十一章 残された望み
十一章 残された望み <Ⅰ>同じ扉
あの日、あたしは、ヒミコさまの
どうして忘れていられたのだろう。
あの日も、この同じ扉を開けて入ったじゃないか。
この西洋館は、あたしが望みの鏡を捜しに入ったお化け屋敷だ。
あれ以来、この屋敷に遊びに行った記憶は無い。
今日まで、お化け屋敷の存在そのものを忘れていた。
兄が扉を開けた途端に、あたしが扉の内に足を踏み入れてから後の記憶が、すべて消し飛んだのだ。
「そうだ、鏡の間は?」
あたしが跳ね起きたその場所は、冷えたオークの床の上だった。
「鏡の間は消えた」
誰かが応えた。
壁に二つの影法師が踊る。
床に置いたティーカップに、ロウソクが燃えている。
この部屋には、足を投げ出して坐っているあたしと、あたしを見つめて佇んでいる髪の長い少女がいた。
林とリン。同じ名前の少女と子猫。
「鏡の間は二度と現れない。きみの望みのせいで」
棘を含んだ聞き覚えのある
それは少女ではなく、その肩に乗った小猫の方だった。
シグレと時雨。あたしと同じ名だと云った、燃えてしまった男の子。
「僕の名前を思い出したか」
「シグレ? でもどうして」
最後に見た、おぞましい
「あの時の男の子はどうしたの」
「きみがコロシタ」
――やっぱりあれは。燃え上がった炎は。あたしがしたことなの?
「あたしが鏡を
「僕をコロシタのは、きみの望みだ。鏡は関係ない」
「あたしの望み?」
「封じられた魂が、みんな解き放たれますように。そう、きみが望んだおかげ
で、僕の魂も
「鏡から?」
「
猫が
「な、なんだとお?」
「だから――」
「鏡は関係ないと、言ってるだろう。あのときの僕の依り代は、
「ちょっと待って! 人形? あの男の子が人形?」
ビックリしたあたしは、思わず立ち上がった。
「うむ。名人の作と見えた」
猫がうそぶく。
「だって普通の人間だったじゃない。――最初は」
「
――魂魄? 依り代? 宿る?
一個ずつの単語は知ってるのに、文脈が繋がらない英文和訳みたいな不快感。
「あのときの男の子がヒトガタで、シグレのコンパクの依り代?」
「そうだ」
軽く
「そしたら、さっきのは? ここにあった人形は?」
「前のと
「も、燃やしたんだ?」
貴重な文化財になんてことを。
「どうだ。思い出したろう」
なんなんだ。このしたり顔の猫。
林が穏やかに言い添える。
「七年前、依り代を失ったシグレ様は、ボクの体に飛び込んだんですよ」
「林のカラダ?」
「ボクが欲しかったんでしょう?」
林が、リンのような眼差しで、あたしを見る。
「え、林て。――まさか、子猫のリン?」
――とんでもない事を普通に言われた。頭が痛い。
ちょっと整理するよ。
美少年仮男(シグレ)は人間ではなく、シグレの魂魄の取り憑いた人形(依り代)でした。
あたしの望み(封じられた魂が、みんな解き放たれますように)のせいで、依り代の人形(仮男)から解き放たれた(追い出された)シグレの魂は、今度は子猫(リン)に取り憑いたのでした。
――フリップを! 誰かフリップに書いて!
「子猫の体に、魂は二つ入れませんでした。踊り場のサイドボードに、手頃な依り代があったので、ボクがそちらに遷りました」
踊り場のサイドボード。置き去りにされたブルネットのビスクドール。
「ああ! あのビスクドール?」
「どうでもいいことは憶えているんですね」
――ムカ。憶えてるよ。君たちを
そして気づいた。白いレースのブラウスに、グレーのエプロンドレス。林が身に着けている服は、色が似てるだけで、
「君、七組の
「違います」
「早く言えよ!」
「ごめんなさい」
「もう、素直でなんなのよ! あなたたちはいったい誰?」
訊いてしまって後悔した。知りたくない。
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