十一章 残された望み <Ⅱ>望みを返せ

「これは憶えてますか」


 少女が襟元えりもとから細いひも手繰たぐって、何かを引っ張り出す。

 ひもの先に編み込まれたペンダントヘッドは、平たい黒い石だった。


「まさか、参の鏡?」


「よかった。すっかり思い出しましたね」


 微笑む少女のひじを伝って、するりと猫が床に降りた。

 少女はひざまづいて猫の首に紐を巻きつける。

 猫はこれ見よがしに傲然ごうぜんあごを上げる。

 黒い円い石は真ん中でひび割れていた。


「この鏡にきみは二つの名をよなえた。――ヒミコのすえにして、水神のつかいと。だが、かなえた望みは一つだけだった」


 ――そうだった。せっかく水神様が名前を授けてくれたのに、あたしは望みを言い忘れた。無事に家に帰りたいと願うのを忘れた。仮男かりおが燃えて記憶をくした。


「かなう望みは、まだ一つ残っている」


 猫は勝ち誇ったように言った。


「なにそれ? 今でも?」


「望みの鏡をなんだと思っている? 鏡は果たさぬ望みを遺すがゆえに、ひび割れながらも砕けなかった。僕は二つ目の望みのために、どれほどきみを待ちびたことか。とうとうきみの姿を見たときには実に嬉しかった」


「――あれからずっと待ってたの?」


 あたしが埴輪山はにわ高校に入学しなければ。校庭に廃屋が移築されなければ。いつまで待ち続けていたんだろうか、この魔魅まみたちは。


「――だが。あろうことか、きみは僕を憶えていなかった。鏡の間も、さんの鏡を見つけたことも、何もかも。それでは望みが叶わない。だから、僕は手を尽くして、きみの記憶を呼び戻したんだ」


 猫の瞳が、熾火おきびのようにきらめく。


「その望みは僕のものだ」


 やっぱりシグレだ。あのときのあいつだ。


 ――わごぜを決して生かして帰すまい――

 

「返せ」とシグレが言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る