八章 弐の鏡 <Ⅳ>鏡の在処

「リン?」


 子猫が喉を鳴らして、しな垂れてくる。

 あたしはリンの白いふわふわした体を思いっ切り撫でまわした。


「リンてば、どこに行ってたのよ!」


「にゃあ!」


「わかんねーよ」


「時雨、いかがした?」


 おなかの下からヒミコさまの声がしたものだから、リンが仰天した。

 激しく身をよじり、床に下りた。


「猫がいたんです。ヒミコさまのところからいなくなっちゃったのに」


「よくぞ無事でいたものじゃ」


「ほんとに良かった! リン、おいでよ」


 いくら呼んでもリンはおびえて後退あとずさる。尻尾がふくらんでいる。


「猫はともかく、弐の鏡はまだか」


「まだ見つからないです」


「よく視ることじゃ」


「視てるんですけど」


しかと視ることじゃ」


「はい!」


 確と視ると、蛇さんの頭の、ロウソクが残り少ない。


 ――待って。これが消えたら、もしかして真っ暗闇?


「ひ、ヒミコさま? この、このロウソクって、消えたりしますか?」


 声がうわずる。


「みずがみ殿のロウソクは、人の世に鏡の間が現れると同時に灯るのじゃ。灯っている間に探さねばならぬ。ロウソクが消えると鏡の間も消える」


「それ、聞いてない!」


 足元から首筋にかけて、とてつもなく嫌な何かが駆けめぐる。


 ――タイムアウト有り?


 硬直したままロウソクを凝視。水盤に火影ほかげが逆さまに映った。


 頭の中で、パズルがパチリとはまる音がした。


「わかった! 鏡は、きっと水の中に沈めてあるんだ!」


 水盤のふちに手を掛け、鉄棒の要領で地面を蹴って体を持ち上げた。

 スニーカーの爪先が浮く。明るい水鏡が、あたしの顔を映した。


「名乗れ」


 水の下から、大きなくろい亀が見ていた。

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