十五章 沼のオロチ <Ⅳ>大蛇の宿
墨色の霧が沼に滑りでると、凍りつくような風が
慈慧は
大蛇は
「法師様。これでは道が分かりますまい。
「これは有難いお申し出です。是非お願いいたします」
慈慧は恐縮して合掌した。
「すっかり暗くなりました。どうぞ、おつかまり下さい」
年経た松の木ほどもある太い胴体をすり寄せて、慈慧に手を掛けさせると、大蛇はゆるゆると夕闇の奧へ分け入るのだった。
既に手にした
はじめは沼岸の荻の間を行くようだったが、程なく厚く積もった枯葉に
沼の
「こちらです。いかがですか」
洞に吹き寄せられた枯葉を掻きのけると、人一人が坐れる大きさだった。乾いた枯葉に
「これは素晴らしい。なんと御礼を申し上げていいのか」
「いつもは獣たちのねぐらですが、僕が傍におれば邪魔はしないでしょう」
「いやいや、そこまでのお気遣いは無用です」
慈慧は
「こうした野宿は慣れたものです。蛇殿は、寒い季節を地中で眠って過ごされると聞きおよんでおります。今夜のように冷える晩は、お体に障りましょう」
「良いのです。僕が傍にいたいのです」
しどろもどろに、大きな蛇が言った。
「まだ雪の気配もありませんから、
慈慧は頬笑んで合掌した。人懐こい蛇の好意が嬉しかった。
「蛇殿が傍にいてくだされば、これほど心強いことはありません。久方ぶりに安心して眠れます。有難いことです。お言葉に甘えます」
「そうですか。よかった。そうだ、少しお待ちください。すぐに戻ります」
大蛇は、いそいそと滑り出ていく。
その後ろ姿に合掌して、慈慧は洞に坐ってみた。
耳を澄ますと、森は
野山に虫が
大蛇はまだ戻らない。
慈慧は、胸に抱えてきた
「――!」
肝を潰してじっとしていたが、膝のものは動かない。どうやら生き物ではないようだ。そっと手探りすると、柔らかな丸いものが
「おや、これは」と思わず声が出た。
「サルたちが美味しそうに食べていましたから、毒ではないと思います」
頭上の梢の二股から、大蛇が覗き込んでいた。
「法師様のお口に合いますかどうか」
「美味しそうな
熟して割れたところから白い果肉を頬張ると、甘い果汁が舌先でとろけた。
掌に受けた種を大木の根元に捨てる。この種は根付くだろうか。春には花が咲くだろうか。夏には若葉の蔓がこの洞を縁取るだろうか。木通が鈴なりに実る様を思い描くと慈慧は幸せになった。
「美味しゅうございました。御馳走様でした」
「こちらこそ、いたみいります」
大蛇は樹上に巻きつき、
幼い頃に、こんな美しい絵草子を見たような気がする。あれは母の枕元か。それとも旅寝の夢だったか。慈慧の唇から、知らず昔の歌が漏れた。
「行き暮れて、木の下かげを宿とせば――」
月影の梢から、
「蛇や今宵の、
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