十五章 沼のオロチ <Ⅲ>慈慧法師
波打つ荻の穂を分けて、日暮れの風が走る。
陰った山並みの向こう側は、未だ燃えるような夕映えの只中にあった。
やがて、鏡を
「大変失礼致しました。これなるは、
「いいえ。僕は蛇です。名は持ちません」
大蛇の
「そうですか。人の言葉を話されるので、もしやと思いました」
大蛇は、初めて
「これは不思議です。
熟れた
「法師様、僕は、なぜ人の言葉が話せるのでしょうか?」
「――さて、なぜでしょうか」
思わぬ難問。慈慧は智恵を振り絞った。
「失礼ですが、蛇殿は、もとは人間だったのではありませんか? 人が大蛇に化身した、という話を伝え聞いたことがございます」
「僕が人間だった?」
大蛇は
「覚えている限りは――」
暫くして大蛇が言った。
「やっぱり蛇でございます」
両目が中央に寄っている。
慈慧は
「失敬。そうですか。不思議ですね」
「まことに不思議です」
うなずく大蛇の仕草がたまらなく可笑しくて、慈慧は爆笑した。
大蛇もなにやら浮き立つような楽しい心持ちになって、体を揺らした。静かな沼にさざ波が立った。
巨大な蛇から、足元の砕け散った
「してみると、これは何の
「なんのしわざといいますと?」
「実は、この櫃に入っていたのは、村の幼い娘なのです。可哀想に
「いえ」と穏やかに大蛇が目を伏せた。
「僕がいただきました」
「あなたが」
「ごちそうさまでした」
慈慧は声を失った。
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