一章 始まりは突然に Ⅱ
「ね、早く歩いてよー、アヤちゃん!そんな鈍まな早さじゃ、見逃しちゃうかもしれないでしょ?」
「見逃すって、何を………大体何だか知らないけど、見逃したって別に良いよ、そんなもの……」
「ダメなのー!アヤちゃんが良くても、私がダメなのー!兎に角、早く歩いて!」
うー………だって………。
そんなこと言われたって………。
きついんだもん、この坂道。
大体、初の歩くペースが早すぎるんだよ。
ほんっと、無駄に体力だけはあるんだから。
と、私は内心グチグチと文句を言いながらも、初に従って仕方無く坂道を上っていた。
ここは
何で私が、こんなことをしているのかというと。
全てはこの、私に「早く歩いてよー」と催促してくる少女のせいである。
この娘の名前は美空初、私、綾野彩歌の隣家に住む一家の長女でもあり、クラスメートでもある。
この初は、まぁ色々あって暇をしていた私を「大変なの!」と言って外に連れ出した張本人である。
「何が大変なの?」と、何回か聞いてみたのだが、初は嬉しそうな笑顔で「秘密っ。でも、アヤちゃんも見たら絶対喜ぶと思うよ」と言うばかりで、全然教えてくれる様子は見られなかった。
教えてくれたっていいじゃん、こんな重労働してるんだから。
という言葉が口から出そうにもなったのだが、そんなことを言えば初の機嫌を損ね兼ねない上に、初の機嫌が悪くなると色々と面倒臭いので、私は慌てて言葉を飲み込んだ。
………。
にしても、やっぱり疲れるなぁ。
朝日塔への行き道はっ‼
「朝日塔」とは、「
まぁ、外見はボロ屋敷そのものなのだが、中に住んでいる人が凄いのだ。
住んでいるのは、
年齢不詳、見た目年齢は二十代後半くらいの、若々しい女性だ。
趣味は金集め、特技は死なないこと(というか、生命力が強いだけなんだけどね)といった、ちょっとどころではなくかなり変わった変人。
と、その炉さんの何処が凄いのかと言うと。
炉さんの本名と家系が、凄いのである。
炉さんは唯一の血縁者である母親が小さい頃に病死してしまい、それからは孤児だったらしいのだが、母親が生前に「あなたのお祖父ちゃんは外国人で、とても凄い人だったのよ」と、言われたことがあるらしい。
で、色々と調べた結果、自身の祖父は外国の私立探偵だったらしく、その後職業の縁もあって由緒ある一族の御令嬢と結婚していたことも判明したらしい。
さらに、その御令嬢が、外国では結構有名な人だったらしくて。
それで、炉さんはその御令嬢の子孫として、外国からも日本からも、一時期注目の的になったわけ。
しかも、炉さん母親は日本名として、「色町」と名乗っていたらしいけど、実際はもっと長い名前だったらしくて。
で、炉さんの本名も母親同様「色町炉」ではなかったらしい。
炉さんの本名は「ファイアー・イロマチ・ドアラクソン・ナイト(以下略称)」である。
以下略称なのは、これ以上書くと切りが無くなってしまうからだ。
炉さんの本名は、合計856文字もあるんだとか。
炉さん曰く「寿限無よりも長くて、寿限無とは違って全く意味の無い言葉の綴り」らしい。
まぁ兎に角、本名が結構長いために、炉さんは今も「色町炉」という名前を使っているんだとか。
と、話が大分それてしまったが。
─────何の話してたんだっけ?
あ、そうだそうだ、「朝日塔」についてだった。
兎に角、「朝日塔」は、「外国の令嬢の子孫」である炉さんが住んでいるため、「外国の令嬢の子孫の住居」として、この町の中では唯一と言っても良いほどの名所となっていた。
でも、そんな「朝日塔」だが。
実は、よく聞かれることがある。
例えば、何で海岸の名前が「夕深海岸」なのに、そこにある建物が「朝日塔」なのかとか。
何でただのボロ屋敷なのに「塔」呼ばわりされているのかとか。
うん、主にこの二つかな。
でも、炉さんを知る人物の一人として、このことについてはあまり触れてもらいたくない。
前にこのことを、炉さん本人に聞いてみたことがある。
その時炉さんは
「最初は、素直に"夕深屋敷"って名前にするつもりだったんだよ?でも、気が変わってね。何だか、「ここが夕深海岸だからって、素直に"夕深"って名前入れてやるもんかぁ!屋敷に見えるかも知れないけど、そんなこと言わせるかぁ、ここは塔だぁ!」って気分になっちゃつて。それで、"夕深屋敷"じやなくて"朝日塔"にしたわけだよ」
これを聞いた時、私は絶句した。
だってこれ、要するに─────
──────炉さんの性格がひねくれてるってことだよね?
まぁ、うん、要するも何も無く、残念なことに炉さんの性格はひねくれているんだけども。
と、私がそんなことを考えているうちに。
「着いたーっ!ほら、早く早く、アヤちゃん‼」
「はいはーい、わかったからはしゃぐな、初」
やっとのことで、例の「朝日塔」に着いた。
私は「早くっ」と催促されながらもペースを変えず、相変わらずとろとろと歩きながら、初の居るところまで歩いていく。
にしても………。
あー、疲れたーっ!
ほんと、
それをものともせず、平然と登りきる初は、凄いと思う。
いやまぁ、初はただ「体力バカ」なだけなのだけれど。
と、初のところまで追い付いて。
朝日塔の扉に手をかけて。
「炉さーん、入りますよー?」
一声掛けて、扉を開けた。
炉さんからの返事は無い。
中からは、相変わらず物凄い異臭がする。
「炉さーん、炉さーん?」
何度呼び掛けてみても、炉さんからの返事が帰ってこない。
まぁいいか、炉さん、生命力だけは無駄にあるから死んでるってことはないだろうし。
と、炉さんのことは良いとして──────────。
「ねぇ、初」
私は、後ろについて来ていた初の方へ振り返り、呼び掛けた。
「どうしたの?アヤちゃん」
笑顔で首を傾げる初。
いや、どうしたもこうしたじゃなくて─────。
はぁ、と溜め息を吐いて、私は言った。
「何が大変なの?」
わざわざ、朝日塔の急な坂道を登らせてまで来たのだ。
せめて、何が大変なのか聞きたい。
まぁ、予想はついている。
どうせ、どうでもいいようなことなのだろう。
本当、どうでもいいようなこと─────────。
私の思考を遮るかのように、初は言った。
「地球が、異世界に飛ばされちゃったんだよ」
─────────え?
何、言ってんの?
異世界って、え?
初が何を言っているのか、分からなかった。
ただ、わかってたことは、一つ。
これは─────「異世界に飛ばされた」ということは、紛れもなく本当だということだ。
だって、その時の初の目は─────
今まで見たこともないほど、真剣なものだったから。
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