十七章 望みの鏡 <Ⅱ>谺の主
朝霧のかかる
「法師様――」
あたしの隣で、シグレが呟いた。
あたしとシグレは同じ景色を観ていた。
眼の前に、鏡の主の思い描く物語が、鏡に映すように立ち上がった。
ぬかるんだ杣道を、泥まみれで降りてきた雲水を見て、村人は驚いた。てっきりオロチに喰われたものと思っていたのだ。
旅の雲水が、この村を訪れたのは昨日のことだった。薄汚れた
オロチの話をはじめたのは誰だったか。
顔色を変えた雲水が娘を助けにいくと云って、オロチの沼に向かったきり日が暮れても戻らなかったのだ。
沼へ行く径を教えたのは、人身御供になったお
その雲水が、沼から戻ってきたのだ。
「法師様、よくぞお戻りなされた」
「昨日は、あれからどうなされました」
雲水を囲む村人を若い男が押しわけた。駒吉だった。
「法師様! オロチを退治しなすったんだな?」
周囲の者が色めき立つ。
「本当ですか、法師様?」
「あの化け物を退治したのかい? とんでもない
「どうやって退治したんですかい?」
「こうして無事に戻ってきたんだ。そうなんでしょう?」
慈慧は
「とんでもない! 違います!」
「それなら、うちのお菅はどうしたんだ!」
駒吉が慈慧の胸ぐらをつかんで地面に突き倒した。
「この野郎。お菅は!」
「おいおい、止めておけ」
駒吉が止めに入った相手の
押し寄せて来る人々にもみくちゃにされて、慈慧は気が遠くなった。
そこへ、村の最長老である村長が駆けつける。
「
人々の下から、大根でも抜くように慈慧を引き摺り出した。
浅黒く日に焼けたこめかみには、
「法師様。あんた、オロチ沼に行ったってな?」
この老人は、そうでなくとも人を責めるようにものを尋ねるのが常だった。
「はい。行きました」
「余計なことだったな。人身御供の娘はどうなった?」
「申しわけありません。駆けつけるのが間に合わず救えませんでした」
「救われてたまるか。人身御供は、オロチに喰われるのが
震えだす駒吉の腕を、仲間がつかんだ。
「ですが、オロチは。いえ、あの蛇は」
慈慧の言葉に、村長は目を
「あんた、オロチを見たのか?」
「見ました。私はオロチと話をしたのです」
「オロチと話した、だと?」
村長は絶句した。
人身御供は
だから、ここにいる者どころか、先代も先々代も、オロチの姿を見た者は一人もいないのだ。そもそも怖ろしいオロチを、その目で見ようなどと思いつくような命知らずはいなかった。
オロチと話したと言い出した法師から、誰もが急いで身を引いた。
騒然とする場で、村長が異様に大きな声で告げた。
「村の衆! これは大事な話だ。法師様には、
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