八章 弐の鏡 <Ⅴ>水神様

 形代かたしろが、手から落ちた。


 体が凍る。頭が痺れる。

 水盤の底から、お地蔵様みたいな亀の目が、あたしを見上げている。 


 ――名前を、言わなくちゃ。


 それ以外、何も考えられない。知らずに顔が水面に傾いていった。


「あ、あたしは――」


 そのとき。


が名は 日見子ひみこなり!」


 胸元から、朗らかな声がした。


 あたしの胸のポケットから、いちの鏡が逆さまに滑りでて、華やかな水飛沫みずしぶきを上げた。


「ヒミコさまっ!」


 水中で、鏡がひらりと裏返る。

 鏡の中のヒミコさまが、晴れ晴れと笑っていた。


「見よや。吾がすえを救うたぞ!」


 水が揺らめいて真っ白になった。


 止めていた息を吐きだすと、体が動いた。


「いやだっ! ヒミコさまっ! ヒミコさまを返してっ!」


 水盤の縁に片膝を掛ける。


 ――ヒミコさまを助けに行かなければ!


「下がれ」


 亀の声。


 足元の蛇が大きく身をくねらせる。あたしは床に投げ出された。


 冷えた床に落雁らくがんの砕けた欠片かけらが散っていた。


 ――あたしの大バカ。


さんの鏡を教えよう」


 水神様が言った。

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