六章 壱の鏡 <Ⅳ>鏡の名

「わごぜの、持て渡る形代かたしろは、身のしろなり。いかでいわけなき者とても、かたちの映らば、とりむべし」


  (おまえの持って来た形代は、呪いをけるための身代わりです。いくら幼い子どもでも、鏡に自分の姿を映したら最後、鏡の中に取り込まれてしまうのよ)


 ――カタチノ、ウツラバ、トリコムベシ?


「やっぱり鏡に映ったら捕まっちゃうんだ! はああ! あたし、いっぱい映っちゃった!」


「おこころやすくおぼしめせ。真面まおもてに映らずば、えとりまざりぬ」


  (心配要りませんよ。真正面から向き合わない限り、取り込まれはしません)


 マ、オモテって……正面かな?

 マオモテニ、ウツラズバ? 正面から映らなければセーフ?

 そういえば、あたし、取り込まれてないし。

 今のは、なんとなく意味が分かったぞ!


「ありがとうございます。ああ、よかったあ。あれ? でもリンは。猫はどうして鏡にトリコマレかったんですか?」


「さて、かおの映らぬほどに。怪しき気配ぞ、覚えしが」


  (さあて。猫とやらの貌は映らなかったのですよ。おかしな気配は、感じたのだけれど)


「オボエシガ?」


「さてもあやしや。心得ぬ」


  (なんとも面妖めんようですね。わけが分からないわ)


 ――だめだ。やっぱりわけが分からないや。


「そういえば、あたしがヒミコさまの鏡にマオモテに顔を映したときは、どうしてトリコマレなかったんでしょうか?」


「あはれ、問うより先に、ひみこ、と呼びたまいけるや。吾が真名まなを」


  (あら、こちらからあなたの名を問う前に、お前が先に「ひみこ」と呼んでくれたではありませんか。わたしの名を)


「ワガマナ?」


「名を問わるるとき、告ぐるに、すなわちとりまれぬ。されども、助かるすべの二つある。かのごとき形代かたしろを、身の代とて、とり籠ましむるか、此方こなたより先に、鏡の真名まなを呼ばわるなり」


  (鏡に名を問われたとき、まともに答えれば、たちまち鏡の中に取り込まれてしまいますよ。けれども助かる方法が二つあるのです。おまえが持ってきたような形代を、自分の身代わりに鏡に取り込ませるのが、ひとつ。あるいは、鏡に名を問われるより先に、こちらから鏡に宿る魂の名を呼ぶことが、もうひとつの方法です)


 ――長い。サッパリ分からない。


 頭をひねっていると、ヒミコさまが優しい声でヒントをくれた。


「ひみこ、となむ」


  (ほら、ひみこ、と呼んでくれたでしょう?)


「ヒミコ? ああ! 名前を呼んだから? ひみこさま で合ってたんですか?」


「あはれ、いとめでたし」


  (そうですよ。とても素晴らしかった!)


「メデタイ? オメデトウ? 当たったんだ! やった!」


 名前を当てれば呪われないんだ! そうか。大工と鬼六だ。


「何も言わなければ、どうなるんですか?」


「鏡にまみえし姿のまま、枯れ果つるべし」


  (鏡を見た姿のままで、乾涸ひからびることでしょう)


「カレハテル。ええ~、マジで?」


「まじとはなんぞや?」


  (まじ、とは何のことですか?)


「ごめんなさい。スラングです。それは本当ですか、という意味です」


遠余所とおよその言葉か。才々かどかどしきわらわよ。さればこそ我がすえなり。しかれども御身おんみ大切ならば、あなかしこ、疑いたもうな。眞示まじにてありぬ」


  (外国語でしたか。なんて賢い子でしょう。やはり私の血筋だけのことはある。でもね、自分の身を大切と思うなら、この話をゆめゆめ疑ってはなりませんよ。マジですからね)


「マジにてアリヌ? やっぱマジ? ヤバ……じゃなかった、怖い、です」


「さもあらむ。されば、名乗りの呪いを退しりぞけし者には、褒美ほうびとて、先のしるべぞ示さるるべし」


  (そうですとも。ですから名乗りの呪いを退けた者には、褒美として、先へ進む道標みちしるべを教えてもらえるのです)


「サキノシルベ?」


「わごぜに、の鏡ぞ、教えはべらむ」

 

  (おまえに弐の鏡の在処ありかを教えましょう)


 ――なるほど。正解者には賞品をプレゼント。

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