ようやくルース少佐の攻撃命令が下った。


 「いいぞエイミーっ!ぶっ放っ……」


 ドルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルッ!!!


 レイラが最後まで言い切るのも待たず、エイミーがガトリング砲をぶっ放した。


 「きゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっっっっ!!!」


 バルカン砲の6つの砲身が勢いよく回転し、給弾ベルトを通って武器庫から上がってくる20mm弾を次々と弾き出す。

 発砲音と叫声の旋律の中、真っ赤なアイスキャンディーに似た機関砲弾が直近の海賊船に吸い込まれてゆく。

 ミシン目の様な穴を穿たれた海賊船は黒煙と炎を噴き上げて急停止すると、息絶えるように傾むいていった。

 レイラも両手に構えたサブマシンガンで船上の海賊達を撃ち倒し、俺はエイミーがカスタムしてくれた九二式重機関銃で射撃を開始する。

……命中はしなくとも牽制射撃として有効だし。

 他の警備艇も本格的に応戦を始め、戦場は全速力で走り回る海賊船と警備艇が入り乱れての乱戦状態の様相を呈していた。


 しかし海賊船の数は警備艇の2倍以上。警備艇一隻で敵船二隻を相手にする事になる。

 加えて、通常の警備艇の12‘7mm機銃では装甲が施された海賊船には有効なダメージを与えられず、海賊船に追い回され、早くも煙を吹き上げながら離脱していく警備艇もいる。

 200号も両サイドを併走する海賊船からの猛烈な銃撃を受け、防弾板に身を隠す俺も、頭上を通り過ぎる無数の風切り音に顔を上げることも出来ない。

 隣では応射するレイラが不甲斐ない他の警備艇にぼやく。


 「ったく!何やってるんだ!単独で戦うバカが居るかよ!これだから実戦経験のないヤツらはっ!」


 一方、エイミーのガトリング砲は五隻の海賊船を無力化していたが、こちらも既に4隻の警備艇が戦線から後退し、形勢は海賊側に傾きつつあった。


 「ああ、もうっ!仕方ねえなっ!……エイミー!あれを使っていいぞ!」


 レイラのお許しを得たエイミーは嬉々として小躍りしながら、飛び交う銃弾の雨の中を軽やかな足取りで船内に飛び込んでいく。

 するとすぐに前甲板の床が開き、黒光りする口径75㎜の大砲が姿を現した。

 エイミーが回転ハンドルで砲身を回し、手近な海賊船に狙いをつけ――


 ドォーーーーーーーーーーーーンッ!


 ……何の前触れも無く大砲をぶっ放しやがった。

 隣で耳を押さえたレイラが何やら喚いていたが、耳がキーンとなって音が何も聞こえない。

 そしてふと気が付くと銃撃の嵐が収まっていた。

 顔を上げて周囲を覗うと、並走しながら猛烈な射撃を加えていた海賊船が赤黒い炎を吹き上げながらずぶずぶと波の下に沈んでゆく。

 慣れた手つき次弾を装填し終えたエイミーが再び次の敵船に砲身を向けると――


 ドォーーーーーーーーーーーーンッ!


 別の海賊船に火柱が上がる。ビーストモードのエイミーから逃れる事は誰にも出来ない。狙われた時点で運命が決まったと言ってもいい。


 「いきなり撃つなって言ってるだろうがぁっっ!」


 レイラが船橋の上からエイミーに向かって怒鳴り付けるが、耳栓もせずに大砲を撃ちまくってるエイミーにはその声は届いていないだろう。

 エイミーは慣れた手つきで砲尾栓を開いて空薬莢を取り出すと、次の弾をこめる。


 「きゃはは☆つ~ぎ~わ~、どの子にしようかなあ……えへへへへへへへ!」


 脳みそが融解しかけているような恍惚とした表情のエイミーに撃ち抜かれ、海賊船が次々と海の藻屑となってゆく。

 今や、算を乱して逃げ回る十数隻の海賊船団を羊の群れに襲いかかるオオカミの如く、200号はたった一隻で追い散らしていた。

 その勢いを駆って他の警備艇も加わり、浮き足だった海賊船団を次々と撃破、拿捕していく。

 こうして前哨戦は沿岸警備隊の勝利に終わった。


 「うううっ……、耳がキンキンするぅ!……チクショー、エイミーのヤツ……」


 レイラが甲板で伸びているエイミーを恨めしそうに睨みつける。

 戦闘が終わると例の如く、ドリーの手刀で眠らされたのだ。

 この戦闘で被害を受けた4隻を除いた6隻の警備艇は到着した本隊と再び合流して陣形を組み直す。

 生き残ったどの船も弾を浴びて穴だらけ。船橋のガラスも粉々に砕かれ、見るも無残な姿を晒している。

 隊員の負傷者数は十数名に上ったが、殉職者が出なかったのは幸いだった。

 一番目立ってしまった200号は特に集中的に攻撃され、木製パーツは全て粉々に砕かれ、被弾箇所の塗装は剥げ落ち、船体には大口径の銃弾による貫通痕が無数に穿たれていた。

 機関室や操舵室に防弾処置を施していなければ、とっくに戦闘不能となっていただろう。

 隊内無線のスピーカーからルース少佐の声が流れてきた。


 『みんな、苦しい戦いだったがよく耐えてくれた。今の戦いで海賊団の海上戦力はほぼ壊滅したと見ていいだろう。これよりバンピーロ海賊団本拠地へ上陸し、一斉検挙に着手する。俺達の仕事は特殊部隊の上陸支援だ。彼等が港を制圧後、我々も上陸して検挙にあたる。勝利は目前だっ!俺に続けぇっっっっっ!!』


 ルース少佐の乗る201号が白波を蹴立てて急発進すると、他の警備艇もそれに続く。


 「へへっ、ルースの奴、なかなか熱い事言うじゃねえか!」


 興奮を隠しきれぬようにほくそ笑むレイラの瞳には、ルース少佐の言葉よりも熱い炎が滾っていた。

 いよいよ作戦は大詰めを迎える。

 6隻の警備艇は特殊部隊の船を護りながら海岸に接近すると、陸上からの銃撃に応戦しつつ上陸を援護する。

 輸送船から発進した上陸用舟艇が海岸に乗り上げると、黒いボディーアーマーを着込んだ特殊部隊員が次々と砂浜に掛け上がる。

 夕闇が迫る島のあちこちで激しい閃光が瞬き、絶え間ない爆発音と銃声が交錯する。

 やがて戦闘は島の内陸部にまで及び、特殊部隊から港湾施設に突入した旨の無線が入ると、レイラが船内マイクに叫ぶ。


 「ドリー、そろそろ港に向かってくれ。者共っ、上陸準備をしろ!」


 海上や島嶼部における捜査権、司法権は沿岸防衛隊側にあるため、特殊部隊が制圧した港に沿岸防衛隊が上陸し、被疑者の取り調べや証拠品の押収を行う手筈になっていた。

 その時、港のある辺りで閃光が瞬き、続いて大きな爆炎が空を焦がした。


 『……停泊中の貨物船より砲撃……、おいっ!あのクルーザーを止めろっ!』


 緊迫した隊員達の怒鳴り声や悲鳴、音割れした爆発音が無線のスピーカーを震わせる。


 「ドリーっ!港に急げっ!総員戦闘準備だっ!すぐにエイミーを起こせっ!」


 レイラがマイクに向かって叫ぶと、200号は弾かれるように加速して港を目指す。


 「あんたそっち持ってっ!いくわよっ!せ~のっ!」


 チップとプルムは海水の入ったバケツを伸びているエイミーの顔の前に掲げ、ためらいも無くぶちまけた。


 「あぶっ……、ぷひゃぁー!冷たぁいっ!!」


 ガーーン!


 「ぴぎゃぁあっ!痛いれすっっっっ!」


 驚いて飛び起きたエイミーは二人が持っていたブリキのバケツで頭を打ってのたうち回っている。


ようやく入ったルース少佐からの通信では、ゾルタンはクルーザーで逃走、追従する大砲を装備した二隻の護衛船がこちらの追跡を妨害しているらしい。

 200号が岬を回り込むと、追いすがる警備艇に砲撃を加えつつ悠々と逃走する二隻の中型貨物船と大型クルーザーが見えた。


 「ゾルタンの野郎……、あんなもん隠してやがったのか……」


 双眼鏡を覗いて偽装貨物船を観察すると、両舷に六門。船尾に一門の大砲を装備した二隻がお互いをカバーするように弾幕を形成し、追跡する5隻の警備艇を牽制している。


 「ドリーっ!奴らの弾幕が薄い真後ろに付けろっ!エイミー!射程に入り次第ぶっ放せっ!」


 最高速力で迫る200号の前方に偽装貨物船からの牽制砲撃が着弾して高い水柱が吹き上げる。

 命中すれば装甲が無いに等しい警備艇などひとたまりも無い。

 200号はドリーの絶妙な操船によって砲撃をかわしながら果敢に追い上げる。

 やっとこちらの大砲の射程内に入ったらしく、エイミーが満を持して大砲をぶっ放した。

 砲弾は見事に敵船の船尾に命中したものの、ほとんど損傷を与えた様子はない。どうやら武装だけでなく装甲も強化されているらしい。

 次々と降り注ぐ敵の砲弾をかわしながら砲撃するも、相手には傷一つ付けられないワンサイドゲームが続く。


やがて猛追する仲間の警備艇の船首に敵弾が命中。

赤黒い炎が吹き上がり、周囲に炎の尾を引いた破片がクルクルと舞い飛ぶ。


 「ああっ……!」


 俺達が見つめる中、無惨に船首がもげた警備艇はつんのめるように急停止すると船尾を高く持ち上げながら水面下に消えていった。

 そして更に別の一隻も至近弾を受けたらしく、黒い煙を吐きながら脱落してゆく。

 このまま追跡を続ければこちらの全滅は免れないだろう。

 だからといって追跡を中止すれば、再び凶悪な海賊を海に放つ事になる。


 「……やりやがったなっっっ!こんチクショー!!」


 目の前で仲間の船を沈められ、ついにレイラがブチ切れた。


 「うらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ……!!


 沸き上がる怒りをぶつけるかのように、レイラは手近にあったマシンガンを敵船目がけてぶっ放す。弾を撃ち尽くすと、今度はホルスターからガバメントを抜く。


 「く・た・ば・れぇぇぇ!」


 力の限り叫びながら、レイラは七発のマガジンの最後の一発を放った――


 ズドォォォォーーーーン!!


 その瞬間、目の前を悠然と航行していた敵船が巨大な水柱と橙色の爆炎に包まれた。

 粉微塵に破砕された船体は花火のように四方に鋼鉄の破片を撒き散らせ、真ん中からくの字に折れ曲がると軋みをあげながらずぶずぶと海に没してゆく。

 呆然と眺める俺達も、そしてレイラ自身も目を疑っている。

 まさかっ!あの銃弾でっ?


 「ああっ!あれっ!見てくださいっ!左舷ですっ!」


 チップが指さす水平線の彼方に、灰色の鉄塊が翼のような白い波を蹴立ててこちらに猛進してくるのが見える。

あの艦影はレフェリア海軍の巡洋艦だ。

 その厳ついシルエットにピカピカと幾つもの閃光が瞬く。

一瞬遅れて、かん高い風切り音が聞こえた瞬間、残ったもう一隻の偽装貨物船が何本もの真っ白な水柱に刺し貫かれる。

 巡洋艦の20センチ砲弾は偽装貨物船の装甲を難なく貫通して爆発し、積んでいた砲弾の誘爆を伴って、船体が粉々に弾けとぶ。

 水柱が崩れ落ちた後に残っていたのは、囓られたみたいに上部が消し飛んだ無残な残骸だけだった。

 護衛を失ったゾルタンの乗るクルーザーは慌てふためいて逃走を謀る。

 クルーザーもエンジンを改造しているらしく、最高速度で追走する200号との距離がどんどん開いてゆく。


 「ありゃあ40ノットは出てるな……。アヒルの足じゃ追いつけねえかっ……」


 クルーザーの速度を推し量りながらレイラは悔しそうに歯噛みする。

 時代に取り残されたスワンS型警備艇の最高速度は31ノットが限界だ。


 「もおっ!ここまで追い詰めて逃げられるなんてっ~~~!こうなったら私の緊急執行権限で海軍に艦砲射撃を要請して、あいつを海の藻屑にしてやる!」


 遠ざかってゆくクルーザーを睨み付け、物騒な事を叫ぶプルムを慌ててたしなめる。


 「バカっ!そんな事してもゾルタンと繋がっていた連中を喜ばせるだけだ!」


 「だったらどおすんのよっ!ヤツが逃げるのをこのまま指を咥えて見てろってのっ!」


 歯を食いしばり、小さな身体を震わせながら吠えるプルムの問いに答える事が出来ず、口をつぐむしかない。

 そんな閉塞感を打ち破るかのようにレイラが威勢良く言い放った。


 「ゾルタンは絶対逃がさなねぇよ!必ず生きて捕まえてやる!ドリーっ!ウォータージェットに切り替えろっ!」


 俺はその単語に耳を疑った。

 ウォータージェット推進といえば開発されたばかりの推進機関だ。驚異的な高速航行を可能にする反面、エンジンに大きな負担をかけてしまう代物で汎用化が見送られたと聞く。

 まだ海軍の船にも採用されていない新技術がどうしてこの船に……。

 ドリーが操作盤のスイッチを切り替えると、200号の船首が高く持ち上がり、船尾から吹き出すジェット水流によって船体が水切りの石のように猛スピードで水面を滑ってゆく。


 「船長っ!200号の主機は旧式のディーゼルエンジンです!大丈夫なんですかっ?」


 旧式エンジンでは負担に耐えられず、焼き付いてしまう恐れがある。


 「知らんっ!なにしろ使うのは初めてだからなっ!何とかなるさっ!」


 根拠の無い確信に満ちたレイラの言葉通り、猛烈なスピードで海面を突っ走る200号は逃走するクルーザーの背後に迫った。


 「エイミーっ!アンカーガンで捕まえろっ!」


 「りょうかいで~す!」


 レイラが船橋の上から身を乗り出し、前甲板のエイミーに叫ぶと、大砲にしがみついていたエイミーが船首に走る。

 アンカーガンとは鎖に繋がれた銛を相手の船に撃ち込み、ウインチで鎖を巻き取る事で船同士を固定して乗り移る、海賊がよく使う兵器だった。

 エイミーは床の蓋を開けると、大きな銛が付いた巨大な銃を取り出して支柱に固定する。


 「発射ぁぁぁっっ!」


 発射された銛は鎖の尾を引きながら一直線に飛び、クルーザーの船尾に命中。

 すぐにクルーザーと200号を繋ぐ太い鎖を油圧式ウインチが唸りをあげて巻き取り始める。

 だがその時、狂ったように唸りあげるエンジン音に咳き込む様な異音が混じり始めた。


 ……もう少し耐えてくれっ!もう少しだけ……。


 鎖が巻き取られ、みるみる近づいて来るクルーザーの船尾を俺は祈るような気持ちで見つめる。


 「総員っ!白兵戦用意っ!」


 クルーザーとの距離が残り数メートルに迫り、戦闘準備を命じたレイラは船橋の上から手摺りを乗り越えてひらりと前甲板に飛び降りる。

 俺も急いで(梯子を使って)前甲板に降りると、ワイヤーが縫い込まれた防刃服を着込む。

チップとプルムも船内から警杖や警棒、制圧用の硬質ゴム弾が装填された拳銃を運び出して敵船への突入準備を始める。

 やがて200号の船首とクルーザーの船尾がぶつかり、二隻の船は鎖で固定された。

 しかし同時に、険しい表情のドリーが操舵室から怒鳴る。


 「レイラっ!エンジンがもう持たんっ!急げっ!」


 その言葉に同意するかのように船体がガクガクと苦しそうに痙攣を始め、船を固定しているウインチが軋む。


 「鎖が持たねえっ!野郎共っ、乗り込めっ!」


 剣を振りかざしたレイラがクルーザーに飛び移り、俺とエイミーも手近にあった制圧用拳銃と警杖をひっ掴んで敵船に転がり込む。

 船内から装備を抱えて慌てて出てきたチップとプルムも後を追って飛び移ろうとした時、200号のエンジンルームからボムっ!っと黒煙が噴き上がった。


 「もうダメだっ!離れるぞっっ!」


 ガクンと船が大きく揺れ、二隻を繋いでいた鎖がビンっ!と張り詰めた瞬間、鎖に繋がった油圧ウインチが床板ごともげて海に引きずり込まれた。

 黒煙に巻かれながら遠ざかってゆく200号の甲板には、プルムとチップが呆然と立ち尽くしている。

 クルーザーに乗り込めたのはレイラと俺、エイミーのたった三人。だが今、ゾルタンを止める事ができるのはこの三人だけなのだ。

 その覚悟を推し量るように黙って俺達を見つめるレイラに俺は力強く頷き返す。

そして両手に握った拳銃を掲げて『にひひっ!』と楽しそうに笑うビーストモードのエイミー。

 それを見たレイラはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


 「お~しっ!いっちょやってやろうぜっ!行っくぞーーーっ!」


 勇ましい掛け声と共にレイラが勢いよく後部ドアを蹴破ると、驚いた様子の5人の海賊達が通路の両側にある船室から飛び出して来た。

 船が高速航行に入った事で、逃げ切れるとたかをくくって油断していたのだろう。

 確かに通常の警備艇、例え海軍の高速艇を持ってしてもこのスピードに追い付ける船はいないのだからそれも当然だ。

 だが常識外れの部隊が居る事を彼等は知らなかった。

 知る由もない。

存在を抹消された船を駆るのは神出鬼没、常識無用、世の摂理が通用しないゴースト達なのだから。

 存在が非常識ならその戦いも非常識。手続き無用の強制執行が始まった。


 両手にサーベルと銃を握るレイラは立ち尽くす海賊の群れに猟犬の如く飛び込み、一人目をグリップで問答無用に殴りつけ、二人目の鳩尾に強烈な飛び膝蹴りを喰らわせる。

 向けられる銃口をサーベルで捌くと、三人目の股間に拳銃を突きつけて容赦なく硬質ゴム弾を撃ち込む。

その光景に男の俺は反射的に目を背ける。

 レイラは四人目の海賊が突き出したサーベルを美しい黒髪で弧を描きながら華麗な回転でかわすと、がら空きの胴にサーベルの峰打ちを決める。

 隙をついて真上から振り下ろされた長剣の軌跡をレイラは紙一重の横転で回避する。

虚しく空を切った剣先が床に突き刺さり、レイラは低い姿勢のまま足払いをかけてその相手を蹴り倒す。

 「ハアッッッッーーー!!」

 勇ましい掛け声と共に、目の前に倒れ込んだ海賊にとどめの一撃を食らわせ、スッと静かに立ち上がった彼女の背後には昏倒させられた海賊達が転がっていた。

 計算しつくされた体技によって、一瞬で5人が床に沈んでいた。

 息を整えるレイラの静かな瞳には鬼神の如き闘気が宿っている。


 そこに息つく間もなく廊下の奥から新手の一団が現れ、海賊達が携えていた銃が一斉に火を噴く。

 俺達3人は咄嗟に左右の部屋に飛び込むと、壁に身を隠しながら応射するものの、準備を整えてきた敵には隙がない。

 ビーストモードのエイミーも両手に拳銃を握り、確実に相手の急所を狙い撃いっているが多勢に無勢。このままではジリ貧になって押し切られてしまうだろう。

 俺とレイラの表情に焦りの色が浮かぶ。

 しかしその時――


 「渦巻く銃声!溢れる火薬の匂いっ……これぞ戦いだぁぁぁっっ!!満開の血の華、咲かせてあげるよぉ!!血煙散華っっ!!」


 ギラついた笑みを浮かべるビーストモード全開のエイミーが勇ましい決め台詞を叫び、銃弾の雨に飛び込んでゆく。

その背中は男でも惚れそうになる程勇ましい。


 「まさかっ!暴走っっ!?待て、エイミー!!」


これがレイラが前に教えてくれビーストモードの最終形態だ。

 ビーストモードのままアドレナリンが一定量に達すると発動される暴走モード。防御も回避もせず、攻撃だけに特化された状態となる諸刃の剣でもある。

レイラが止めようとしたが、もう間に合わない。


 「きゃはははははははははははははははははははは!!」


 狂った魔女のように高笑いをあげ、真っ直ぐ突っ込んで来るエイミーに海賊達がたじろく。

 狂気のオーラを纏った暴走エイミーはその存在自体が凶器だった。銃の化身となった彼女はこの空間に存在する全ての銃弾を支配した。

 飛び交う敵弾は決して彼女を捉える事は無く、彼女が放つ銃弾は決して外れる事は無い。

 凶器乱舞するエイミーの二丁拳銃が、畏怖する海賊達を次々と撃ち抜いていった……。


 気が付けばあれ程激しかった銃撃の音がピタリと止んでいた。

 長い廊下には、何が起こったのかも分からぬまま撃ち倒された哀れな海賊達が累々と転がっている。

 廊下の最奥には、たった一人取りだけ残された海賊が立ち尽くしていた。

 ひげ面の顔は恐怖に歪み、膝を震わせながら呆然と前方の人影を凝視している。


 「ふひひ……、撃ち漏らしちゃったぁ……」


 天井から無惨に垂れ下がった電灯の明滅する光の中に影が蠢き、ぎらりと光るその瞳が哀れな海賊を捉えた。


 「ひぃっっ!」


 ヒゲ面の海賊は喉が引き攣って声を出すこともできず、床にへたり込む。

 幽鬼のような影がゆらりと近づき、這いずって逃げる海賊の背中が無情にも壁に触れる。もう逃げ場はない。


 「これでおーしまいっ……!」


 無邪気に笑うエイミーが冷たい銃口を無慈悲に突きつけた。

 ……その海賊が最後に見たものは、狂気に彩られた美しい少女の微笑みだったとさ……。

 この人が味方で本当に良かった……、と敵に回した海賊達を憐れみつつ、俺達はゾルタンの姿を求めて船内を進んで行った。


 それから二十人以上の海賊を討ち倒し、クルーザーの最奥と思しき部屋の前に辿り着いた。レイラがドアを蹴破ると、数人の海賊に守られたゾルタンの姿をついに見つけた。


 「くそっ!!奴らを始末しろっっ!」


 焦りの表情を浮かべたゾルタンは周りの海賊達に命じると、奥の階段を駆け上がって逃げていく。室内に残った海賊達が俺達を取り囲み、一斉に襲いかかってくる。

 振るわれた長剣が俺の身体を掠め、わずかに血が滲む。だがアドレナリンに痺れた俺には痛みも感じない。

 変わりに俺の身体は驚くほど軽やかに動いた。

俺は敵の小銃を警棒ではたき落とすと、ゼロ距離で相手の腹にゴム弾を撃ち込む。

いくら下手でもこの距離なら外さない。

 そして弾切れとなった銃の柄で振り向きざまに背後の海賊の脇腹に打撃を食らわせる。

 制圧用の銃を捨て、素早く警杖に持ち替えるとリーチを生かして鳩尾を突き、殴り倒す。

 倒れた海賊を見下ろし、ふっと気を抜いた俺の背後に別の海賊の凶刃が迫っていた。

 振り返った俺に振り下ろされた刃が寸前の所で動きを止めた。

 床に崩れる海賊の背後には焦りの表情を浮かべたレイラの銃から薄い煙が立ち昇っている。

いまのはヤバかった……。

 無事な俺の姿にレイラは強ばった表情をフッと緩ませる。


 「カイル、一つ貸しだぞ!今のが最後の一発だったんだからな!」


 ようやく最後の一人が床に沈み、とてつもなく長く感じる、短い戦いが終わった。


 「はぁ、はぁ、これで、全員か……。カイル、お前もなかなかやるようになったじゃないか!ひ弱な英雄のボンボンじゃ無くなったなっ!」


 息を整えながらお互いの無事を確認しあう。みんな身体中かすり傷だらけだが、幸い大きな怪我は無さそうだ。


 「……怖かったですぅ~。みんな無事でほんとによかったぁ……」


 弾が尽きた銃を手放した事でノーマルモードに戻っていたエイミーが表情を緩ませる。


その時、床下から大きな振動と同時にスクリューに何かを巻き込んだような異音が響くと、急ブレーキを掛けたかの様に船がつんのめった。

 どうやら船尾にぶら下がったままの200号の鎖とウインチがクルーザーのスクリューに絡まり、プロペラを吹き飛ばしたらしい。

急速にクルーザーのスピードが落ちてゆく。


 「スピードが落ちれば防衛隊の連中もじきに追いついて来るだ。だがゾルタンは私達の獲物だっ!カタをつけてやろうぜっ!」


 「もちろんですっ!」


「はいっ!がんばりましょ~!」


 レイラの鼓舞に俺達は意気を上げて応じると、逃げたゾルタンを追って最上甲板に続く狭い階段を駆け上がった。

 クルーザーの最上甲板に出ると一気に視界が開け、吹き付ける強い潮風が耳元で唸りをあげる。

 西に傾きつつある太陽が空を紅く染め上げ、夕日を浴びる海原は黄金色に輝いていた。

 舞台照明さながらの幻想的な夕映えの下、佇む影がデッキに長く伸びる。

 夕日を背にして立つゾルタンはレイラの記憶に焼き付いた忌まわしき幻像そのままに残忍な笑みを浮かべていた。

 その手に握った拳銃の銃口が既に三人を捕らえている。


 「さあ、その目障りなサーベルを捨てるんだっ!」


 ゾルタンは目を細め、レイラの携えた黒薔薇の意匠が施されたサーベルを憎々しげに睨む。

しかしレイラにとってその剣はローズの魂そのものだった。

 躊躇うレイラを急かすように銃口が俺に向けられる。


 「仲間の命と引き替えにするのか!ああっ?」


 「……やめろっ!わかった……。言う通りにする……」


 奥歯を噛みしめながらサーベルを投げ捨てるレイラの様子に、ゾルタンが引き攣った笑いを漏らす。


 「くくくっ……。ずいぶん派手にやってくれたじゃないか。さすがはローズの娘だな。お前もあの時殺しておくべきだったよ。ローズを殺した俺を怨んでいるのだろう?その手で俺を殺したいだろうっ!だが、ここまでだ……」


 レイラはゆっくりと歩みを進め、獲物をいたぶるように笑うゾルタンと対峙する。


 「いや、お前を殺す気はないさ……。私はただ昔話を聞きたかった。それだけだ……」


 笑みさえ浮かべ、穏やかな口調でそう答えたレイラにゾルタンの表情が歪む。


 「む、昔話、だとっ……?」


 それも当然だろう。

危険を犯して社交パーティーに潜入し、砲弾の雨をかいくぐって命がけで辿り着いた目的が昔話を聞く為だと言うのだから。

 レイラにとって12年前の出来事は今も続く悲劇だったはずだ。

 だが彼女は探し続けた母の敵を前にして『昔の話』だと言ったのだ。


 「私はただ、母様が殺された理由を知りたいだけだ……」


 「お前はたったそれだけにの為に、ここまで来たと言うのか……。それだけの為にっ!お前は……、お前はワシから全てを奪ったと言うのかっ!ふはははははっ!」


 乾いた高笑いするゾルタンを、レイラは眉一つ動かす事無く見つめる。


 「それほど聞きたいなら……、いいだろう。昔話とやらを聞かせてやろうじゃないか……」


 ゾルタンは嫌味な笑みを浮かべながらレイラに歩み寄ると彼女の目を覗き込む。


 「ローズが死んだのはな、あの女が愚かだったからさ……」


 ゾルタンの挑発に僅かにレイラの周囲の空気が張り詰め、その拳が小さく震える。


 「義賊だか何だか知らんが、あの女は島の連中に肩入れしすぎたんだよ。資源開発を妨害された企業家、その利権を得られない政治家共、民衆の人気を独占された海軍、そしてワシにとっても目障りだった。あの海賊狩りはな、最初からローズを消す為の計画だったのさ……。ワシがローズをおびき出して海軍と共に葬る。沿岸防衛隊にはいくつかの弱小海賊を潰させてカモフラージュすれば怪しまれる事はない。そうとも知らずにお前の父親はよく働いてくれたらしいじゃないか!その功績で今は基地司令だったか?とんだピエロだぜっ!フハハハハハハハッ!」


 レイラの気持ちを弄び、挑発するかのようにゾルタンが狂った笑い声を上げる。

 ロジャー司令の夢を叶える為に身を引いたローズと、その想いに報いる為に司令が参加した海賊狩りはローズを闇に葬る為の計画だったというのだ。

ローズを葬った海賊狩りの功績によって夢が叶ったなんて、運命の皮肉にしては残酷すぎる。


 「あの日、『海賊狩りを察知したワシの艦隊が沿岸防衛隊を待ち伏せする』と偽情報を流したら、あの女はまんまとワシと海軍が待ち伏せしている場所に現れおった!だが、さすが『漆黒の薔薇』と恐れられる女だ。くそ、また傷が疼きよるわ……」


 ゾルタンは忌々しそうに左頬の大きな傷を撫でさする。


 「あの女はな……、お前の命だけは助けてくれと無様に地面に這いつくばって、泣きながら何度も懇願しておったわ。すぐに娘も後を追わせてやると言ってやったら、あの女は絶望にうち震えながら死んでいったよ。ハハッ!愚かな女だ!」


 「ゾルタンっ!貴様っぁぁぁ……!」


 ついにキレたレイラの叫びと共に黒髪が総毛立ち、その全身は怒りに震える。

 地の底から湧き上がるように、レイラの心が再び黒い感情に満たされてゆく。


「くぅぅぅぅっっ!殺して、やる……」


 激昂するレイラの様子に、ゾルタンは満足そうに口の端を歪に吊り上げて笑う。


 「クククッ!思ったより防衛隊の到着が早かったおかげで命拾いしたというのに、お前はこうしてワシに殺される為に戻って来たのだ。母親に似て愚かな奴だ。今度こそ母親に会わせてやろう!」


 そう言ってゾルタンがその手に握った拳銃をレイラの眉間に突きつける。

 しかしレイラの瞳に恐怖の色は無い。その瞳を満たしていたのは死の恐怖を遥かに凌駕する憎しみと殺意だった。


……どれ程の銃弾が身体を貫こうとも、この男を自らの腕がへし折れるまで殴りつけ、喉を食い千切り、四肢をバラし、この身が動かなくなるまで蹂躙してやりたい……

 だが憎悪で歪んだ醜い自分をカイルや仲間達に見せたくなかった。そして何より心の中の母様にも……


その小さな光だけが、レイラの心が憎しみの狂気に染まる事を押し留めていたのだ。


 「ウウウウウウウウウウウウウウウァァァァァァァァッッ!!」


 レイラは銃口を突きつけられたまま獣のような咆哮をあげてゾルタンを睨み付ける。

 喉が壊れんばかりに声を上げながら湧き上がる黒い感情の波に耐えていた。

 あの日、怒りと死の恐怖と自らの尊厳を押し殺し、母がそうしてレイラを護ったように……。


「ククク、その眼、あの時のローズと同じだな……。さあ、この昔話もそろそろ終わりだっ!昔話ってのはな、ハッピーエンドとは限らないのさ!」


 真っ赤に血走り、濁った眼を細めてゾルタンがこの物語の終焉を宣言した。

 現実味を帯びた死を前に、意外と自分が冷静な事に驚きつつ俺は思考を巡らせる。

 奴との距離は5メートル……、動こうにもヤツに隙がない。気をそらす事ができれば……。

 目だけを動かして使える物がないか周囲を探ると、遥か水平線の夕陽の中で動く影があった。

 白い波を蹴立てたその船影は復活したウォータージェットを使って猛スピードでクルーザーを追い上げて来る200号の姿だった。

 船橋に昇ったチップの横ではプルムが何か叫んでいるのが見える。

 背を向けているゾルタンは200号の接近に気付いていない。

 隣のエイミーと目配せを交わすと彼女も気付いているらしい。


 「……ふふふっ!ゾルタンっ、それで勝ったつもりか?」


 それまでとはうって変わって、冷静な口調でレイラがゾルタンを挑発する。

 どうやらレイラもまた気付いているのだろう。


 「……往生際が悪いのは母親譲りか!この後に及んで何ができるというんだっ!」


 銃口を押しつけられてるにも関わらず、余裕の笑みを浮かべるレイラにゾルタンが顔を曇らせる。

 背後から聞こえ始めた200号のエンジン音にゾルタンが気付いた瞬間――


 ガゴォォォォォォォォォーーーーーーーーーン!


 速度を緩める事無く200号がクルーザーの船尾に突っ込み、突き上げるような衝撃が襲う。

 身構えていた俺達は重心を落としてなんとか踏ん張るが、予想していなかったゾルタンはバランスを崩してつんのめった。

 その一瞬の隙を逃さず、レイラは右足を大きく踏み込んでゾルタンの懐に飛び込んでゆく。

 が、レイラの眉間から外れたゾルタンの銃口の先に居るのは、レイラの後ろに立っていたエイミーだった。

 ゾルタンがトリガーに掛かっていた指に力を込める。

 俺は素早く上着の内側のガンホルダーから愛銃のグロッグ19を抜き出すと、左に飛んでエイミーを突き飛ばす。


 頼む!一発だけでいい……、当たってくれっ!


 祈りながら狙いすました俺と苦し紛れのゾルタンの指が同時にトリガーを引いた――


 パーーーーーーーーーーン!


 乾いた二つの銃声が重なる。

 風に混じった硝煙が俺の鼻の粘膜を薄く撫でる。

耳元を銃弾が風を切って掠め、俺の放った銃弾はゾルタンの拳銃に命中してその手からはじき飛ばしていた。

 刹那、ゾルタンの懐に走り込んだレイラが咆哮をあげながら自らの拳をぐっと握り込む。


 「うおおおおぉぉぉぉっっ!!!」


 母への想い、そして憎しみの炎に身も心も焦がし続けた感情の奔流が大きな一つの塊として練り上げられ、物理的な力に変換されてゆく。


 そして――

運命の波に翻弄された母と娘の全ての想いを充填した、重く、鋭いレイラの一撃がゾルタンの鳩尾に深々とめり込んだ。

 立ち塞がるもの全てを破壊するかのような衝撃が奴の全身を貫く。


 「グッ……ハッ!」


 充血した目を見開き、崩れ落ちるゾルタンの耳元でレイラが囁いた。


 「この昔話はな……、ハッピーエンドなんだよ」


 ――太陽が西の海に没し、穏やかな海原が眠るように夕闇に包まれてゆく。

 バンピーロ海賊団の本拠地が置かれていたこの島にはいくつもの投光器が灯され、その光の中でゾルタンの悪事が白日の下に晒されてゆく。

 警察に公安、沿岸防衛隊の捜査員が行き交い、建物から多くの押収書類を運び出していた。

 これによって政界や経済界、海軍幹部とゾルタンとの繋がりを証明する事ができる。

 更に今回の捜査を沿岸防衛隊が中心となって行った事で海軍に対する発言力も増す事になるだろう。


島の高台に建つ古い屋敷の庭でレイラは夜風に髪を靡かせながら海を眺めていた。


 「船長、探しましたよ……」


 「カイルか……、最後の射撃はなかなか見事だったぞ。あれが最初で最後かもな!」


 冗談ぽく笑ったレイラが藍色を帯びる西の空の残照を仰ぎ見る。

 つられて空を見上げながら、そっとレイラに問いかけた。


 「……船長の12年は、終わりましたか……?」


 ゆっくりと振り返るレイラの瞳が戸惑いに揺れていた。


 「ああ……、終わった……。だけどこれから私はどう生きていけばいいか分からないんだ……。ずっと母様の復讐のためだけに生きてきたからな……」


 レイラは途方に暮れた子犬のように頼りなく視線を彷徨わせる。


 「カイル、その、お前が嫌じゃなければだが、これからも私の側に居て欲しいんだ……」


 弱々しく、すがるような眼差しで見上げてくる。

 12年もの間、悲しみと憎しみで磨り減った心は簡単に埋められやしないだろう。

 俺はレイラの瞳を真っ直ぐに見つめ、その震える心を包み込むように告げる。


 「ええ、もちろん側に居ますよ。一緒にさがしましょう!船長の、本当の人生を……」


 それを聞いたレイラは俺の目を真っ直ぐに見上げて微笑む。

眼下に瞬く投光器の淡い光に照らされた彼女の笑顔は純粋で、そして美しかった。


 「あれ?船長、今のって……。なんかプロポーズの言葉みたいですよね?」


 告白みたいなやり取りに恥ずかしくなり、茶化す俺の言葉にレイラが顔を赤らめる。


 「バ、バカッ!自惚れんなっ!お前はこれからも私の忠実なペットだって事なんだよ!」


 なるほど……、俺は主人の側に控える忠実な犬という事か。

……なんだか納得した。


瞬き始めた夜空を彩る幾千の星屑を並んで眺める。

 背後から近づいて来る足音に振り返ると、神妙な面持ちのロジャー司令がレイラを見つめていた。

 無言で見つめ返すレイラに、ためらいながらも司令が口を開く。


 「……ローズの死は、ワシの責任だったんじゃな……。ワシと出会わなければ、愛し合わなければ、そしてあの時、防衛隊を辞めてローズと一緒になっていれば……。ローズが死ぬ事はなかったかもしれん」


 自らを責め、視線を落とす司令にレイラが穏やかに語りかける。


 「……きっと母様は幸せだったはずだ。アンタと出会った事も、好きになった事も、愛する人が夢を諦めなかった事もな……。そして最後に、アンタと私を守れた事も。だから、もう終わりにしよう……。母様は今も、私達の中で生きているはずだろ?」


 司令はゆっくりと顔を上げると、優しく微笑むレイラを見つめる。


 「……ああ、そうじゃな……」


 そうしてようやく不器用な父親と意地っ張りな娘が笑い合う。

 皮肉な運命に翻弄された二人は、初めて親子として向き合ったのだ。


そこに走ってきた秘書官が司令に一礼すると、耳元で用件を告げる。


 「……やれやれ、こんな時でも仕事は待ってくれんな。暫く忙しくなりそうじゃ。それじゃあな、レイラ……」


 去っていく司令の後ろ姿に向かってレイラが叫んだ。


 「いつか一緒に、母様の墓参りに行こうぜっ!親父っっ!!」


 驚いたように足を止めたロジャー司令はレイラを振り返ると穏やかな笑顔を浮かべた。


やがて俺達を呼ぶ騒がしい声が聞こえてきた。

眼下の港の桟橋からエイミーにプルム、チップの三人が投光器に照らされた坂道を駆け上がって来る。


 「船長~船の応急修理、終わりましたよっ!いつでも出航できます~」


 「ちょっとカイル~!あんた船長と二人きりで何やってんのよ!」


 「カイルさん!二人で何のお話してたんですかっ~?」


 プルムとエイミーに詰め寄られ、さっきの会話を思いだしたレイラと俺は顔を見合わせて申し合わせたように真っ赤になる。


 「ちょ!何、今の二人の反応?どーゆー事よ!」


 「さ~ぁて!基地に帰って年越しパーティーだぞっ!今夜は飲み明かすぞっ~と!」


 プルムの追求を無視してレイラが逃げるように坂道を駆け下りてゆく。


 「あ~船長!今、誤魔化したでしょ!カイル!きっちり説明してもらうわよっ!」


 みんなもレイラの後を追って桟橋の200号を目指して走り出す。

 桟橋に停泊する船首が破損した200号には、ドリーとその周りを転げ回るプーコの姿が見える。


危険な任務に差別的な扱い、癖のある仲間達。俺の求める安らぎとは程遠い。

 だが俺はこれからもゴーストナンバーズであり続けたい、と心からそう願うのだった。


 坂道を駆け下りて船に飛び乗るゴーストナンバーズを見守るロジャー司令と、隣には制服姿のレフェリア海軍士官が立っていた。肩には少将の肩章が光る。


 「……ご子息には会わないで良いのですかな?ハートレイ少将……」


 ロジャー司令の問いにその海軍士官は少し淋しそうに答える。


 「カイルには……、自分の決めた道を自分の足で精一杯走り続けて欲しいのですよ。憎まれ役もまた、父親の仕事です……」


 「父親というのは因果なものじゃな……。それはそうと、今回は無理を聞いて貰ってすまんかったのう……」


 「はて、何のことでしょう?我が艦隊は練習航海中に偶然、海賊と交戦中の沿岸防衛隊に遭遇し、助太刀したまでですよ」


 「……では、そういう事にしておくかのう」


 「ええ……。まさか息子の為に艦隊を動かした、となれば大変ですからね。娘さんとの約束の為に沿岸防衛隊の存亡まで賭けたあなたならお分かりでしょう?」


 「はははっ!いやはや、海軍情報部には敵わんわい!」


 「おかげで我々もスクーナー少将の容疑が立件できます。……ああ、そういえば彼の供述の中に『パーティ会場に死んだはずの大海賊ローズが現れた』などという信じ難い証言が出てくるのですが、司令も例のパーティに出席されてましたね。何かご覧になりましたか?」


 するとロジャー司令は暗い海に遠ざかっていく200号を穏やかな眼差しで見つめる。


 「さあ……、ワシは何も見とらんな……。ヤツらが見たのはきっと、『ゴースト』じゃろう。この海の平穏を乱す者の前に表れると言われる『海峡の幽霊ストレイツ・ゴースト』じゃ……」


 やがて暗い海の夜陰に紛れるように200号の船影が滲み、その姿が幻だったようにかき消されていった。


 「なるほど……。フフッ……、そうかもしれませんね……」


 二人の父親は顔を見合わせて静かに笑い合うと、肩を並べて夕闇の中を歩き始めた――

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