十二章 子猫の恋 <Ⅱ>神域の蔵
リンが登った石段の上には、黄金色に染まった
花のように可愛らしい頬も髪も、ほこり塗れだ。すり切れた
枯葉に
敷石の手前でリンは深く一礼すると、脱いだ
土埃のつもった外廊下を、つま先立ちで跳ねていくと、短い渡り廊下が奧の棟に通じている。板戸が外れた隙間から入りこむと、薄気味悪い廊下の行く手に、背の高い
リンは体を平たくして、仁王立ちする衝立の脇を擦り抜ける。
するとその奧には、子どもの背丈ほどの小さな木戸が隠されていた。
木戸を開けると、屋根を載せた細い
一足踏みだすなり、足元が嫌な音で
リンは
息も絶え絶えのリンが、ようやく裏山の木戸を開けると、さらに別の渡り廊下が森の奥へと続いていた。
こちらの羽目板は、ほとんど腐って落ちていたので、リンは
壁には貝殻がたくさん埋め込んである。鍵は掛かっていなかった。
分厚い引き戸を押し開けると、
だが、高い敷居を跨ぐなり、リンはたじろいだ。
引き倒された棚があちこちで床をふさぎ、蓋の開いた長持ちがいくつも転がっていた。ひどい荒れようだ。何かの事件現場みたい。グロいものが転がっていそうで恐い。
顔を
――きゃああああああ!
リンが、いきなり悲鳴を上げて立ちすくんだので、あたしは思わず目を瞑った。
リンは、わなわなと震えながら、目より高く灯明を掲げる。
長く垂れ下がるものが、明かりに浮かんだ。
暗がりに数本の
リンの行く手には、
その先に、すっぽりと白い布で覆われた塊が三つ見える。リンは目を閉じて口の中で何事か呟いた。
「何て言ったの?」
「
目の前のリンが赤くなった。――可愛い。
蜘蛛の巣のからみついた注連縄をくぐり、リンは、それぞれ形も大きさも違う、三つの塊の前に立った。小首を
勢いよく布を引きおろすと、そこに勇壮な白馬がいた。
今にも走り出しそうに片足を上げ、お乗りなさいと言いたげな瞳が、リンを優しく見下ろしている。実物の大きさの馬の木像だった。体にも背に置かれた鞍にも、華やかな彩色が施されている。リンは頬笑んで、神馬の鼻面を愛しそうに撫でた。
リンは二つ目の布をめくった。
――いやああああああ!
絶叫して仰け反ったリンは、脇にあった長持ちにお尻から転げ込んだ。
しばらく、もがいている音がしている。大丈夫か。
ようやく抜けだしたリンは、泣き顔を引きつらせていた。
――もういいよ。よく頑張ったよ。帰ろうよ。
あたしはリンを抱きしめてやりたくなった。
そこには、
リンは震えながら見つめた末に、ようやく「もし――」と声を掛けた。
鎧武者は全く身じろぎをしない。静か過ぎる。どうやら生きてる気配がない。
――これ、人形でしょ? 白馬とセットだよ。
リンもあたしと同じ事を考えたらしく、苦しげに息を吐くと、身を縮めて人形の脇を通り抜けた。
最後の布をはぐと、カランとひとつ、何かが床に落ちた。
リンが
初詣の神社でたくさん売ってる、あの絵馬だ。
小机の上に、絵馬がうずたかく積まれている。みな同じ白馬の絵柄だった。
こんなにたくさんの願い事、積み上げたままにしていいのかな。願いはみんな叶ったのだろうか。
絵馬の山の隙間で、ちらと灯りを弾くものがあった。リンが重なりあった絵馬をかき分けると、お月見のお団子を載せるような<
リンは息を飲んで身を引いた。
「今のが、鏡の間? あたしの行ったのと全然違うけど!」
「鏡の間ではないと思います。誰でも入れましたし」
リンは生真面目な顔で頷いた。
「ヒミコさまや水神さまは?」
「いらっしゃいませんでした」
「――ちょっと待って。リンは鏡を知ってるって、云わなかったっけ?」
「知ってるのは、シグレさまの鏡だけです」
「壱の鏡まで、一直線に走ったのは?」
「あれは、あの、――大きな音がしたからです」
衝撃の真相が、いま明らかに!
「やだあ。うそお!」
可笑しくなっちゃった。リンと目が合ったら、二人で吹き出した。
「いいから。続きを語れ」
不機嫌な猫が唸った。
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