十四章 リンの望み

十四章 リンの望み <Ⅰ>鏡の旅

「鏡の噂を尋ねて何処へでも行った。だが探し当ててみれば、みな偽物だった」


 シグレの声が遠くから呟く。


「長い旅の間に世の中が変わっていきました。人々がいくさを止めると、どこへ行っても田圃たんぼが広がるようになりました。松並木の街道の先々に、賑やかな宿場街が登場したものでした。そしてまた戦が繰り返され、しばらくすると夜はまぶしい電灯が点るようになって、星空が遠のきました。そのうちにわだちの残る土の道が消えて、砂と油を捏ねた臭い道に変わりました」


「それって何百年? もっと?」


「さあ――。シグレ様もボクも、人の月日の感覚がよく分からないのです。シグレ様は時々着物を取り替えるだけで済みましたが、ボクは、猫が年を取ると、新しい子猫に宿替えをしました。いまシグレ様が宿っている子猫は、七年前の白猫の孫です。そっくりでしょう?」


 ――そんな永い旅路の果てのお化け屋敷だったのか。それじゃまあ、多少機嫌が悪くなってもしょうがないか。




 シグレは夕陽の海を見ていた。


 静かな内海に白波が寄せては返す。その波頭に夕映えが照り映える。千鳥の群れが鳴いて飛び立つ。やがて海も空も黄金色の夕靄ゆうもやに包まれた。


「望みの鏡は――この海に沈んでしまったのかもしれないな」


 シグレが沈んだ声で呟いた。足元から三毛猫が気遣わしげに見上げている。


「――望みの鏡を知っているのかね?」


 突然、背後から話しかける者がいた。

 麦わら帽子に円い眼鏡を掛けた初老の男性だった。

 鼻の下の髭には白毛が混じっている。眼鏡の奧の瞳が、何度も瞬きしてこちらを見つめている。どこか小粋な雰囲気を漂わせる、大正か昭和初期のレトロお洒落な感じのおじさんだった。


 シグレは初めて会ったときと同じ、白い着物に黒い袴をつけていた。


「あれは僕の鏡です」


 シグレは、相手を真っ直ぐに見返して言った。


 その人は気圧けおされたらしく、しきりとヒゲを触った。


「失礼だが、君はこの辺の人間ではないな」


「旅の者です。あなたは、望みの鏡を御存知なのですか」


 視線を泳がせた男は、足元の三毛猫をチラチラと眺めた。


「持ち主がいたとは聞いていないが――。これは果たしてどうしたものか――。そうだ。君、良かったら家に来ませんか。すぐ近くなんだ」


 そう言いながら、もうステッキを突いて、松林の中へ急な坂を下りていく。着流しの帯に挟んだ手拭いが揺れる。足元は下駄履きだ。

 そして肩越しにこちらに囁く。


「誰かに聞かれては困るだろう?」


 シグレとリンはかおを見合わせると、男の後からついて行った。

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