七章 鏡の呪い <Ⅳ>答え


 色の無い世界で、あたしはヒミコさまと向き合っていた。


 うちのおばあちゃんによく似たヒミコさまは、あたしと背丈が変わらない。

 白い衣をまとい、額から掛けたあおい紐が、銀色の髪に美しく映えていた。

 おばあちゃんとそっくりの眼差しで、やさしくあたしを見つめるけれど、その眉間には深く悲しい皺が刻まれている。


 さっき見た怖ろしい光景が浮かぶ。あたしは見たことが信じられなかった。


「あのとき、ヒミコさまは死んじゃったんですか?」


 ヒミコさまが深くうなずいた。


「そうじゃ。そして神を呪った報いに、吾の魂はとこしなえに鏡に封じられた」


「……いやだ。そんなのいやだ!」


「わごぜが泣くことはない」


 ヒミコさまの手が、あたしの肩を引き寄せた。


「この婆に、わごぜの顔をよく見せておくれ」


(わごぜ)は、お母さんが娘に呼びかける(あなた)だ。

 鏡の中では、ヒミコさまの言葉の意味がよく分かる。


 柔らかなてのひらがあたしの頬に添えられる。茶色の瞳があたしを覗きこんだと思うと、皺のよった頬を涙がはらはらと伝わった。


「わごぜによく似た娘がおった」


 ヒミコさまは泣き顔をたもとで隠した。


 こんなに悲しいことが此の世にあるんだろうか。

 自分の心臓が石になってしまったような気がした。



 そのとき――。頭の中で<あたし>が叫んだ。


 ――あれって、呪いなの?


 ――ちがうでしょ。あれは呪いなんかじゃないよ!



 あたしの頭は、時々暴走する。頭の中に<あたし>が何人もいるみたい。イメージが次々に閃いて、早口で勝手にいろんなことを言うから、自分でわけが分からなくなる。


 ――ほら、あのときだよね? 憶えてるよ。


 ――鬼のお面!


 待ってよ。順番に教えてよ。なんのこと?


 ――わかってるくせに! 言葉にしようよ。


 ――黙っていたら何も伝わらないよ。


 ――とにかく今すぐ! 早く! ほら、ヒミコさまが泣いてるじゃないの!


 あたしは答を知っているらしい。

 大勢の<あたし>にせっつかれて、口がもつれる。


「あの、あのね。ヒミコさま……」


「どうした」


 ヒミコさまがそでで涙をぬぐって、こちらを振り返った。


「あの……」


 口ごもる。

 ああ、どうしてあたしはいつもこうなんだ。

 頭に浮かんだイメージを伝えようとしても、なかなか口から言葉が出てこない。

 考え込んでいるうちに、相手は目の前からいなくなる。


「恐かったか。すまなかった」


 ヒミコさまの皺が、あたしのせいで深くなる。


「ちがうよ!」


 しかたなく、あたしは結論を叫んだ。


「ヒミコさま、あれは呪いじゃありません!」

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