十四章 リンの望み <Ⅲ>真相

 驚いたのはあたしだけではなかった。


 くつろいで毛繕けづくろいをしていたシグレは、文字通り飛び上がった。


「隠しただと?」


「すみませんでした」


 リンは顔を覆った。


「隠したって、どういうこと? 参の鏡は、踊り場のタペストリーにあったよね?」


「鏡があったのは本当は水盤の間なんです。見つけたのは、ほとんど時雨さんです」


「ほとんど?」


「水神様の大きな水盤の縁に、蛇がいたのを覚えていますか」


「うん」


「水神様と時雨さんの話すことを聞きながら、ボクは青磁の蛇の尻尾が気になっていました。床近くまで垂れた尻尾が、時々僅かに動くのです。不思議に思って眺めていたら、尻尾の先が丸く輪になっていて、その小さなくぼみに、望みの鏡が隠してあるのを見つけたんです」


「えええっ!」 


「そんなところにあったの? 気がつかなかった!」


「ボクは鏡を口の中に入れました。他に隠すところがなかったから」


「それで最後の方、無言だったんだ」


「ヒミコさまが、シグレ様を悪者のように疑っていらっしゃいましたし、鏡を渡して貰えないかもしれないと思ったのです」


「猫に訊け、ってそういう意味だったのか」


 何か訊かれたら、口を開けるもんね。

 あのとき素直に、ネコに訊けばよかったんだ。真面まおもてから。


「鏡の間から戻ると、シグレ様は時雨さんに夢中でしたから、その隙に、ボクはこっそり踊り場のタペストリーに登って、できるだけ上の方に、縫い目のゆるいところに鏡を隠しました」


「そこが分かんないんだけど。どうして? あたしから隠すのは分かるけど……」


「――リン。何故、そんな真似をした?」


 鳥肌が立った。この部屋はこんなに寒かったろうか。

 陽炎のような黒い靄が妖しく立ち揺らいでいた。

 白い毛を逆立てた猫の瞳の色が、朱く変わりかけている。

 

「大好きだったんです」


 灰青の瞳から大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。


「旅の御供をするうちに、シグレ様がいっそう好きになりました。シグレ様は美しくて賢くて、ボクはシグレ様にお仕えするのが、誇らしくてなりませんでした。望みの鏡が見つからなければ、シグレ様といつまでも一緒にいられるのにと思いました。でも、シグレ様が鏡に戻りたいのなら、お助けしなくては、とも思っていました。だから、時雨さんを連れて鏡の間にも行きました。でも、望みの鏡を見つけて、ほんとうにこれでお別れなんだと思ったら、どうしようもなく悲しくて苦しくて――」


 後は、涙で言葉にならなかった。


「それで助けたり邪魔したりしたんだ」


「――はい」


 はあ、頭痛い。初恋の美少年は傀儡くぐつでした。そしてライバルは猫。


「シグレ様、ごめんなさい」


 リンはシグレの前にひざまずいた。


 恋する魔魅まみのすることは、女子高生と変わらない。

 そんなに好きなんだ。可愛いなあ。

 恋をしたら、あたしもこんな風になるのかな。


 黒髪の背中が震えている。慰めてあげたい。

 細い肩先に触れようとした、指の先。

 ぽとり とリンの首が落ちた。

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