第4話 愚連隊と遺された宝物

聖暦1995年 10月中旬――


果実がたたわに実る錦秋の候。

 しかし海の上ではこの頃から海流が変わり、北風が吹き始めると一気に冷え込んでそのまま冬に突入してしまう。

 この日もゴーストナンバーズが駆る200号は曇り空の下、朝からパトロール任務に就いていた。

 船は高い波に揉まれながら、ゆるゆると次のチェックポイントを目指して進む。

 俺は吹きさらしの船橋の上に立ち、どんよりと鉛色の雲が垂れ込めた空を見上げる。

 海を吹き抜ける風は北寄りに変わりつつあり、冷たい北風は降りかかる波しぶきを伴って一段と身体を凍えさせる。

 北北東の風。波高5。第三ポイントも異常ナシ、と。

 定時記録に記入すると、チップと見張りを交代して操舵室に飛び込む。


 「ふぁ~暖ったけぇ……!今日はずいぶん冷え込みますね。まだ十月なのに……」


 暖房の効いた操舵室には舵を握るドリー、艇長席にはレイラがあぐらをかいて座っている。

 いつもは露出の多いレイラも今日はさすがに寒いらしく、胸に沿岸防衛隊のエンブレムのはいった白いダウンジャケットを羽織っていた。


 「……海では季節の巡りが早いからな。陸では秋でも……、海はもう冬だ……。ふわぁ~あ」


 陽だまりの猫みたいな大欠伸をしながら、とろんと眠そうな眼差しのレイラが応じる。


 「こういう寒い日はウォッカが一番あったまるんだよな~。こんなに寒くなるって分かってりゃあ仕入れといたのによ」


 「さっきまで寒いからってホットラム飲んでたでしょ!これ以上アルコール度数上げられちゃ、敵いませんよ!」


 お酒は別としてもこの季節からこんなに寒くなるって分かってりゃ冬物の服を用意したのだが、今年初めてこの地方に来た俺に分かるはずもない。

 貸与された貧祖なダウンジャケットだけじゃこの寒さは厳しい。海軍と違って弱小組織の沿岸防衛隊では充分な予算は回ってこないのだ。

 その時、無線機のスピーカーから雑音混じりの音声が聞こえてきた。


 『ザザ……アポロン112号……手配中の海賊……確認。……より停船命……行う……』


 どうやらロンダム海峡の北にあるアポロン基地の警備艇無線が混線したようだ。

 時々上空の帯電域に反射して、こんなふうに遠くまで無線が届く時がある。科学者達はそれを利用して超長距離通信の研究をしているらしいが実現にはほど遠いらしい。


 「ここのところ海賊被害が増える一方ですね。月間件数は毎月最高記録を更新中らしいですよ……」


 俺の言葉に、無線に耳を傾けていたレイラが表情を曇らせる。


 「ああ、十年前に海軍と合同で行った『海賊狩り』で大物海賊が討伐されて以来、しばらく大人しくしてたんだがな。生き残った連中が再び海賊団を作って急成長してるらしい。今は海軍幹部や政治家とも繋がってるって噂だしな……。今度は一筋縄じゃいかないさ」


 「平和なこの時代に軍人や政治家がどうして海賊なんかと組むんでしょう……?」


 戦時中は国家や軍公認の私掠船として武器を与えられた海賊達は敵国の領海で商船や輸送船、集落などを襲い、儲けの一部を国に納めていたらしい。

 働きがめざましい海賊には国王から騎士の称号を授与されたらしく、その一人がレイラの曾祖母のシャーロットだった。

 当時は海賊が辺境の沿岸警備をも担っていたのだが、戦争が終わり、沿岸防衛隊も組織された事で海賊は有害なだけの存在となってしまった。


 「つまり国家ではなく個人の依頼を受け付けるようになったんだ。政治家は敵対議員の会社の船を襲わせて政治資金作りに。出世を目指す海軍幹部はライバルの管轄地域で問題を起こさせたりとニーズはいろいろあるさ。それに密輸や密入国の斡旋、果ては人身売買にまで手を染めてるらしい。奴等にゃあ海賊の掟など金と権力の前には無いに等しいのだろうよ」


 と、レイラがいつになく神妙な表情で答える。

 平和な世の中が続くほど、組織は内部から腐敗してゆくのが世の常なのだ。


 「ですが……、その人達だって海賊と繋がってる事なんてバレたら……」


 「ああ、だから捜査に政治的圧力が掛かったり、検挙活動の妨害や情報の漏洩なんかで、捕まえるどころか居場所すら掴めない始末なんだよっ!」


 頬杖を付いたレイラは憮然とした表情でラム酒を煽る。

 誇りを重んじ、義賊として名高い大海賊・ローズを尊敬しているレイラからすれば、今の海賊達の現状は我慢ならないんだろう。

 ローズも海賊ではあったが、彼女は越えてはならない一線を守り、貫くべき信念を持っていたのは確かなのかもしれない。


 「中でも一番規模がでかくて、最悪なのがバンピーロ海賊団だ。団長のゾルタン・ペス・ドラードは名前を変えて、表向きは善良な企業家を装ってやがる……」


 忌々しそうに大きなため息を漏らすレイラに、ふと違和感を覚える。

 なぜ海賊対策の捜査員ではないレイラがそれほど熱心に海賊を調べてるのだろう?いくら今の海賊の有り様が気に入らないからってそこまでするだろうか……。


 「あふぅ~~寒いでふよぅ~!!」


 そこに気の抜けた悲鳴と共に体を縮込ませたエイミーが操舵室に飛び込んで来た。

 ダウンジャケットのフードを頭からすっぽり被り、何枚も重ね着して上半身だけ膨んだエイミーはさながら雪だるまだ。

 マフラーに耳当て、手袋をはめたフル装備。

 それに何だかいつもり胸の膨らみが大きいような……。まさかエイミーの胸はまだ成長してるとでもいうのか!

 エイミーがいつもより膨らんだ胸のチャックを降ろすと、胸元から白い毛玉が顔を出して可愛い鳴き声を上げた。


 「ぷぅ~~」


 どうやらプーコをカイロ替わりに胸に入れてたらしい。


 「レイラ船長~プーちゃんお返ししますね!」


 レイラは戻ってきたもふもふのプーコを膝の上に置き、クッション代わりにぎゅむっと抱え込む。

 あ、そういえば夏に帰省した時にコリーから手編みのマフラーを貰ったんだっけ。

 執務室(食料庫)にある収納箱代わりの木箱の中を探ると、見覚えのある包みはすぐに見つかった。

 可愛い包み紙を開くと、丁寧に折り畳まれた茶色いマフラーが出てきた。

 操舵室に戻るとエイミーが手に持っているマフラーに気付き、コロコロと駆け寄って来る。


 「あっ、カイルさんっ!それって手編みのマフラーですか?もしかして……、彼女さんからですかっ?」


 「か、彼女なんていないよ~これは妹からなんだ」 


 「なんだ~そうなんですか!お兄さん思いなんですね~」


 エイミーがなぜかホッとしたように表情を緩める。


 「でもこの編み方って結構大変なんですよ。刺繍まで入ってるなんて凝ってますね~」


 エイミーに言われて改めて見ると、折り畳んだ端にピンク色の刺繍の一部が見えた。

 茶色のマフラーにピンクの刺繍って、目立ち過ぎだろ。


 「なんて書いてあるんですか?見せてくださいよ~」


 エイミーに急かされ、折りたたまれたマフラーをパッと顔の前に広げる。

 s・e・l・i・a・C……ん?あれ、これは裏側か……。


 「ひっ……!や、やっぱり……、カイルさんと妹さんて……、そんな関係なんですね……」


 裏返そうとしたとき、広げたマフラーの向こうからエイミーの悲痛な声が聞こえた。

 そんな関係って、兄妹だってプレゼントくらい送り合うだろ?

 エイミーの反応に首を傾げながらマフラーを裏返してみると、


 I‘m For Ever C a i le‘s(私は永遠にカイルのモノ)


 おまけに文字の下には赤いリボンを巻いた全裸のコリーが悩殺ポーズをしている写真までプリントされている。

 考えてみればコリーがまともなモノを渡す訳がないよな。

 ……くそ!油断してた!


 「これは違うんだ!見ないでくれぇぇぇっ!」


 慌ててマフラーを丸めて隠したが時既に遅し。

 泣きそうな表情を浮かべて固まっているエイミーの背後では、またもレイラが腹を抱えて大笑いしていた。


 「あははっ!家の外でも中でも使える成人向けグッズだな!大事にしろよ!」


 「家の中って、俺が妹の裸に欲情するような男だと思ってるんですかっ?」


 そこにタイミング悪く、空気の読めないチップが戻ってきて状況が更に悪化。


 「うわぁ~!兄妹でそんな関係なんて、禁断の愛ってやつですね!昼ドラみたいです。でも……、一緒にお風呂入ってるお母さんは二人の事知ってるんですか?」


 それを聞いて耐え切れなくなったエイミーが涙目で駆け出して行く。

 もう泥沼だった……。


 その日の夕刻――

 パトロールを終えてオリオン基地に戻ったゴーストナンバーズの面々は、いつもの様に食卓を囲む。

 外での食事は寒くなってきたので後部甲板のテーブルは船内食堂に移動させていた。

 夕食を終えると紅茶を飲みながら他愛ない会話で笑い合う。

 秋の夜長、心地よいゆるんだ時間が流れる。ここでは相手の腹を探り合い、話を合わせて作り笑顔を浮かべる必要もない。

 素のままの自分で居られる、俺にとってようやく見つけた大切な場所だ。

 ふとレイラが思い出したように、懐から折り畳んだ布切れを取り出してテーブルに広げる。


 「実はポーカーで大勝ちしてな、昔の海賊仲間からすげえモンまきあげたんだよっ!」


 ハンカチ程の大きさの古びた羊皮紙には、滲んだ文字と幾つかの絵が描かれていた。


 「何ですか~?この小汚い布は?」


 チップが布切れに手を伸ばそうとしてレイラに叩かれる。

 ドヤ顔で立ち上がったレイラはしっかりと溜めを作り、得意げに言い放った。


 「聞けえぃ~者ども!これはな……、宝の地図なんだよ!」


 全員を見渡し、鼻を鳴らしてふんぞり返っているが……、胡散臭い事この上ない。

 『海賊の宝の地図発見!』などと世間で騒がれるが、ほとんどが偽物だったりするもんだ。


 「いいか!この地図はな、海賊連中が何度も解読しようとして諦められた物らしいんだ。だから宝は今もどこかで眠っているはずだっ!なあっ?俺達で見つけてやろうぜ!」


 レイラはお宝の気配に爛々と眼を輝かせている。

 だが宝物どうこうは別として、推理ゲームや冒険小説好きな俺としては本物の謎解きに挑戦してみたいという気持ちもある。

 プルムが来て以来、おかしな方向に向かっている俺のイメージを払拭するチャンスかもしれないしな。

 そう思い直して身を乗り出す。


 「地図の真贋は謎を解いてみれば判りますし、本当に宝があったらラッキーですよね!」


 「おおっ!ノってきたなカイルっ!よし、私の為に解いてくれ!」


 俺達の熱気にあてられ、みんなのテンションも上がってくる。


 「そういえばあんた、謎解きや推理が得意だったわよね~。中学校の時にも理科と数学の先生の不倫も突きとめたんだっけ!あはははっ、あれは最高だったわ~」


 「やめてくれプルム、あの一件は結果が最悪だったから思い出したくないんだけど……」


 俺はみんなから期待がこもった視線を浴びつつ、慎重に古びた羊皮紙を観察する。

 中央には四つの簡単な風景画が並び、その下には擦れた筆記体で数行の文章と幾つかの数字が書かれていた。

 消えかけた文章を読んでみる。


 『※※※常世の国へと旅立ったのだ。私の全てであり、私の最も大切な宝を、海を畏れ、崇める者に託そう。どうか※※※早く※※※必ず見つけ出し※※※。願わくば海より深い信仰と太陽よりも暖かな慈愛の心、そしてニョルズとエーギルの加護があ※※※。5.18.23.36  5.10.20.7  5.6.40.13  5.10.32.25  8.2.15.39  8.6.3.12  8.13.56.19  12.1.45.68  12.4.53.39  12.11.26.34  12.25.16.9』


 俺と同じようにじっと文章を眺めていたエイミーが顔を上げる。


 「ここに書かれた文章……、滲んで読みにくいけど、なんだか遺書みたい……。誰でも良い訳じゃなくて、良心や優しさをもった人に宝をあげたいって感じですね~」


 「この文章の下に並んでる数字はどういう事なんでしょうか?緯度と経度かな~?」


 数字が得意なチップの言うように、カンマで区切った四つの数字の書き方は度・分・秒形式での緯度経度の表し方に似ていた。

 しかしこの座標だとかなり極地を指してる事になるし、そもそも緯経度の区別もないのは変だ。

 とりあえずそれは置いて、次に四つの約十センチ四方の小さな風景画を観察してみる。


 「う~ん、この風景画だが……。どっかで見覚え無いか~?」


 と、レイラが全員を見回す。

 見ただけで場所が分かる位なら誰かが見つけてるだろう。


 一つ目の絵は、真ん中の島に印が付いた水平線に並んだ三つの島影。

 二つ目は、高い断崖と小さな浜辺、その砂浜には小さな矢印が内陸を指している。

 三つ目は、鬱蒼とした森の中に佇む二つの大岩、同じ矢印がその岩の間を指していた。

 最後の一つは、滝のある渓流の風景で、矢印は川の下流に向いていた。


 つまりこの矢印を辿れば宝にたどり着くという意味なのだろうが、こんなどこにでもある風景ではどこなのかサッパリだ。

 まずは暗号から冒険小説で学んだ手順を思い出しながら早速分析に取り掛かった。


 「まず文章の内容から詳しく検証してみましょう。記述を客観的に見る為に、この文章から名詞や形容詞だけを拾いだしてください」


 「おっ!なんかそれっぽくなってきたな!ん~と……『私の全て』『最も大切な宝』『大いなる信仰』『慈愛の心』それと『ニョルズとエーギルの加護』って所か……」


 レイラが読み上げる言葉をエイミーがメモ用紙に書き出してゆく。


 「……それと託したい相手、『海を畏れ、崇める者』というのもそうでしょうか~?」


 エイミーもペンの頭をぷにぷにほっぺに当てながらつぶやく。


 「うん、この遺言を遺した人間は見つけて欲しい相手を明確に指定している。つまり……、その条件の人なら謎を解くことが出来るって事さ」


 それを聞いたレイラが一瞬顔を輝かせたが、すぐに仏頂面に戻る。


 「おい!海を畏れ、崇める者、ってのはあまりに漠然としすぎだろ!」


 「そうですよね。思いつくとしたら、漁師や船乗り、沿岸の住民、海軍軍人に……海賊?は含まれるのかなぁ……」


 「だけどこの単語ってよぉ……。なんか教会の説教に出てきそうな言葉ばかりだなぁ」


 「「「ええっ!教会なんか行くんですかっ?」」」


 レイラの口からが飛び出したイメージに合わない言葉に、全員が同時に驚きの声をハモる。

 教会で祈りを捧げているレイラの姿なんてとても想像できない。


 「何だお前ら、その反応は!……かなり昔の事だが、母様によく連れて行かれてたんだ。世話になってた漁村の教会でよぉ、説教がほんっとにつまんなくてな。その時間が嫌で仕方なかったから印象に残ってたんだよ」


 レイラはそう言って顔を歪める。本当にもうこりごり、といった表情だ。


 「そんな事だと思いましたよ~。船長が敬虔な信者にはとても見えませんもんね~」


 軽口を叩いたチップがレイラのゲンコツを食らう。

 ……そうか、これを書いた人が信仰のある人なら、同じ神を信じる人に託したいはずだ。


 「この『ニョルズとエーギル』って何でしょう?神様の名前だとは思いますが……」


 俺の問いに、それまでずっと黙って聞いていたドリーがぼそりと答える。


 「……ニョルズは海の繁栄を、エーギルは海の破壊を司る神だ。離島の漁民や船乗り、一部の海賊達が崇めていた神だったが、いまはもう信仰は廃れてしまっただろう……」


 「あっ、私が連れて行かれていたのも多分その教会だよ!まあ、そこ以外の教会には行ったことないから断言はできねえけどさ……」


 つまりこの近辺の島々で実在していた信仰だった訳だ。

 何となく糸口が見えてきたので、もう一度整理してみる。


 「……え~と、『海を畏れ、崇める者』とはニョルズ神、エーギル神を信仰する者を指してるとすると、その人ならこの文章を読めば謎が解けるって事だ」


 「だけどよ、海賊狩りの時、海賊の拠点になっていた離島の村は強制的に本土に退去させられてみんなバラバラになっちまったからなあ……」


 「でも教会があったということは教義なんかを記した教典があったはずです。その本が鍵になってるかもしれませんよ。文章の後に記されてるこの数字は『オッテンドルフの数式』という暗号と特徴が似てるんです。三つの数字がセットになっていて、ページ、行、何文字目というふうに本や手紙の中の文字を指し、その文字を抜き出して並べていくと答えになるという仕組みです」


 つまり『ニョルズとエーギル』の敬虔な信徒なら持ってるであろう教典の中の文字を指してる可能性が高い。


 「だけどカイルさん~、これは三つじゃなくて数字が四つありますよ?」


 並んだ数字を見つめてエイミーが怪訝そうに小首を傾げる。

 確かに『オッテンドルフの数式』では三つの数字が鍵になるはずだ。


 「そうなんだよな……、四つある意味が分からないんだよ……。三つのはずの数字が四つ。きっとその本を見れば解ると思うんだけど……」


 「おおっ!これってそんな暗号だったのかっ!」


 と、レイラが隣に回り、身体を密着させるようにして布切れを覗き込む。

 その時微かに触れたレイラの体温と息が掛かりそうな距離にある横顔に不覚にもドキリとしてしまった。


 「……ちょっとカイル!私にも見せて欲しいんだけどっ!」


 禍々しいオーラを纏ったプルムが俺達の間にぐりぐりと身体を割り込ませてくる。


 「んだよっ!邪魔すんなよなっ!」


 レイラも不機嫌そうにプルムを睨みつけるが、臆する事無くプルムもキッと睨み返す。


 「レイラ船長はそちらで酔い潰れててください~。この暗号は頭脳明晰、成績優秀な私とカイルの二人だけで解きますから!」


 「んだと~!お前は私がバカだって言いたいのかっ!」


 「違いますよ~。無資格、無教養な上司の手を煩わせないように、という部下の気遣いですので。お気になさらず!」


 「てんめえ~、幼女だからって何言っても許されると思うなよっ!」


 「誰が幼女よ!私はもうすぐハタチなのよ!船長こそ上官だから何言っても許されると思ってんじゃないですか?私を幼女って言ったり、カイルをペット扱いしたり。法務官の私が内部監査に告発すればあなたの首なんて簡単に消し飛ばせるのよっ!」


 「面白えじゃないか?お前はここがどんな部隊かまだ分かってねえみたいだな!公式記録から抹消されたゴーストナンバーズだぞ?ある日突然、新人の法務官が一人消えたとしても元々居ない事になってる人間だ。誰も気付きゃしないんだよっ!」


 レイラは素早くプルムを羽交い締めにして腰に吊したガバメントを抜くと、無骨な銃口でプルムの華奢な首筋をなぞる。


 「ひっ……」


 レイラの残忍な笑みに、さすがのプルムも目に涙を溜めて顔を引き攣らせる。

 こいつは子供の頃から負けず嫌いで、その性格が原因でいじめられていた部分が多いのだが、そこは社会人になってもちっとも変わっていなかった。

 するとエイミーが子供同士の喧嘩を諫める母親みたいに、


 「二人とも~、喧嘩しないでください!レイラ船長はお姉さんなんですから~。それと前にも言いましたよね?そんな風に銃を玩具にしないでくださいって。銃は大切なお友達なんですから……。早く仕舞わないとぉ……、私が取り上げちゃいますよ~?ふふふふ!」


 その途端、今度はレイラが顔を引き攣らせる。


 「わ、分かった!仕舞うからっ!……ほら、ちゃんと仕舞ったぞ、な?」


 レイラは素直にホルスターにガバメントを収める。

 こんな所でビースト化したら手が付けられないからな。


 「さぁ!みんなで力を合わせてなぞなぞを解いて宝物を見つけましょ~!」


 幼稚園の先生みたいなエイミーの掛け声で、気を取り直して謎解きに戻る。


 「……この暗号を解くには、その教典の実物がないと駄目なんですよね?だけどその教典がどんな名前なのかも分からないんじゃ、探しようがないですよ……」


 「うん、元信徒なら本の名前くらいなら覚えてるかもしれないけど、村も教会も残ってないんじゃお手上げだよな」


 行き詰まりを感じて黙り込んだ面々に向かって、レイラが得意気に鼻を鳴らす。 


 「ふふん!ここで主役の登場だな!実はその村に住んでいた婆さんとは付き合いがあってな、上手くすればその本がみつかるかもしれんぞ!」


 どうやらこの人は難しい事を考えるより行動する方が向いているのだろう。


 「なら俺は明日、基地の資料室に行って海賊狩りの資料を調べてみますよ!蔵書が多いので手伝いにプルムとチップを連れていきます」


 海賊狩り当時、作戦本部が置かれたオリオン基地の資料室なら押収品や捜索資料が残ってるかもしれない。

 そこにエイミーも元気よく手をあげる。


 「じゃあ私は街の図書館に資料がないか調べてみますね~」


 こうしてそれぞれの役目が決まった所で、今日のところはお開きとなった。

 何にしても、目的の本が出て来ないとここで終わりなのだが、こういうのは謎を解いていく課程を楽しむもんだ。

 だから俺としては宝はどうでも良い、なんて事は口が裂けてもレイラには言えないけど。

 ゴーストナンバーズの面々が席を立って食堂を出て行く中、ドリーだけが席に座ったまま古ぼけた羊皮紙をじっと見つめ続けていた。


 明くる日の同じ時刻――

 200号の食堂ではテーブルに宝の地図を広げて宝探し会議が始まった。

 まず最初に基地の資料室で海賊狩りの記録を調べてきた俺が成果を報告する。


 「あの海賊狩りで捜査が入った村は全部で5箇所ですが、海賊に関係のない教会までは捜査されず、残念ながら現場写真以外は何も見つかりませんでした……」


 コピーしてきた写真をテーブルの真ん中に広げる。


 「私が連れて行かれた教会も確かにこんな感じだった気もするけど、これだけじゃあ何も解らねえよなあ……」


 「そうですよね……、せめて教会の名前だけでも判ればよかったんですが……」


 一日中資料室に籠もっていたにも関わらず、何の収穫も得られずに気落ちした俺にエイミーが励ますように声を掛けてくれる。


 「あのっ、カイルさんっ!今日行ってきた王立図書館で見つけた本にこんな記述を見つけたんですが、見てもらえませんかっ!」


 それは島嶼地域の土着宗教について書かれた本だったらしく、ページのコピーには該当カ所が赤くマーキングされていた。


 『……北欧神話の影響を受けた考えられる事例では、沿岸部に見られる海洋神信仰が上げられる。特にロンダム地方沿岸部や島嶼部を中心としたニョルズ神とエーギル神への信仰は独自の教会建築や宗教文化を生み、教典「ノーア・トゥーン」第十八章の中では……』


 「あっ!やっぱり教典があったんだ!題名までっ!凄いよ、エイミー!」


 「えへへっ!一つ手掛かりがみつかりましたねっ!これを見た時は嬉しくて声をあげちゃって司書さんに睨まれました~。だけど図書館にこの教典はありませんでした……。書庫の蔵書目録も調べて貰ったんですが、やっぱり無いみたいで……」


 「ええっ!レフェリア中の本があると言われる王立図書館にも無いって事ですかっ!もう見つかりっこないですよ~」


 たいして何もしてないチップがガックリとため息をつく。

 しかし、一般に出版されてない教典なんかは図書館よりも元信徒が持っている可能性の方が高いはずだ。

 そう考えて、島の元住民に聞き込みに行ったレイラに目を向けると、


 「ふふふ……。やっぱ主役は最後に登場するって相場が決まってるんだよ、諸君!」


 待ってましたとばかりにレイラは不敵な笑みを浮かべる。


 「今日聞き込みに行った元住民のばあさんの話ではな、教典を持っていたのはごく一部の信徒だけだったらしい。そこでばあさんに教典を持ってそうな人を教えてもらったんだが……、その中に意外な名前があったんだ!」


 レイラは『にひひっ』と笑いながら全員の顔を見回す。


 「ちょっと船長!勿体ぶらないで、早く教えてくださいよぉ!」


 プルムがじたばたと待ちきれないようにせかす。


 「ふふふ、では心して聞くがよい……!その人物の名は、ロジャー・グラントだ!」


 レイラは芝居がかった口調で告げる。どうやらこれがやりたかったらしい。

 どこかで聞いたような名前に頭を捻ってると、俺を除いた全員が同時に驚きの声をあげる。


 「あんたのその顔、誰か解ってないんでしょ?基地司令の名前ぐらい覚えときなさいよ!」


 と、プリムが小声で教えてくれた。

 表情で解るとは、さすが幼なじみだ。


 「爺さんは住民ではなかったけど島の教会によく来ていたらしい。それに教会の捜索を中止させたのもあの人だそうだ。海賊狩りの時、じいさんは防衛隊側の現場指揮官だったからな……」


 レイラは海賊狩り以来面倒を見てくれているロジャー司令を『爺さん』と呼んでいる。

 海賊の娘だったレイラを沿岸防衛隊に入れたのもロジャー司令らしいから、きっとそれなりに親しいのだろう。


 「う~ん、爺さんに直接会えば聞くのは簡単なんだがな……。私が司令部に行くと、取り巻き共が寄ってたかって追い出すんだよ……」


 そりゃあそうだ。存在しないはずの部隊の長で、しかも大海賊ローズの娘が司令部の中をうろついてたなんて事がマスコミにでもバレたら大スキャンダルだろうからな。


 「何とか爺さんに近づく事ができたらなあ……」


 ため息をつきながらレイラはグラスのラム酒をちびりと口に含む。

 警備厳重な司令部に居るときがダメだとすると、公邸からの行き帰りを狙うしかない。


 「司令って、公邸から車で通ってるんですよね……。その時の警備状況や道順が分かれば、そこを狙う事もできるんだけどな……」


 俺がなんとなく口にした言葉にエイミーが食いついてきた。


 「それって襲撃ですかっ!襲撃ですよねっ!なら任せてくださいっ!こんな時の為にですね~。いろいろ準備してありますよ~!」


 そしてどこから出したのか、磨き上げられ黒光りするサブマシンガンやをバズーカー砲をテーブルの上に並べ始める。

みるみるエイミーの目に狂気の光が宿り始めた。


 「……うひゅひゅっ!ついにこの子達が火を噴くときがきたのねっ……」


 ビーストモード解放寸前だ。


 「違う違うっ!襲撃なんかしないっ!危ないから早くしまいなさい!」


 今にもぶっ放しそうなエイミーから急いで銃器を取りあげると、憑きものが消えるようにフッといつものエイミーに戻った。


 「あ……、もしかしてまた私ったらやっちゃいましたか?!そんな目で見ないでください。恥ずかしいですよぅ……」


 危険物を見るような俺の視線に、エイミーは両手で顔を隠して何やら照れている。エイミー的には『乱れた姿』を見られるのは照れるらしい。

 それを見たプルムがツインテールを振り乱して掴み掛かってきた。


 「ちょっとカイルっ!そんな目ってどんなイヤらしい目で見てたのよっ!エイミーの胸がちょっと大きいからってこんな時まで欲情するなんて最低ねっ!」


 「痛いっ!爪立てんな!誤解なんだよ。お前はまだ知らないだろうが、本当に今危なかったんだぞ!」


 「危ないのはカイルの視線でしょ!いつも目を離すと可愛い子ばっかに囲まれてるし!アンタはどこのギャルゲー主人公なのよ!」


 そこに痺れを切らしたレイラが割って入ってきて更に大騒ぎ。


 「おいっ!話が進まねえだろっ!カイル、そんなクソガキ相手にガキっぽい喧嘩してねえでさっさと続きを話せ!」


 「またガキって言ったぁ!これはレディーに対する侮辱罪よっ!それに昨日だって脅迫罪……、いえ、殺人未遂罪もまとめて告訴してやるからねっ!」


 「未遂が不満なら完遂してやろうかっ!ああんっ?」


 またもレイラとプルムが顔を突き合わせて睨み合う。

どっちがガキっぽい喧嘩なのやら。

 きりがないので手を叩いて無理矢理話を戻す。


 「はいはいっ!宝探しの話を続けますよ~!……襲撃なんて危ない事しなくても、バレる事無く司令に聞き込む方法はあります。簡単なスパイの真似事だけど、それには司令の行き帰りの時間や経路、護衛態勢の情報が必要なんですよ」


 それらは当然オリオン基地の最高機密情報のはずだ。

 それをどうやって調べるかが難問なんだよな……。


 「ああ、それなら簡単よ。仲の良い同期の法務官が秘書課に居るからねっ!」


 さすがはエリート、プルムの一声であっさり解決した。


 「なんとかなりそうだな……。じゃあカイルよ、その案とやらを聞かせて貰おうか!」


 舌なめずりしながらレイラが身を乗り出す。やる気満々のようだ。


 「それじゃあ作戦を説明しますよ……」


 その後、ゴーストナンバーズの会議は深夜まで続いたのだった。


 それから一週間後――

 いよいよ『突撃!基地司令に聞き込み大作戦』の決行日がやってきた。

 エイミーは最後まで『基地司令襲撃作戦』という名前にこだわっていたが、万一洩れたら反逆罪で逮捕されかねないネーミングなので妥協してもらった。

 プリムの調べでは、司令の車はいつも17時30分に本部を出発する。毎日の行き帰りには護衛車両は無く、障害と言えば助手席に乗っているボディガードの将校が一人。

 しかし車体もタイヤも防弾仕様の上、ボディガードは基地一番の武術と射撃の腕らしい。まともにやりあったら勝ち目はない。


 俺とレイラは本部棟が見える植え込みの影に停めた車の中でロジャー司令を待つ。

 時計の針は間もなく17時30分を指す。

 既に正面玄関の車寄せには黒光りする公用車が停まり、見送りの二人の将校が周囲に目を光らせていた。


 「くそぉ~~なんで私が運転係だけなんだよっ!つまんねえぞっ!」


 双眼鏡を覗く俺の隣では、帽子とサングラスで変装したレイラが不満そうにハンドルを叩く。


 「しょうがないでしょ……。船長は司令部の人達に面が割れてるんですから……。おっと!司令が出てきましたよっ!」


 数ヶ月前の着任式で長々としゃべっていた白髭のじいさんが出てきて乗り込むと、車は数人の事務官に見送られながら基地の出口に向かって動き出す。


 「船長!後を追ってください!あんまり近づき過ぎないようにしてくださいね」


 「分かってるよ!ったくっ!何でお前に指図されなきゃならんのだ……」


 ぶつくさ言うレイラの運転で、ロジャー司令の車の後を追う。


 「こちらマッド・ドリンカー(狂った酒飲み)。目標は予定通り出発。ミッション開始だ!」


 無線でみんなに作戦開始を告げる。


 「やっぱりそのコードネームはなんか気にくわねぇ!……誰かへの当て付けの様な気がするんだが……」


 それはいつもレイラに振り回されている俺のささやかな反撃だったが、黙っておく。

 オリオン基地から出た司令の車は基地の脇道を大通りに向かって走る。


 『ザッ……こちら801、第一ポイントに目標確認。これより仕掛ける……』


 第一ポイントの担当はチップとドリー。

 ちなみに801(やおい)はドリーのコードネームである。

 司令の車は大通りに続く最後の直線道路に入る。すると道の先に工事中の標識と車止めが見えてきた。

 工事現場ではヘルメットとタンクトップのごつい作業員が鉄材を抱え、反射ベストをつけた小柄な警備員が迂回路に車を誘導していた。

 もちろんそれは変装したチップとドリーなのだが。

 車は工事現場の前で一度停車したものの、ゆっくりと左折して迂回路に入った。

 なんとか無事に第一ポイント通過だ……。

 怪しまれてUターンでもされたら作戦がやり辛くなってしまう。

 この迂回路は住宅街の狭い路地を抜け、少し先で大通りに合流するように看板を立ててある。

 司令の車が迂回路に入るのを見届けると、ドリーはすぐさまニセの工事現場を片付け、チップは服を着替えて第二ポイントに走る。

 続く第二ポイントは迂回路から大通りに出る交差点だ。

 細い路地の両側は高い塀で囲まれ、左右の見通しは良くない。

 車を迂回させて見通しの悪い交差点を通らせるのがこの作戦の重要なキモだった。

 司令の車はゆっくりとしたスピードで住宅街を抜けると、間もなく大通りに出る交差点に差し掛かる。


 『ザザッ……はぁはぁ、こ、こちらチップです。準備完了。目標の接近を確認しました。作戦に移ります。はぁはぁ……』


 息をきらせたチップからの無線が入って来た。あだ名がコードネームみたいなもんなのでそのまま。

 考えるのも面倒だったと言うのもあるけど。

 交差点手前で一時停止した司令の車が再びゆっくり動き始めた、

その瞬間――


 キキッーーー!!ガシャッ!


 けたたましいブレーキ音と共に、大通りを走って来た二人乗りの自転車が司令の車の前輪部分に突っ込んできた。

 自転車は派手に横転し、乗っていた二人が路上に投げ出される。

 それはお腹の大きな妊婦と小さな女の子だった。

 慌てて助手席のボディーガードが降りてきて二人元に駆け寄ると、倒れている二人に声をかける。


 「だ、大丈夫ですかっ!」


 大きなお腹を抱え、擦り傷だらけの妊婦は弱々しく顔を上げると、


 「ううっ、す、すみません……、出産日が近くて、病院に急いでいたもので……痛っ!!」


 お腹を押さえた妊婦が苦しそうに呻くと、一緒に自転車に乗っていた小さな女の子が泣きながら母親にすがりつく。


 「ふぇぇぇ~おかあさん……。死なないでぇ……。お父さんも死んじゃって、私一人ぼっちになっちゃうよぉ……ぐすっ!」


 「大丈夫だから泣かないで……、ううっ!」


 苦しむ母親に縋り付き、泣き喚く女の子の姿は誰が見ても涙を誘う痛々しい光景だ。

 しかし少し離れた場所に停まった車の運転席では、レイラがハンドルを叩きながら笑い転げていた。

 もちろんこの事故はエイミーとプルムのヤラセなのだが……。


 だめだっ、もう我慢ができない!すまんが俺も笑ってしまうぞプリム!


 ツイテールにリボン、真っ赤なスカートに縞々のニーソックスのプルムはマタニティーウェアを着て妊婦に変装したエイミーと親子にしか見えない。

 一方の緊迫した現場では血相を変えたボーディガードがエイミーを助け起こしていた。


 「ま、待ってろ!今救急車を呼んでやるからな!」


 ボディガードが救急車を要請しようと無線に手を掛けた時、調度通りかかったサンバイザーの小柄な男が妊婦に駆け寄る。


 「大丈夫ですか?ああっ!これはマズイ……。破水しているじゃないですか!」


 サンバイザーを目深に被ったチップの演技と格好はかなりわざとらしいが『破水』という言葉に動転したボーディガードはそれに違和感を抱く余裕はない。

 更ににチップが畳み掛ける。


 「これじゃあ救急車を待っていたら間に合いませんよ!すぐに病院に運ばないと……、おや、車に乗ってるのは……オリオン基地司令じゃないですか!これはスクープだぞっ!『オリオン基地司令。妊婦の親子を跳ね、放置して立ち去る!』明日の見出しはこれでいけますね!」


 チップはそそくさとバッグから望遠レンズの付いた玄人向けのカメラを取り出し、パシャパシャと事故現場の写真を撮り始めた。

 それは誰が見てもプロの動きだ。さすが生粋の鉄道ヲタクだけあって、機材も撮り方も気合いが入っている。

 そのせいでチップを本物のマスコミの人間だと信じ込んだボディーガードは車に駈け戻り、ロジャー司令に判断を求めている。

 ようやく落ち着きを取り戻したレイラはハンドルにもたれ掛かったまま、


 「あんな小細工までしなくても、きっと爺さんは二人を乗せていただろうさ……」


 何となく優しい表情で独り言のようにつぶやく。

 するとレイラの言った通り、ボディーガードがエイミー扮する妊婦を抱え上げると、プリムと共に車の後部座席に乗せて車が走り出した。

 なんとか上手くいったようだ。

 車内ではプルムがレイラが書いた手紙と宝の地図のコピーをそっと司令に渡す手はずになっている。

 エイミーには行き先の病院を指定し、スピードを出させないために痛がるよう指示してある。


 俺達は残されたチップを拾うと、司令の車を追い抜く。

 救急病院に先回りするとすぐに駐車場に車を入れ、後部からストレッチャーを出して救急入口の前にスタンバイ。

 そして俺は白衣をはおり、チップは男性用のナースウェアに着替えて看護師に変装する。

 程なくしてロジャー司令の車が救急病院の門から勢いよく入ってきた。

 医師とストレッチャーを押した看護師という本物さながら出迎えでエイミーとプルムを無事回収。

 慌ただしく、それっぽく声を掛けながらエイミーを乗せたストレッチャーを救急入口から搬入した後、そっと外を伺うと司令の車は病院から出て行った。

一応念のために内科の待合室まで移動して患者に紛れる。


 「ふうっ……、行ったみたいだな……。エイミーもプルムもお疲れさん!首尾はどうだった?」


 「バッチリですっ!プルムさんが手紙の封筒を渡した時は司令も不思議そうな顔をしておられましたが、船長の署名を見て納得いったように笑っておられました。それからは司令も演技に協力してくれましたし……。お優しい方ですね……」


 そう言って穏やかに笑うエイミーとは対照的に、プルムはふくれっ面でなにやら俺を睨んでいる。


 「あのさ……、上手くいったのは良いんだけど、私は納得いかないわ!どういう事なのよ!私の役が小学生の女児って無理ありすぎでしょっ!!」


 プルムが拳を振り回しながら俺に突っかかって来る。

 だけど格好が格好だけに全然迫力が無い。子供がだだをこねているみたいでむしろ微笑ましい。


 「ハッキリ言おうプルム。これほどピッタリの役は他にはないっ!天下の名子役と呼ばせてもらうよ!」


 「どーゆー意味よっ!事と次第によっちゃあ、アンタを告訴してやるわよっ!!」


 俺に殴り掛かってくるプルムに、待合室に座っていた白髪のおばあさんが優しく語りかけてきた。


 「おじょうちゃん……、難しい言葉を知っててお利口さんだねぇ……。でもね、先生をあんまり困らせちゃだめよ……、痛い痛い注射されるよぉ……」


 そう言っておばあさんがプルムの頭を優しく撫で続けると、徐々にプルムの怒りの形相が穏やかになり、最後には無表情になった。


 「……もういいわ……」


 力無くつぶやき、トボトボと車に戻って行くプリムの背中には形容しがたいほどの哀愁が漂っていた。


 こうして大成功に終わった『突撃!基地司令聞き込み大作戦』から二日後。

 200号にレイラ宛の小さな郵便小包が届いた。差出人の欄には「爺さんより」とだけある。間違いなくロジャー司令からだ。

 夕食後、いつものようにみんなでテーブルを囲む。

 その輪の中心には例の小包。

 気がかりなのは、中身が目的の本であったとしても俺の推理が間違っていたら振り出しに逆戻り。

 あんな派手な作戦までやって、推理が間違っていたなんて事になればレイラとプルムからどんな目に遭わされるか想像するだけでも恐ろしい。

 小包を開くと、出て来たのは革の表紙の古い本だった。そしてその本と一緒にロジャー司令からの手紙も同封されていた。

 手紙に目を通したレイラが気恥ずかしそうにそっとつぶやく。


 「……全く、こういう事は口で言えよな……ほら、爺さんからお前らにも言伝だ」


 手紙の文面にはレイラを気遣う司令の優しさが溢れていた。

 海賊狩りの時、海賊のアジトに捕らわれていた十歳のレイラを保護して以来、娘のように面倒を見てきた司令はレイラにとって恩人であると同時に父親替わりでもあるのだろう。

 手紙の最後には俺達宛に、どうにかレイラを宝に導いてやって欲しいとの記述があった。

 その文面からは司令からの強い想いを感じたが、それ以上の事は分からなかった。

 次に古ぼけた本を手に取り、恐る恐る厚い革の表紙を開くと、中表紙にゴシック調の文字で「ノーアトゥーン」の書名が書かれていた。

 間違いなく探し求めていた本だ。

 なんだか、苦労して手に入れたこの本自体が宝物のような気さえしてくる。だが問題はこの本の中にあの謎を解く鍵があるかどうかなのだ。

次のページの目次には各章の題名が並んでいる。


 第一章・創世、第二章・生誕、第三章・逢着、第四章・懊悩……

 第五章・信仰、第八章・慈愛、そして第十二章・加護……


 ……あれ、この単語、どこかで見覚えがある。

 地図の記述にあった『大いなる信仰』『慈愛の心』『ニョルズとエーギルの加護』とはここから取ったものなのかもしれない!

 それに文章の後に書かれていた四つある数字の一つ目はそれぞれ、5、8、12……

 これもそれぞれの単語の章番号と一致していた。

 おそらく最初の数字は章、二つ目は章の中のページ、三つ目は行、四つ目は何文字目かを指しているんだろう。

オッテンドルフの数列の応用版といった所だ。


 「船長!宝の地図を見せてください!プリム!紙とペンを貸してくれ!」


 興奮気味な俺の様子にみんなが色めき立つ。


 「おい!カイル!解けたのかっ?」


 「まだフェイクの可能性もありますので最後まで分かりませんがね……」


 一文字づつ慎重に当てはめながら、文章から文字を拾い出してゆく。


 『ワ・レ・ニ・カ・イ・ゾ・ク・ノ・イ・ノ・チ・ノ・ミ・ズ・ヲ・サ・サ・ゲ・ヨ』


 「゛我に海賊の命の水を捧げよ゛……カイル~こりゃあどうゆう意味だ?」


もう一度整理して最初から考えてみる。 

まず前提として、この謎が解ける人間とは、これを書いた人間にとって『宝を見つけて欲しい相手』であるはずだ。

 それは同じ神を信仰し、教典まで持っている程の敬虔な信徒。

 ……となると、教会のある漁村や離島の住民、船乗り、漁師達。

 そんな人達がこれを読んでイメージできる事とは何だ?


゛海賊の命の水゛


ハッキリと書かれている海賊達も今まで解こうとしても解けなかった謎でもある。

 この場の海賊代表であるレイラをじっと眺める。

 海賊にとっての、命の水……、海の上では真水は大切だ。しかしそれは海賊に限った事では無い。 

 海賊にとっての命に等しい何か。無いと生きてゆけない水とは……、あっ!もしかしたらっ!


 「船長……、こんな時ですが、思い出したので伝えておきますね。実は今月の定例会議で船長の飲酒が問題になりましてね。なので今後、二度と飲酒は出来ませんので悪しからず……」


 ラム酒の瓶とグラスを取り上げると、レイラが涙目で子供みたいに狼狽える。


 「突然何だよっ!おい!返せっ!私は酒がなきゃ生きていけねえよっ!頼む、見逃してくれぇ~!」


 『海賊の水』と聞いて真っ先に思い浮かぶ物。

 しかし海賊にとってあるのが当たり前すぎて思いつかない物……。

つまりラム酒だ。

 俺は取り上げたラム酒の入ったグラスを高く掲げると、宝の地図の上にぶちまけた。


 「おいっ!大事な宝の地図に!どっちも勿体ねぇ!」


 「ああっ!アンタ何やってんのよ!」


 突然の奇行に誰もが目を見張る。

 ラム酒はみるみる羊皮紙に染み込んでゆき、文字や絵の一部が徐々に消えていく。


 「ほらみろ!早く拭かねえと消えちまうよ!」


 「待って!そのまま見ててくださいっ!」


 慌てて布巾を取りに走るエイミーを制止して地図の変化を見守る。

 すると文章に並んだ数字の幾つかが消えてしまった。

 残った数字は……32.785962.16.524339.


 「あっ!これって緯度と経度?……座標だっ!」


 チップが海図を取りに走る。かたやレイラとプルムは呆気にとられて地図をみつめている。

 変化は文字だけでなく風景画にも表れていた。

 三つの島影の絵は、両側の島が消えて矢印で指された一つの島だけが残された。

 断崖と砂浜の絵には何の変化も無いが、次の渓流の風景画は全てが消えている。つまり関係の無いフェイクだった訳だ。

 四つ目の密林の中の二つの大岩の絵は、大岩の一つが消えていた。

 まさか絵にまで仕掛けがあったとは……。

 そこに釈然としない表情のチップが戻って来る。


 「おかしいなあ~、この座標はネレイス群島の真ん中辺りですが、ここって何も無い海の上なんだよな……」


 と、頭をぽりぽり掻きながら、海図と睨めっこして首をひねっている。


 「お前の計算が間違ってんじゃないか?貸してみろ!」


 レイラが海図をひったくり、座標を当てはめてみるが結果は同じだった。


 「きっとここで一つ目の風景画を当てはめるんでしょう……。この座標の位置からこの景色と同じに見える方向は……。ほら、東の方向には三つの島が並んでるでしょ?つまりこの座標の位置からは島が重なって、この絵のように一つに見えるはずです!」


 もし座標が少しでもずれたら島影は一つに見えない。

 逆に絵の細工に気が付かなければ、全く別の島を探し回る事になる。

 どんな宝が眠ってるのかは分からないが、余程大切な物が隠されているのだろう。

 しかも特定の人間ならば簡単に見つけられるように出来ている。条件付きとはいえ、不特定多数の人間が簡単に解けるような地図をわざわざ残すのには何か理由があるはずだ。


 「カイル~よくやったなぁ……。さすがは私が見込んだ副官だ……。だが嘘を言って私を絶望させ、ラム酒を無駄にした事はあとでゆっくりじっくり後悔しような~」


 レイラが妖しい笑みを浮かべ、俺の胸ぐらを掴む手に力を込める。

 怒り半分、称賛が半分、だから今は保留ということらしい。


 「よ~しっ!野郎共!謎は全て解けた!出発は明日!宝は目前だぁ!!!」


 「ちょ、待って下さいよ船長!明日は朝からパトロール任務が入ってるんですよ!」


 慌てて止めに入るが、こうなったレイラを止められる者などいない事は解っている。


 「ついでにパトロールして来りゃいいだろ!お前はホントに国家に忠実な犬なんだな……」


 そう言って哀れみの目で俺を見下ろす。自分もその一員だろうに……。

 パトロールはやると言ってるし、こうなったら渋々ながらも承諾するしかない。

 その後、出発の段取りや装備の確認を行い、今日の会議は解散となった。

 かくゆう俺自身も宝探しのロマンに胸を高鳴らせつつ床についたのだった。


 ――明くる日の天候は快晴。

 波も風も穏やかで絶好の宝探し日よりだ。

 200号は穏やかな波を切り、鮮やかな群青色の海原をひた走る。

 船橋の上に立つ俺の頬を朝のひんやりとした風が心地よく撫でてゆく。

 パトロールという名目での出港なので、周囲を警戒しながら進む。

 レイラは最短距離で島に行きたがったが、なるべくパトロールコースを辿っておかないと燃料消費量や定時無線交信など、書類上での誤魔化しが出来なくなるのだ。


 全く、報告書を書く身にもなって欲しいもんだ……。

 頭が痛くなる思いの俺を他所に、レイラは船首甲板に置いたビーチチェアに寝転がって眩しい太陽の光を浴びながら背伸びをしている。


 「皆さん~!朝食の準備が出来ましたよ~!今日はクロワッサンサンドです~」


 そこに甲板からエプロン姿のエイミーが食事の時間を告げる。

 いつもの制服姿も良いが、家庭的なエプロン姿もよく似合っていた。

 俺達は朝食のクロワッサンサンドを頬張りつつ、宝の島を目指してひた走る。

目的の島までは約一時間程度の航海だ。

 到着後、速やかに上陸するために、全員に段取りを説明する。


 「……個人装備は各自で再度確認しておいてください。上陸メンバーは船長、俺、エイミー、プルム、チップの五名。船での待機はドリーとなります」


 「おいドリー、本当に来なくていいのか?」


 「……ああ、俺は行かない。船には誰かが残らないといかんだろ……」


 レイラの問いかけにも、ドリーはいつも以上に無口だった。この話が出た時からドリーの様子がおかしい気がする。

 それは付き合いの長いレイラも感じているらしく、彼女はあえてそれ以上の追求しようとはしなかった。

 後甲板に並べられたテントや飲料水、食料、無線機などをチェックする俺の背後からドリーが音も無く近づいてくる。


 「……カイル……、少しいいか?」


 性的趣向上、一瞬身構えたがドリーはいつになく神妙な面持ちだった。


 「……島には、俺は行く事が出来ないんだ……。だが必ず、レイラをあの場所に導いてやってくれ……」


 真剣で、それでいて淋しそうなドリーの静かな瞳がカイルを見つめる。

 こんな表情のドリーを見るのは初めてだった。


 「あの場所って、島に何があるか知ってるんですか?」


 「……何があるのかは俺も分からん……。だがそれはレイラが見つけるべき物なんだ……」


 「ロジャー司令の手紙にも同じ内容が書かれていました……。もしかしてあなたもロジャー司令もあの地図の事を知ってたんじゃないですか?」


ドリーはその問いに答える事無く、黙ってその場を去って行った。


 やがて200号はパトロール航路を外れると、一路ネレイス群島へ舵を取る。航路を外れれば海賊が跳梁する危険な海だが、危険なのは海賊だけではない。

 案の定、警戒しつつ進む200号の鼻先に突然、高い噴気が立ち昇った。

 それが合図だったかのように、その周囲にも間欠泉のように幾つもの噴気が湧く。


 「まずいっ!でかい群れだ!ドリーっ!回避しろっ!」


 慌てて大声で命じると、突然の船の急旋回にビーチチェアで寝ていたレイラが悲鳴をあげて転げ落ちる。

 一気に加速して急速回頭する200号の周囲、噴気があがった海中から巨大な白鯨の頭が次々と現れる。

 それは翼に似た大きなひれを持つ、真っ白なスカイホエールの群れだった。

 空に向かって飛び立つ無数の白鯨どうにかかわしてくぐり抜ける。200号より数倍も大きいスカイホエールに体当たりでもされたらひとたまりもない。


 「うう、痛ぇっ……。カイル~!お前、海獣の回遊情報チェックしてねえのかよ!」


 レイラがお尻を擦りながら船橋を睨んで抗議する。


 「パトロール航路以外の回遊情報まで申請できませんよ!」


 空と海に生息する大型両生獣のスカイホエール、そして海に住むシーホエールの回遊情報は海賊情報と共に海洋安全運輸局から各所に伝えられるが、航路以外の情報まで求めると怪しまれてしまう。


 「こういう事があるので、船長もちゃんと見張り勤務してくださいね!」


 「チッ!カイルの分際で偉そうに言いやがって……」


 ぶつくさ文句を垂れてるレイラも見張りに立たせ、警戒しながら船を進ませる。


それから程なくして、200号は宝の地図が示した海域に到着した。

 ネレイス群島の中央、ラム酒で濡らした風景画そっくりに、一列に並んだ島が一つに見える場所にある島だ。


 「ふふふっ!あれが宝の島かっ!待ってろよ~、今見つけてやるぜ!」


 レイラは船の舳先に仁王立ちになり、水平線に浮かぶ小さな島影を見据える。

 200号は島の周囲を巡りながら風景画と同じ断崖と砂浜を探す。するとすぐにそれらしき場所を発見した。

 木が生い茂り、地図の絵と様子が変わってしまっているがどうやら目的の島で間違いないようだ。

 ボートを降ろして上陸装備を載せると、いよいよ島に出発する。

 船に残ったドリーが200号の舷側に立ち、ボートを見送る。 気になって振り返った俺にドリーは小さく頷いた。

 ボートが砂浜に近づくと、待ちきれぬようにレイラが波打ち際に飛び降りる。


 「我に!続け~~ぃ!」


 水しぶきを上げて島に駆け出すレイラの後を追ってエイミーとプルムも続く。


 「船長~まってくださ~い!キャ!つめたいっ~」


 「ああん!私もっ!」


 レフェリア領の最南端、赤道に近いネレイス群島の気候はこの時期でも暖かい。

 レイラはピッチリとした黒のタンクトップにハーフジーンズ。

 薄いピンクのキャミソールに短いスカート風キュロットのエイミーと、パーカーにお揃いのショートパンツ姿のプルム。

 眩しい太陽の下、水際ではしゃぐ二人の美女+女児を姿を見てると、なんだか南の島にでもバカンスに来ている気分になってくる。


 「僕も~~っ!」


 と、掛け出そうとするチップの肩をガシッと捕まえる。


 「お前は、手伝え……」


 「はい……」


 チップと俺は二人がかりでボートを流されないように砂浜に引っぱり上げると、積んできた装備を降ろし、波の来ない木陰にテントを張った。

 テントの陰で一息ついている俺の元に、白い砂浜の向こうからレイラ達が駆け寄って来る。


 「おいカイル!見ろよ~でっかい椰子ガニだぞぅ~喰え!喰え!」


 「カイルさ~ん、こんなに綺麗な貝殻がありましたよ~」


 「ほら!アンタの為に高級食材のウニを取ってきてあげたわよ~!」


 二人の美女+女児に囲まれる俺を見て、チップが涙目で叫ぶ。


 「カイルさんばっかりモテるなんて、ずるいですよぉ~~!」


 お前ら、何しに来たか完全に忘れてるだろ……。

 こうしてベースキャンプの設営が終わり、水や食料の入ったリュックを背負うと、いよいよ一行は内陸の探索に出発する。

 砂浜から真っ直ぐ奥を指している風景画の矢印に従い、方位磁石を見ながら森の中に分け入る。

 長年、人の手が入っていない森は木々が鬱蒼と茂り、垂れ下がった枝やツタが行く手を阻む。

 ナタで切り開きながら進むと急に視界が開け、広い草原に出る。

 今は腰の高さ程の草が生い茂っているが、たぶん昔は広場だったに違いない。


 「あれって家か何かじゃないですか?」


 チップが草に埋もれて朽ち果てた小屋を見つけた。

 ログハウスのように丸太を組み合わせた小屋はかなり昔に焼け落ちたようだ。

 草を掻き分けて草原を横切ると、その先の森の前には三つの苔生した大岩が並んでいた。

 間隔が狭い二つの大岩の間には森に続く小道の跡があるが、残り一つの大岩は少し離れた位置にポツンと佇んでいた。

 岩の間の小道に入ろうとした俺達の背後で思い立ったようにプルムが立ち止まる。


 「ちょっと待ってカイル!これってあの絵に出てきた岩じゃないかな?」


 宝の地図を取り出して確認すると、周囲の状況や岩の感じも変わっていたが形と位置関係が一致している。

 描かれたのはこの三つの岩に間違いないようだ。


 「うん、かなり苔が生えてるけどこの絵の岩みたいだな……。船長~ラム酒ください」


 レイラはラム酒のポケット瓶を見つめてためらっていたが、諦めて渋々差し出した。

 絵の部分にラム酒を振りかけると二つの岩が消えて、残ったのは離れた岩だけとなる。


 「え~と、つまり矢印が指していたのは、こっちの離れた岩の方ですね……」


 涙目のレイラに瓶を返し、その岩の脇にあった消えかけた道を進むと今度は澄んだ水が流れる小さな渓流に突き当たる。

 右手には小さな滝が水しぶきを上げ、辺りはひんやりとした空気に包まれている。

 道は川に沿って下流に続いていた。


 「なあカイル?この風景は……、全部消えちまった場所だよな?」


 「そうですね……。完全に消えてしまってますね。つまり矢印に従って下流に進むのは間違いという事でしょう」


 渓流の濡れた岩を伝って向こう岸に渡ると、そこに再び道が現れる。

 近くの岩陰には古びた木の渡し板が積み重ねられていた。

 帰りに備えて川に板を渡して森の中の道をさらに進むと、今度は丸太で組まれた大きな門が立ち塞がった。

 門の両側は高い壁が森の中にまでずっと続いている。


 「これは……、でかい門ですね。この壁も高いし……。昔は砦だったんでしょうか?」


 長年放置されていた門の金具は錆に覆われ、至る所が苔むしているため全員で力を込めても分厚い門扉はピクリともしない。

 入れそうな隙間を探して辺りを調べ回っている中、レイラは腕を組んでじっと門を見上げて一人で首をかしげている。


「なんかこの門、見覚えがあるんだよな……。懐かしいというか。もうちょっとで思いだしそうなんだけど……」


「だめですね……、門の金具は完全に錆付いてますよ」


 門の蝶番をハンマーで叩いていたチップがお手上げといった風にため息をつき、壁を調べに行ったエイミーも戻って来ると横に首を振る。


 「両側の崖まで隙間なく続いてて入れそうもないですぅ……」


 「うっかりしてたよ……。爆薬でも持ってくりゃよかったなあ……」


 カイルのつぶやきを聞いたエイミーが待ってましたと言わんばかりに顔を輝かせる。


 「カイルさんっ!……よかったらコレ、使ってくださいっ!」


 おずおずと恥ずかしそうに可愛くデコった柄付き手榴弾を差し出すエイミー。派手なネイルみたいになってるよ。

 その素振りだけを見れば、勇気を振り絞ってバレンタインチョコを手渡している乙女みたいに見えなくもない。

だけど持ってるのはハートや星が散りばめられたキラキラの手榴弾。


 「あ……うん。ありがたく使わせてもらうよ……」


 「……お役に立ててよかったです。沢山ありますからい~っぱい使ってくださいね!」


 エイミーが再び懐に手を入れると、ズイッと指に挟んだ何本もの手榴弾が現れる。

 いつも一体どこから出してるんだよ……。


 「う、うん……気持ちはありがたいけど一個あれば充分だから……」


 俺はみんなが離れた事を確認すると、手榴弾のピンを抜いて門扉の隙間に差し込み、木の陰に避難する。

 数秒後、耳をつんざく爆発音が静かな森に轟き、驚いた鳥がバサバサと飛び立つ。

爆発の衝撃で錆びた蝶番がうまく壊れ、大きな門扉が土煙を上げながら倒れてゆく。

 門の残骸を乗り越えて漂う土煙を通り抜けると、予想だにしなかった光景が俺達の目に飛び込んできた。


 大きな門と高い塀の中は色とりどりの花が咲き乱れる草原が広がっていたのだ。

 一瞬、天国にでも迷い込んだかの様な錯覚に陥り、全員がその場に立ち尽くす。

 塀と崖に囲まれた窪地には川が流れ、むせかえる程の甘い香りに満たされた花畑の中央には、この場所を見守るかのように大きく枝を広げた大木が木陰を地面に落としている。

 常夏の明るい光が降り注ぎ、時折吹き抜ける風が鮮やかな花の波となって草原を撫でてゆく。

 まるで宗教絵画に描かれる別世界にも似た神々しさに誰もが目を奪われる。


 「……すごいっ……綺麗~」


 「ここは一体……なんだ……」


 やがてレイラが何かに導かれるように花に埋もれた小道に足を踏み出した。

 みんなもレイラの後を追って、花々の放つ甘い香りの中を無言で歩き続ける。

聴こえるのは軽やかなせせらぎの音、鳥達のさえずりに木々の葉擦れ。

 そこは塀と崖によって外界から完全に隔絶された、まるで天国のような美しい場所だった。

 小道は川に掛かる木の橋を渡り、奥の崖を背にして建つ古いログハウスに続いていた。

 ログハウスの手前まで来ると、レイラがしゃがみ込み、朽ち果てた小さな木馬をいとおしそうに眺めていた。


 「……こいつ、こんなに小さかったんだな……」


 「……船長はここを知ってるんですね」


 俺の問いかけに、レイラはゆっくりと言葉を紡ぐ。


 「ああ、思い出したよ。ここは子供の頃、私と母様が暮らしてた場所だ……」


 そっとレイラは木馬の背中に触れ、穏やかな声でレイラが静かに語る。


 「私がこの木馬から落ちて泣いてるとな、母様は手を出さずにただじっと見つめてるんだ。私が自分の力で立ち上がって、自分の足で母様の元に辿り着くまで、じっと見守ってるんだよ……。そして胸に飛び込んだ私を思いきり褒めてくれるんだ。『レイラは、強い子だねっ』ってな……」


 「海賊の世界に身を置くお母さんにとって、ここは娘と過ごす大切な場所だったんですね。『私の全て、最も大切な宝』とは、愛する娘。もし自分に何かあった時の事を考えて、この場所を記した謎を、我が子を託すに相応しい相手にだけ解けるように残したんでしょう」


 「ああ……。この場所を知ってるのは海賊団の中でもごく一部の者だけだからな。ここは私と母様、そして私が生まれてすぐに死んだ父様も暮らしてた家族の場所だった……」


 夫婦とそして親子だけの場所。それでドリーはここには入れないと言ってたのだろう。


 「だけど私がここに居たのは5歳か6歳くらいまでだったと思う……。ここが敵対してた海賊の襲撃を受けて以来、ずっと母様の船で育ったからな……」


 「漆黒の薔薇」と異名を取るほどに強かったローズにとって、娘のレイラは唯一の弱点だ。だからここに隠されていた。

 仲間にさえ秘密にしたのも、あの大袈裟な門や塀も、全てレイラを狙う者に備えての事だったのだ。

 ログハウスの前で立ち止まり、レイラはそっとつぶやく。


 「ただいま……母様……」


 レイラがログハウスの錆びた金具を外してドア開けると、軋みながらドアが開き、床に積もった埃の粒が舞い上がる。

 室内には簡素なテーブルと3つの椅子、小さなキッチン、その奥には二つのドアが並んでいた。


 「右が私の部屋、左が母様の部屋だ」


 「俺達は外に居ますから……。何かあったら呼んでください」


 振り返ったレイラは微かにうなずくように微笑み、時間と記憶の彼方にある母との思い出へと足を踏み入れた。


レイラはローズの部屋のドアを開け、室内に入る。

 微かに母の使っていた香水の残り香と、時を止めていたかのように、そのままの本棚やソファがレイラ迎える。

 在りし日の母の姿が部屋の情景と重なり、窓際の椅子に座ったローズが微笑み掛けてくる。

 海から戻ったローズはいつもあの場所で愛用のサーベルの手入れをしていた。

 その二本立ての剣立てには、輝きを放つ黒薔薇の細工が施されたサーベルが飾られていた。

 この剣こそ『漆黒の薔薇』……ル・ノワール・ローズだ。

 二本のうちの一本は12年前のあの日の戦いでローズと共に失われた。

 悲しい記憶を振り払うようにレイラが目を背けた先に、キャビネットに置かれた写真立てがあった。

 あの写真立てはいつもローズが淋しそうに見つめていたものだ。子供の頃はその理由を訪ねてはいけない気がして、最後までその表情の意味は判らなかった。

 写真立ての中のセピア色の写真には赤ん坊を抱いた若い頃のローズと、寄り添って立つ壮年の男性が写っている。

だが父親らしい男性の顔の部分が綺麗にくりぬかれていた。

 写した場所はこのログハウスの前、赤ん坊はきっと幼い頃のレイラだろう。

 ふと、ローズと男性の左手の指にはお揃いの指輪が光っているのに気づく。

 レイラは表面の埃を手で拭い、食い入るように見つめる。

 この指輪は母様が窓辺で眺めていた指輪だ。

 レイラはキャビネットの引き出しを全部開けて中を探ると、次に執務机の引き出しを次々に開けていく。

 やがて一番上の引き出しの隅、十年以上の時を経ても輝きを放つ指輪を見つけた。

 よく見ると、指輪の内側には文字が彫られている。


 『永遠の愛をここに誓う。ロジャー・グラント&ローズ・ベリー』


 レイラの震える唇から、声にならない叫びが漏れた。

 ……父様は死んだはずだ……。なのに、どうして……!


 ログハウスから出て来たレイラは入った時とは明らかに様子が違っていた。

 話かけても答える事なく、思い詰めたような表情で手に持った古い写真立てをじっと見つめているだけだった。

 その後、みんなで周囲をくまなく捜索したが、めぼしい物は結局見つけられず、ゴーストナンバーズは帰路についたのだった。


 空があかね色に染まる頃、基地に戻ってもレイラは何も話す事無く船長室に籠り、ローズの部屋で何があったのかは分からないままだった。

 夕食に呼びに行っても部屋の中からは「いらん……」とぶっきらぼうな答えが返って来るだけだった。

 重苦しい雰囲気の中、俺達は味気の無い夕食を口に運ぶ。

 火が消えたようなテーブルにはみんなのため息だけが聞こえる。


 「どうしちゃったんでしょう……、船長さん」


 「何なのよ、この葬式みたいな雰囲気……。アンタ、なんか面白い事やんなさい!」


 「そうですよ……、こんな時こそカイルさんお得意のいつもの爆笑コントをお願いしますよ!」


 「てめぇ!今まで俺の不幸をコントだと思ってたのか!……はぁ、もういいや」


 再び沈黙に包まれ、食器の音だけが虚しく響く。

 俺は改めてレイラの存在の大きさを思い知らされていた。


その時、外のタラップの方から誰かの声が聞こえた。


 「じゃまするぞ~誰かおらんかね~」


 「あ、は~い~」


 エイミーがパタパタと迎えに出るがすぐに、


 「あっはいっ!ちょ、ちょとおまちくださいませっ!」


 と、大慌てで戻って来た。


 「あの、あのっ!カイルさん、司令が、ロジャー司令が来てます!」


 「えええっ!!」


 基地のトップが直々に警備艇に来るなんて余程の事だ。

 すぐにエイミーに案内され、柔和な笑顔を浮かべたロジャー司令が食堂に入ってきた。

 全員起立して敬礼で迎える。


 「ああ、そんなに畏まらんでいい。ここへは基地司令として来た訳ではない。お前さん達があの島に向かったと聞いてのお……」


 私物のコートを羽織り、秘書官も護衛も連れずに来たところを見るとお忍びで本部を抜け出してきたらしい。

 俺達がかい摘んで島での経緯をロジャー司令に説明する。


 「そうか……、やはりそうじゃったか……」


 話を聞き終えた司令は神妙な面持ちで目を閉じる。


 「……あの古い地図の筆跡はローズの物じゃった。それにあの島の風景、忘れる事などできん……」


 誰ともなくつぶやく司令の言葉にふと違和感を覚える。

 なぜ司令があの島の風景を知っているのだろうか?あそこは家族だけの秘密の場所だったはずだ。

 やがてロジャー司令は腹を決めたように大きく息を吐く。


 「レイラは、奥か……?」


 俺はロジャー司令を船長室に案内してドアの前で声を掛けるが、やはり返事はない。

 ノブを回すと、堅く閉ざされていたはずの鍵が開いていた。

 ロジャー司令がニッと笑って俺に目配せをする。


 「……これは入ってもいいという合図じゃろう」


 司令と共に中に入ると、レイラは拒絶する様に入口に背を向けて椅子に膝を抱えて座っていた。


 「あの、俺は部屋の外に出てますから……」


 「いや、君にも聞いていて欲しい。そして他の仲間にも伝えてやってくれ……。レイラもそれでいいな?」


 レイラは何も答えない。これもきっと肯定のサインなんだろう。

 やがてロジャー司令がゆっくりと語り始めた。


 「レイラ、もう知っているとは思うが、ローズはワシの妻、お前はワシの本当の娘じゃ……」


 その言葉に驚いて交互にレイラと司令を見る。

 母親が死ぬ事になった海賊狩りを指揮していたのが父親だったなんて……。レイラの様子が変だったのはこの事を知ってしまったからなのだろうか?


 「……今まで黙っていて悪かった……。じゃが、ローズとの約束でもあったんじゃ……」


 司令の言葉が途切れると部屋はしんと静まりかえり、室内には船腹を叩く単調な波の音だけが虚しく響く。

 やがて感情を押し殺したかのようにレイラがゆっくり口を開いた。


 「……母様はな、父親の分まで私を慈しみ、守ってくれたんだ……。最後まで、たった一人でな。なのに今更……、なんで今更っ!」


 「ローズとお前には本当に苦労をかけたと思ってる……。いくら謝ったところで償えるものではないじゃろうな……」


 そこで言葉を切り、ロジャー司令は思い出すように語る。


 「ローズと出会った頃、ワシは海軍の天下り先となって腐りきっていた沿岸防衛隊をなんとかしようと躍起になっていた。その為には手柄をたてて出世しなければならん。確かに最初は海賊の情報を引き出す為にローズに近づいた。じゃがローズの自由奔放な生き方と内に秘めた強い心にいつしか惹かれていった。お前が生まれた時、ワシは防衛隊を辞めるつもりじゃった。事が公になれば防衛隊には居られないからな。ワシを煙たがっていた海軍出身の連中からすれば格好の攻撃材料じゃろう。しかしローズは辞める事を許さなかった。きっとワシの人生の重荷にはなりたくなかったんじゃろう……。本心は語らなかったがな。あれもお前と同じで意地っ張りじゃからな……」


 黙って聞いていたレイラが吐き捨てるように言う。


 「……どう取り繕っても結局アンタは出世の為に母様を利用して、私達を捨てたんだっ!」


 「そう思われても仕方ないじゃろう……。じゃが神に誓ってお前達を忘れた日はない!」


 「だったらどうしてっ!海賊狩りのあの日、どうして母様は一人で死んだんだ!あんたが側にいてくれれば……。母様は仲間だった奴に裏切られ、そこに海軍の海賊狩りが入った。裏切ったヤツは母様を殺して逃げた。なのに記録じゃ母様が行方不明だとっ!ふざけるなっ!」


 背を向けたレイラの肩が微かに震えている。怒りなのか、悲しみなのかは分からない。


 「……あの海賊狩りは人身売買や誘拐、そして政治家や軍部高官と繋がりのあった凶悪な海賊を一掃するものだったはずじゃ。もちろんローズには伝えてあった……。ワシにも、どうしてあの場所にローズが居たのか分からん!どうしてローズが……、あんな事にっ!」


 言葉を詰まらせた司令は歯を食いしばり、拳を振るわせる。

 この12年間、司令もまた苦しんできたのだろう。

 おもむろにレイラが椅子から立ち上がると司令を正面から見据える。その瞳は真っ赤に潤んでいた。


 「私は……、母様のかたきを見つける為にアンタの誘いに乗ってここに入った。母様を嵌めたヤツを見つけて恨みを晴らせば、あの日、ドアの向こうに消えて行った母様が帰って来るような気がしてた……。だけど、あの島に行って分かった。母様は、ずっと私の中に居たんだ。だから今はただ、どうして母様が死んだのか、なぜ殺されなければならなかったのか、その真実が知りたいんだ!」


 静かな炎を宿したレイラの瞳から、溢れるように零れた一筋の涙が頬を伝う。


 「……ワシもあれからいろいろ調べてみたが、防衛隊はおろか、海軍の内部資料にも不自然な程に何も残っていなかったんじゃ……」


 士官学校では、海賊ローズは消息不明だと教わった。ローズの記録は不自然な程に、完全に消されていたのだ。


 「じゃがもう一人だけ、海賊狩りの対象となっていたにも関わらずローズと同じように記録が消されていたヤツが居る。そやつは名を変え、今や最大の海賊団を率いておる」


 レイラは司令の目を見つめ、ゆっくりとその名を口にした。


 「……ゾルタン・ペス・ドラード……」


 「ああ、そうじゃ……。逮捕した海賊の証言で、ヤツがあの場所に居たことは間違いない」


 レイラの脳裏にあの日の記憶が蘇る。

 燃えさかる炎、入り乱れて闘う海賊達。怒号と悲鳴。血と硝煙の匂い。

 幼いレイラを庇いながら闘うローズと対峙した、残忍な笑みを浮かべたあの青い目の男。

 左頬の切り傷から流れた血が炎に照らされ、獣じみた残酷さをさらに際立たせている。

 レイラはローズの背中越しに、恐怖を悟られぬよう男を気丈に睨みつけた。

 ついに囚われ、檻から連れ出されるローズに縋り付くレイラを冷酷に見下ろしていたその青い目の男こそ……、ゾルタン・ペス・ドラード。


 ――あの日、レイラから全てを奪った男だった。


 その後、俺は二十年ぶりに親子としての対面を終えた司令を岸壁まで見送る。


 「君達はあの島でワシら親子にとって大切な宝を見つけてきてくれたんじゃ。レイラがワシを許し、父と呼んでくれるかどうかは分からんが、少なくとも親子には戻れた。今はそれで充分じゃ。カイル君、苦労をかけるだろうが娘を、レイラをよろしく頼む……」


 そう言うとロジャー司令は僅かな微笑みを残して帰っていった。


司令が帰った後、俺は再び船長室に戻る。

 12年間も探し続けていた母の敵がハッキリした今、レイラがどんな行動に出るか不安だった。

 そんな心配を余所に、レイラはあっけらかんと答える。


 「言ったろっ!私はただ真実を知りたいだけなんだ。人を恨んで生きるだけなんて悲しいじゃないか。母様に復讐の為だけの人生なんて見せられねえよ!」


 それはいつも通りのレイラの笑顔だ。


 「船長……。それなら司令をお父さんと呼んであげたらどうですか?」


 「それとこれとは違う!母様が死んで十年も黙ってやがって!私がひとりぼっちでどんな思いをしたか……、絶対許さんっ!」


 俺はその姿にそっとほくそ笑む。

 嬉しいくせに、この意地っ張りは母親譲りなんだろう。


 「……だがまあ、真実を見つける為に私に協力するって言ってるし、事と次第によっちゃあ許してやらない事もないけどなっ!」


 そう言うとそっぽを向き、レイラは照れ隠しのようにラム酒を煽る。


 「ああ、腹減ったぁっ!何か残ってねえのかよ~」


 「船長っ!自分でいらないって言ったんでしょう。全く……」


 レイラの後を追って船長室を後にする。


こうして奇しくも、在りし日のローズが遺言に込めた想いは時を経て、残された父と娘に家族というかけがえのない宝物を届けたのだった。


 そして、無人になった船長室のキャビネットにそっと置かれた写真立ての中で、若かりし日のローズが幼いレイラを抱いて幸せそうに微笑んでいた――

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