八章 弐の鏡

八章 弐の鏡 <Ⅰ>一緒に

 気がつくと、あたしは紅い鳥居の下で、鏡を抱きしめて坐っていた。


「吾がすえよ。いちの鏡の、物語りは、ここまでじゃ。語りきた上は、まいろうぞ」


  (娘や。壱の鏡の物語はおしまいです。語りつくしたからには、さっさと出掛けましょう)


「だめだよ! 先にヒミコ様の呪いを解かなくちゃ!」


「あな、うれしや。頼もしきかな。なれど、更々さらさらことぞとも無し。わごぜを逃がすが、一大事ぞ」


  (まあ、ありがとう。頼もしいこと。でもこんなものなんぞ、今さらたいした事ではありません。何をおいても、お前を逃がさなくては)


「でも……」


「鏡の間は、の世と、の国の、あわいじゃ。かような所に、小童こわらわが、一刻も留まっては、ならぬ。はやはや、先へ参れ」


  (鏡の間は、この世とあの世の境目です。このような場所に子どもが一刻もいてはなりません。急いで先へお進みなさい)


「そうだ! 来た道は、さっき埋まっちゃったんでした!」


「あれも、鏡の間を守る、神妙しんみょう加護かごじゃ。何者か、鏡の間の結界を越えるに、道守みちもりなる、三本柱のうち、壱の鏡の柱が、まず崩れる」


 (そうそう。これもまた鏡の間を守るための不思議なとうとい力なのです。つまり誰かが鏡の間の結界を越えると、ここを守護する『道守みちもり』の三本柱のうち、この壱の鏡の柱が、まず崩れおちることになっているのです)


「三本柱? あの場所には、もう一本、柱があったんですか」


「いかにも。壱の柱なり。鏡を見付け、先の標を授けられるに、残る二本が崩れるのじゃ」


  (そうです。この壱の鏡の柱です。この壱の鏡を見つけた者に、われの鏡の在処ありかを告げたとき、残る二柱が崩れるのです)


 道守の三本柱。ということは、リンが登った砂山は、壱の鏡の柱の跡だったんだ。

 誰かが鏡の間に入ったら、真っ先に壱の鏡の柱が崩れるんだ。

 その人が、柱から出てきた壱の鏡を見つけたら、ヒミコさまに会えるんだ。

 それで、ヒミコさまが、弐の鏡の在処を教えた途端、残り二本の柱が崩れて、来た径を塞いじゃうって、仕掛けなのか。


 ――なるほど。恐いぞ、鏡の間。


「後戻りは、できない仕組みなんですね」


「弐の鏡に至らば、帰り道は無用ゆえ」


  (弐の鏡までたどりつければ、帰り道は不要ですからね)


「そういうこと?」


  こうなったらヒミコさまを連れて帰ろう。家に帰って呪いを解こう。


「心得た! 疾く参りましょう!」


「いで参らん。吾が依り代をば具したまえ」


  (さあ、行きましょう。私の依り代も、持ってお行きなさい)


「えっ? ヒミコさま、一緒に来てくれるの?」


「いづくまでも、御供申すべし」


  (どこまでも御供しましょうよ)


 鏡の中からヒミコさまが頬笑んだ。


「わあい! やったあ! またポケットに入れちゃっていいですか?」


「ぽけと? ふふ、また遠余所の言葉か? 好きにいたせ」


 ――ヒミコさまがついてるなら怖い者なしだ。へへん。どこからでもかかってこい!


  意気揚々と鏡をジャンスカの胸ポケットに突っ込んだ瞬間、あたしは壱の鏡のとんでもない重量を思い出した。


 ――ヤバい! 落とすー!


 青ざめて、思い切り踏ん張って、胸ポケットを抱きしめる。

 ボディビルダーが筋肉を見せびらかすみたいな、異様なポーズを取ってしまった。


 ――あれ? おかしいな?


 さっきまで、あんなにずっしり重かったのに。

 これなら余裕で歩けるじゃん。

 壱の鏡を抱えて坂道を駆け上がったから、パワーアップしたのかな。

 腹筋割れてたら、どうしよう。


 ポケットから、ヒミコさまが、高らかに声を張り上げた。


く疾く、弐の鏡の在処ありかへ!」

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